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薬物イジョウ恋人ミマン

丸だけが書かれた二次元の英国の言語でさえも、俺を罵倒してくる口になって、その言葉がうるさくて耳を塞ぐと、その手が俺の耳と溶けだして、目の前には脳みそが横回転で回っていて、変形しだしたと思えば、人の顔になる。その白い歯を突き出して、次々に噛み砕いて食っていく。俺は鏡の前で自分の顔見ていた。目を覚ますためか、蛇口から水が、ずっと水が流れ出して、シンクに溜まっている。トイレかと認識したのもつかの間、後ろから犬を抱えた女性がやってきて、ここは女子トイレだと分かる。その女性は犬を俺の傍に置くと、去っていき、生理中の犬が血を流して、俺の足元で横たわっていた。その血液を見ると、俺が殺したように思えてきて、シンクに溜まった水をかけて逃げた。血を踏まないように逃げた。そして、階段を降りると、背後から違う学生の笑い声が聞こえる。それを恐れて階段を駆け下りると、階段の影になっている黒いところに足を取られ引きずり込まれる。辺りは真っ暗で、でも、顔のパーツが何回も動き回る鳥は奇妙に鳴いていて、気狂いピエロは相変わらず、二足歩行をしている。そのポケットからチェーンソーを取り出されたと思えば、それは近くで見るとただのカッターで、気狂いピエロは笑いながらそれを自分の腕を突き刺すんだ。「やめろ」と叫び出したくなる状況で動けないのは、俺の腕に手錠がハメられているから。それでいて、セーラー服の女子中学生の俺は、教室で男の子に襲われた。「湊」、レースの布で目を覆っている彼は、本当に湊にそっくりで、でも何も言わずに、俺の両足を掴んで、恥ずかしがって嫌がる俺に構わずに、スカートの中身を食べ尽くす。


「湊、返事しろよ」


お前が湊ならば、俺は別に食べ尽くされた後に残る、ケーキのフィルムだろうが構わないが、お前が湊じゃなかったらなんて考えるだけでも、気持ち悪い。身体が跳ね上がるように痙攣して動くのでさえ許せなくて、声を潰して泣きじゃくった。


「京一さん」


聞き慣れた可愛い声に、心も身体も満たされて、その顔を見せようと、目隠しを外した後に現れるその顔は、


「死んでくれ、京一郎」


──────うわっ、最悪。寝てた。


授業内容なんてあってないようなものでも、聞き逃したとなると、それはそれで全てを受容できてないわけだから、何か損した気分になる。脳内で俺のことを全肯定する湊を動かす。


「京一さん、頭痛いんだからしょうがないじゃないですか」


「京一郎、馬鹿じゃないの?こんなんじゃ、いつまでたってもクズのままだよ」


ああああ、うるせえんだよ。お前の声なんざ聞きたくもねえ。黙ってろ、バカ。幻聴に脳内で反論しても、さらに罵倒が過激になるだけで、救いようがない。


「湊、助けて」


「そうやって、湊に頼ってばっかで、お前なんざ、さっさと捨てられちまえ」


幻聴の方に強く共感してしまって、取り出したスマホでこころのホットラインに電話したけど、やっぱ出なかった。


校内、街中、駅前、様々なところで色々な人間に出会うのだけれど、俺よりもイケメンな奴が目障りで鼻につく。みんな俺よりも醜ければ、俺の醜さが目立たなくなるのに。看板を思いっきり蹴り飛ばしたい。俺よりも楽しそうに生きている人間にイライラする。死んじまえ死んじまえ死んじまえ、俺がゆく道に突っ立ってんじゃねえよ。その大根よりも太い脚をおろして、もう二度とそんなイケ好かない服装をできなくしてやりたい。脚の分だけ身長縮め。クズクズクズ、俺の目の前から全て消えろ。足を前に出すのがつらくて、ゾンビみたいに歩いている。誰か俺の頭を斧で真っ二つにかち割ってやれ。死ね。死ね死ね死ね死ね、全部消えろ。お前のせいだ、お前のせいだよ。お前のせいで俺はつらいんだよ。みんなみんな消えろ。目にフォークが突き刺さって痛い。俺はお前らの優越感のために生きてんじゃねえんだ。高層ビルが全て、死刑場に見えて仕方がない。カラオケで喉を潰して、酒で潰れる。バカみたい、バカみたいな真似しても、バカにはなりきれてないから、何も楽しめないんだ。俺はバカだ、何一つ楽しめないバカ。なあ、生きてる意味なんてないから死なせてくれよ。俺のせいで、俺が不甲斐ないせいで、計画性がないせいで、俺が、俺が、クズなせいで、俺の大切な人を苦しめる。苦しめてしまう。バカなんだよ、俺はバカなんだ。金を使う資格もないバカ。誰も認められない擁護できないどうしようもないバカ。おい、自殺志願者、胸を張れ。お前らが死んだところで何も変わらないとか言ってるがよ、人口増加を緩和する一種の政策とも思うんだ。ネズミが子をたくさん産むように、バカな貧困家庭は子宝だけには恵まれる。途中で死ぬ可能性を孕んで産み落とされてるんだ。よかったなぁ、人様は絶滅危惧種じゃなくて。誰も保護なんてしちゃくれねえよ。保護してあげるなんて言われても、結局は迷惑がられるだけだ。人間なんてどーせ死ぬ。なら、この痛みが蓄積されていくだけの人生。どれだけ痛みを溜めれば死ねる?吐き出さずに品行方正でいれば、途端に死ぬのか?そんな人じゃなかったとか、そうだとは思わなかったとか、死なれた、のちに散々言うのが人間だ。お前の救いの手なんてこっちから切り落とす。傷つきたくない、傷つけたくない。傷つくなら俺のいないところで傷ついてろよ。そしたら、俺は痛みも何も感じないから。硝子窓を叩き割って、飛び降りて死ぬ。もう飛び降りてやれ。氷野 京一郎は飛び降り自殺をするために産まれてきたんだ。人間様々だなんて言うなら、それぐらい容認しろ、綺麗事抜かす間抜け共。警察にでも突き出してやろ。自己破壊衝動が止まらねえな。湊みたく、リスカでもしてみようか。今なら手首をカッターの刃の上に置いて、そのまま左手首を右手で思いっきり殴る。手首に突き刺さったカッターは重力にも負けないくらい深く突き刺さり、俺の左手使えなくなる。別に使えなくなっても、どうでもいいじゃん。それがやりたいんだ、やらせろよ。それをやるための体力すらなさそうで困った。けど、これは逃げか?やっぱり逃げるか?可愛くない俺を可愛がるのか?


「湊、俺が自殺するための最適な場所、見つけたよ」


「何言ってんですか」


「橋があるの。その下は川じゃなくて電車が走る。この橋から飛び降りて、高さは足りないけど、痛そうなんだ。電車も速いし、バラバラになれる」


「京一さん京一さん、僕は貴方に生きて────」


湊の声を途中で切った。


「クソどうでもいい。薄っぺらい愛の言葉なんて」


自己破滅のために歪んだ解釈をしてしまうのが湊に申し訳なくて、もうどうでもいいから死にたい。

治りかけの人間が最も死ぬらしいから、このうつ病、治さなかったら治そうとしなかったら、俺はまだこれからも生きてんのかな?


手すりに寄りかかって体重をかけて、下を通っていく電車をぼーっと眺める。


愛されたい、湊にもう一度抱きしめられたい。本当は本当は、生きて、幸せになりたい。本当は本当は、こんなこと、考えたくもない。死にたくない死にたくないんだよ。痛みを全部包み込むように、抱きしめて。はは、気持ち悪ぃな、死んじまえ。



GPS機能を京一さんのスマホに付けといて良かった。手すりから細い足を出して座っている京一さんを見つけた。泣きじゃくって疲れたように、手すりに額を擦りつけている。その目が少し腫れていて、鼻も赤くなっている。僕が背中を叩いて声をかけると、


「湊ぉ、何かぁ、今日ね、俺さぁ、学校行った、そんな夢見たの。何だかさぁ、俺じゃないみたいな記憶だけが、脳内にあるんだよね、変なのぉ」


きっと起こった出来事が全て夢だと思っている。子供じみた無邪気な笑顔。この素敵な笑顔を僕が見れるとき、京一さんはかなり自己破壊的になっている。


「貴方は偉いですよ」


「ねえ、俺の心の隙間って縫合すれば治るの?それとも、何かを押し入れて異物を体内に埋め込むの?」


「自然治癒します、させます」


「俺はさ、湊が縫って埋めてくれるんならガラクタでも俺の一部にしたいんだよ」


「どうゆうことですか?」


「俺の隙間を埋めてよ、湊。俺のナカをクソで満たして」


縋るように僕の手を掴んで離さなくて、言っていることが、自暴自棄で自分を大切にしてなくて、怒っているが、それよりも前に、愛らしくてたまらない。


「嫌ですよ、汚いじゃないですか」


「そうだよね、汚い」


「綺麗な貴方を僕のクソで汚したくないです」


「……ああ、訳わかんねぇわ」


「何が?」


「痛がりたい、痛いことしたい、死にたい」


「僕と同じですね」


「生きてる感覚をちょーだい?」


甘えてくる貴方の隙間に僕はありったけの愛情を埋め込む。けれど、僕の愛情は熱に弱くて、貴方が熱くなると溶け出てしまう。ドロドロのそれはまた貴方の隙間を浮彫にして。


「京一さん、また僕の愛情を容れましょうか?」


「虚しくなるだけだからやめたい」


そう泣き出す貴方を見ていられなくなって、僕も涙で視界をぼやかした。どうしても幸せになれそうにない僕らは、幸せの公式に対偶している。これなら傷つけ合っている方が幸せだよ。そう思わずにはいられないほど。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「湊、俺は幸せだよ、幸せ」


諦めたように抱きしめられながら、そう自分に言い聞かせるように言うの、悲しくなる。安いカラオケボックスでセーラー服を着て、見世物のようにアイドル曲を歌う。貴方は操り人形みたいで、フィクションを見せられている気分だ。「カラオケ行きたい」と貴方が急に言い出して、セーラー服も自分で着たいと言って、生着替えして着てくれた。けれども、僕はそんな安っぽくてチクチクしてそうなセーラー服じゃなくて、ちゃんと仕立て屋のセーラー服を着させたかったんだけど、と半ばその状況を楽しめずにいる。京一さんはセーラー服を着ると、さらにか弱い華奢な女の子のように見えて、庇護欲が増幅した。


「もっともっと私を愛して」「世界で一番愛してるわ」「めっちゃくちゃ可愛いでしょ?」「アイラービュー」「抱きしめて」「私がいれば何もいらないとそれだけ言ってキスをして」なんて女性目線の歌詞を京一さんが歌うと、ますます庇護欲が増していく。

けれどもそれ以前に、「もう嫌だ」「大嫌い」「独」「消えてしまいたい」「苦」「どうにでもなれ」「F.U.C.K」「死ぬ」「ジャンキー」「馬鹿」「生きてるだけでつらい」という歌詞にのせて京一さんの心の叫びが吐き出されてきていて、僕が泣いても意味ないのに、泣いてしまった。貴方の歌う姿が格好良いからだ。マイクを持って、魂を込めるように、心臓をすり減らすかのように、苦しそうに、もがきながら、全てを吐き出すように歌う。喉を潰すつもりで歌ってるんじゃないか?というくらい。でもまぁ、その息継ぎの音が好きだ。歌い終わったあとの、達成感も脱力感も、マイクを口元から離す仕草でさえ、大好きだ。何だかそっと口付けして離すみたいな、そんな雰囲気が醸しでているんだ。きっともっとうまく歌おうと思えば、もっとうまく歌えるんだろうけど、京一さんは歌にのせてSOSを発信していた。

喉を痛めて、声が掠れて、ソファに疲れ切って横たわる京一さん。でもたまに酒は飲んで、喉を潤していた。それが可愛すぎて、ストレス発散ができたのなら何よりだと思う。京一さんが歌うまいのは、カラオケによく来てるからなのかな?だとしたら、だとしたら、歌うまいとモテるじゃん?ということは、京一さんのモテる能力の一つがこの歌唱力ということ?んー、喉を潰そうかな?でもでも、今はこの僕しかここにはいなくて、貴方の歌声を聴けるのも、僕だけだよ。



「湊、お前も歌えよ」


と疲れ切って、ソファに寝転がって、湊にマイクを渡した。

あの子は慣れてないようで、両手でマイクを持って、恥ずかしそうにほそい声で、童謡なんか歌ってる。よそよそしく、この場をものにしてない感じ。俺はこんなにも醜態晒してんのに、お前は可も不可もない道を選ぶんだな。なんて、ただあの子は楽しみ方を分かってないだけだよ。


「カラオケでは僕はタンバリン役が良いですね」


歌い終わった後で、そんなことを言って、マイクをテーブルの上に置く。自分のことを音痴だとか運痴だとか言い訳するみたいにほざいて、できないのを棚に上げて距離を置いて、知ろうとしないのは相容れない水と油みたいだ。


「ダメ、愛を歌って」


俺が気持ち悪く、そう酔ってんのか、酔いに任せてバカ笑いしながら強要すると、やっぱやってくれた。歌ってる途中も、「そんなんじゃ聞こえねえよ」とヤジを飛ばしてみると、腹から声出して歌ってくれて、笑った。音程が外れてる「愛してる」の歌詞。湊には似合わない、俺という一人称。俺の選曲の悪さが際立つ際立つ。まあ、それすらも楽しんでんだけどね。俺のよく聴く曲を、湊も歌えるくらい聴いている論拠だから。


「今度は僕が選んでもいいですか?」


なんてノリにのってきた湊が言ってきて、楽しめてんじゃん。って、ほっとした。

流れるのは片想いの恋の曲、僕のすべてを君に捧げる、なんて甘ったるい歌詞。でも、それが、その曲が、その歌詞が、湊と合わさって、胸が締め付けられるように痛い。特段、歌声が綺麗なわけじゃない、歌が上手いわけじゃない。けど、湊だから良いんだ。お前が歌うからこそ、その歌詞が薄っぺらく聴こえなくなる。


「あははっ、可愛いなぁ」


とソファに仰向けで寝っ転がって、手を伸ばして、湊に触れようとするけど、動かないと届かない距離にいる。


「良いですね、カラオケって。気持ちが、吐き出せました」


手持ち無沙汰のその手を取って、仰向けの俺を見下ろして、白い歯を見せて笑う。向こうから近づいてきてくれた。ちょっぴり怖いけど、うん、だいぶ怖いけど、湊だから大丈夫。


「良かったじゃん」


俺はほぼ無防備な姿で適当なことを言った。湊からすると、恋人というレッテルを貼っても、同じ部屋にいて同じものを共有しても、ただキスなんかしても、ずっとずっと片想いなんだろうな。俺は俺のことでいっぱいいっぱいになっちゃってて、湊のことはもちろん好きだけど、湊みたいにそんな尽くせないし、愛せないし、貰ってばっかだもん。不釣り合いな愛情だよな、知ってる、ごめん。


「京一さん、僕の愛情を受け入れてくれてありがとうございます」

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