みな、とまれ
「湊ってさあ、自分の顔を鏡で見るとき、どんなこと思うの?」
狭い洗面所で縦に並んで、湊の背中越しに鏡を見ながら、ふと思いついた疑問を口にした。
「今日も変わらない僕だなあって」
「違う、俺が聞きたいのは、可愛いとか顔良いとか思うの?って話」
「ああ、思いますね。平均よりも整った顔立ちだとは」
サラッと醜形恐怖を拗らせている俺の目の前で、鼻高々に自慢げに言うので、その鼻へし折ってやりたい。
「クソ、僻みしか出てこねえ。まあ、その顔で不細工だと馬鹿ほざくよりマシか」
俺の歪んだ顔が鏡に写って、醜い。
「何ですか?ここは、僕は不細工だ、って言った方が良かったですか?」
不機嫌そうな俺の顔色を伺って、湊はそんなことを言う。どっちにしろ、この質問の答えで俺が不機嫌になるのは決まってたんだ。
「いや、言わないで。湊は可愛いよ可愛い、誰が見ても」
そのサラサラな髪の毛を撫でる。俺にもその美しさを分けて欲しい。なんて、撫でていると、本当に湊の美しさを奪い取ってしまいそうで怖くなった。俺が醜いのはどうしようもならないんだ。湊を汚すな、醜くするな。そんな声に従って、湊に触れるのをやめる。
「京一さんは格好良いですね」
「ふざけんな、驕り昂って上から目線で皮肉ってんのかよ」
「ん?何処が?何が?何ですか?」
口に出ていた言葉が僻みに僻みまくって出た言葉で、無垢な湊には通じなかった。頭の上に、はてなマークなんて出して、何一つ状況を飲み込めていない。
「白々しいわ」
口から出る言葉、全部天邪鬼。湊がそんなこと思ってないことなんて、分かりきってることなのに、何でこうも、何でこんなこと言っちゃうんだろう。
「京一さん、怒ってますか?」
眉をひそめて、不思議そうに、恐る恐る問いかけてくる。ごめん。
「ああ、怒ってるよ怒ってる。俺ってば、何でこんなにも醜いんだろうね」
イラついてイラついて、指がぎこちなく動いて、何かしたくてうずうずしてる。殺したい、破壊したい、死にたい。
「京一さんは、最高に素敵ですよ。大好きです」
俺の苛立ちを宥めるように、湊が抱きついてきて、そんな馬鹿ほざく。嘘、めっちゃ嬉しい。
「そんなことない」
口癖のように出た、自己否定。
「誰が何と言おうと、僕の中では最高です。どうしようもなく好きなんですよ」
つくづく俺って男は、人の揚げ足取りが得意技なんだな。誰が何と言おうと、なんて、誰かから俺が何かマイナスを言われるという体での話じゃん。湊は俺が誰かから醜いと言われるんだろうと思ってるから、こんな言葉を使うんだ。ということは、湊は俺のこと、心の底では醜いってわかってる。
「湊さぁ、嘘つかなくていいから、俺の容姿についてどう思う?」
抱きしめてくれる湊に試すようなことを俺はする。屑だろうなぁ、知ってるがよ。
「そんなの、最っ高にかっ「嘘つくなよ」
「嘘じゃないですよ、格好良「嘘」
「何で言わせてくれないんですか?」
不満げに湊が口を歪める。格好良いと言おうとする湊の口をとっさに手で塞ぐ。その言葉を受け入れられる自信が無いから。
「俺、不細工だもん。ねえ、言ってよ。ブスだってキモイってウザイって、死んでくれって」
鼻を鳴らして胸を痛めて、愛でるように呪うように湊にその言葉を発するように誘う。
「嫌だ嫌だ嫌だ、言いたくない!!絶対に言わない!!!」
頭をぶんぶん横に振って、全力で否定する湊。可愛い、駄々っ子になった。
「じゃあ、あっち行け」
そういうと俺の命令に従って、口を歪めたまま俺を解放した。可愛い、いい子ちゃんだ。
「青柳くんってさ、休日はどんなことして過ごしてるの?」
真城さんにそんなことを聞かれて、休日の予定を聞かれる=遊びに誘われる、という公式を知っていたため、僕は休日は忙しいことにしなければ、遊びに誘われてしまって、断れなくなって、京一さんと過ごせなくなる危機を感じた。そのため、
「休日は、朝起きて、朝ごはんを作って食べて、借りた本を読んで、欧米のアニメを見て、お昼ごはんを作って食べて、映画を見て、おやつを食べて、散歩に出かけて、写真を撮って、買い物に行って、夕方になると、京一さんが病んでくるから慰めて、そこから夜ごはんを作って食べて、お風呂に入って、イチャイチャして、イチャイチャして、イチャイチャするね」
何日分かをごっちゃにして話してみた。我ながら最高の休日プランである。
「何?最後のイチャイチャするって」
「イチャイチャはイチャイチャだよぉ。あっ、言い忘れてたけど、ちゃんとトイレにも行くし、歯磨きも、夜はベッドで寝るよ」
補足しようとすると、止めどもなく候補が出てきて、もちろん息もしてるよ、って言いかけてやめた。
「湊くんって、まさか、彼女いるの?」
何その驚いてる感じ、その質問、面白いね。
「いないけど、何で?」
「だって、イチャイチャするんでしょ?」
目を逸らしながら、手遊びして、若干拗ねてるのかな?そんな感じの顔だと思う。
「うん、京一さんと。面白いんだよ、京一さん。前なんかね、死体ごっこして遊んだの!生きてんのに!」
やばい、京一さんのことになると熱量が上がる。一方的に話しちゃダメだ。
「へえ、何それ!何するの?」
真城さんが食い付いてきた、から話していいのかな?
「一人が死体役で一人が墓守役で、僕がゾンビになって墓から出ようとすると、京一さんに埋められちゃうの!土に還れ、って大騒ぎで、あぁ、めっちゃ楽しかったぁ」
蹴られて、踏まれて、埋められて、いい思い出だ。僕が疲れ切って、もう僕は死体です、って言ったのがこのゲームの発端。そしたら、布団をかけてきて、土に埋まってろ、って言ってきたのが京一さん。
「良いなぁ、楽しそう!」
「楽しかったよ」
惚気話しちゃったなぁ、どうしよ、恥ずかしい。
「というか、何でさん付けなの?」
「え?」
「京一さん、って」
「ダメなの?」
「ダメじゃないけどさぁ、兄弟なんでしょ?」
「でも、京一さんにタメ口なんて使えるわけないよ。おこがましいじゃん」
言うなれば、僕の敬愛の印。
「どうして?」
「だって、ふふっ、彼は僕の、神様だから」
神様という言葉がパズルの最後のピースをはめるようにピタリと当てはまる。
「はああああ、やべえ、尊っ!!!まじ尊死、仰げば尊し、うわあ、死ねるぅ」
僕の机の近くでうずくまって、ぶつぶつと独り言を唱える女の子。
「やっほ、メアリちゃんどうしたの?」
「メア、ですけど……」
「うん、わざと間違えたのぉ」
「何故に?ん?……はっ!匂わせ?匂わせか?んんん、罪ぃ、罪ですわぁ」
赤面する顔を隠して、悶えている。
「可愛い」
京一さんも、こんな感じで照れてくんないかなぁ?
「え?今、なんて?おっしゃいましたか?」
「ん?可愛いって言っただけだけど、何?」
メアちゃんが何故か聞き返してきた。聞こえなかった?
「かかかかかか、可愛い!??俺が!?いいいや、そんなことはない。落ち着け、メア。あれは真城さんに言ったのであって、俺じゃ……」
「青柳くんは奥谷さんに言ってたよ」
真城さんが瞬時にその状況判断?みたいなのをして、メアちゃんに答えている。真城さんが言うのならそうなんだろう。
「ままま、真城、しゃん。可愛い、え、無理」
情報過多で放心状態になっている僕とたぶんメアちゃんも、すべてこの会話の進行は真城さんに託した。
「奥谷さん、一旦、落ち着きなよぉ。良かったね、可愛いって言われて」
メアちゃんの肩を真城さんが軽く叩く。これが女子の友情なんだろう。わかんないけど。
「あ、ああ、ふぁい!!」
「青柳くんと仲良いんだね、知らなかったよ」
真城さんが楽しそうに微笑んでる、良いな。
「え、あ、いや、俺は、そ、その、見る専、んん、あっ、温かく見守りたい側なんで」
メアちゃんは相変わらず、キョドってて、ふふっ、見てて飽きない。
「どうゆうこと?」
「ああ、えと、その、し、知らないでござりますか?いや、これ、ダメ、部外者が暴露なんて、絶対にアウト、ないないないそれはない」
「ん?」
「だから、その、あれが、こうで、ひゃ、百億パーセント、い、言えないのだが……」
「あっ、もしかして、付き合ってる?」
「そう、それ!!!あああ、大声で言っちゃダメなやつぅ、自制してくだされぇ」
「そうなんだ、うん、応援してるね」
そう何処か俯いた表情で真城さんは言ってから、自分の席に戻って、机に突っ伏して寝始めた。
「真城さん、どうしたんだろ?」
「応援してるね?俺に向かって?何故?何故俺を応援?京湊じゃなくて?ん?もしや?もしかして?……や、やっちまった!!」
「どうしたの?メアちゃん」
「いいいやあああ、どうもこうもありませぬぞ!お、俺のせいで、真城さんに誤解を与えてしまいましたぁ。どうもすいませーん、切腹致しまするぅ」
と僕の机に手を置いて、何回も頭を下げるメアちゃん。不思議な子。
「誤解って何?」
「か、会話の、流れ的に、そ、その、つ、ああ、言えないっ!!」
「じゃあ、書いたら?」
ノートを差し出すと、そこにイラスト付きで、超スピードで説明が書かれた。京湊は僕と京一さんのカップリング名?らしい、その二人が付き合ってると聞かれたと思って、そうだとメアちゃんは答えてしまったのだけれども、真城さんは僕とメアちゃんが付き合ってると思い込んでしまったらしい。厄介!!!らしい
「ど、どうもすいませんでした!!!」
「いや、これ、真城さんに渡したらそれで解決じゃん」
と頭を下げるメアちゃんに名案だと思って言ってみた。
「だだだ、ダメ!!あの恋する瞳がわかんないの!?」
即否定された。
「え?」
「ひえっ……ととと、とにかく京湊のことは内緒で!」
「何で?あ、わかったよ。普通じゃないもんね」
同性カップル、しかも中学生で、年上の薬中が恋人。シンデレラストーリーとは真逆を行ってるんじゃないかな?
「……うん、それじゃあ、どうやって京湊のことを話さずに、俺とあ、貴方様が付き合ってるという誤解を解こうか?」
頭を捻らせても何も出てこないまま、次の授業が始まった。またその次は、体育でダンスを踊ったんだけど、振り付けがまったく入ってこなかった。
「青柳、そんなんじゃ居残りだぞ」
知るかバーカ、僕は帰りたい時に帰らせてもらう。京一さんとの楽しい時間を奪うんじゃない。中学校なんて義務教育だから来なくたって、卒業できんだよ。ああ、ダメだ、ストレス耐性が弱すぎる。
「はーい」
適当な返事に、適当な踊り方、周りを盗み見て、それっぽくやってみる。だって僕、休んでたんだから、わかんないのはしょうがないじゃん。うんちだわ。
「みなちゃーん、大丈夫ぅ??俺が教えてあげよっか?」
「うわぁ、かずくんってば優しいなぁ」
誰???かずくんって。お前は鈴木だろ?
「まあね、教えてやるよ」
もしかして、高橋?いや、心底どうでもいいな。君がどんな名だろうと。
「本当、優しいね。ありがとう」
と笑顔貼り付けて、定型文並べた。というか、僕のこと、みなちゃん、なんて読んでなかった?
「違う、ここはこうやってこう」
「こう?」
「違う!」
同じようにやっているのに何回もダメ出しを食らう。何故だろう、身振り手振り、一挙手一投足まで真似ているつもりなのに。
「高橋は偉いなぁ。できない青柳に教えてやってんのか!」
「はい、みんなよりも早く覚えられたので。学級委員として、クラスメイトのことをサポートするのは当然の務めですよ」
笑顔であんな教師にも対応するその姿、学級委員として、相応しい佇まい、尊敬する。追い出しても僕が学校に来るから、僕のことを集団に適応させてくれようとしてくれてるんだ。……優しい。それとは反対に、あの教師は依怙贔屓ばかりして、偉い偉いなんてほざいては、高橋の頭をポンポンと叩く、可哀想に。
「ねえ、湊ちゃん、暑くないの?ジャージ脱げば?」
近くにいた鈴木がスマホを弄りながら、それとなく提案してきた。
「それは恥ずかしいよ、僕がセックスしたい人にしか見せないって言ったじゃん」
そうそれでこの鈴木が僕に絡んできて、そこから腐れ縁みたいな感じで一緒になんかたまに行動している。
「じゃあ、具体的に誰に見せんだよ」
高橋が肩組んできて、興味津々に聞いてきた。
「秘密、言っちゃダメなの」
僕は京一さんの言いつけを守って、秘密主義を貫いた。
「俺は理想が崩れる瞬間が一番嫌い」
マリファナ、コカイン、エクスタシー、シャブ、なんでもかんでも酔いで楽しくなれればなんでもいい。けど、だけどさぁ、そのまま死なせてくんないんだよね。生きる喜びなんて知らない。覚めた時に青ざめて、自分を屑だと自覚するんだ。やりたいことなりたいもの、幼い頃にはいくらでもあったはずなのに、今では口にするのも身に余るほど、現実の難題に理想を打ち砕かれている。投げ出すな、逃げるな、甘えるな、うっせえんだよ、その言葉達。俺の自意識を殺すんじゃねえ。挫折と絶望を繰り返し繰り返し、いつになったら成功しますか、この人生。何やってもてんでダメなのに、努力不足だと叩きのめされれば、ああ、もう死ぬしかないだろうがよ。別に今じゃなくて良いだろとか?もっと生きてれば良いことあるとか?おい、ちょっと黙っとけ。今、この現時点で、俺は苦しみで死にそうなのに、それを耐えながら、あるかどうかもわかんないような良いことという漠然としたものを、待てると思うのか?出血多量で死にそうになりながら、三百分待ちのディズニーランドのイッツアスモールワールドの乗車を待っているようなもんなんだ。これは拷問か?それとも仁心か?人身事故か。今日はヨーグルトをひっくり返した。服についたそれを拭くのも面倒くさい。寝転んだまま、湊の帰りを待って、いざ湊が帰ってくると、今までの寂しさの分だけ我儘を言いたくなった。
飛び降りたい、飛び降り自殺したい。否定されても尚連呼していると、諦めたんだろう。理想通りだといいな。
「じゃあ、渋谷スカイ行きますか?」
夜中の展望台は、キラキラと光る街並みを一望できる。けれど、貴方は、ここから飛び降りることしか考えていないみたいに、先端に立って、下を見下ろしている。
「綺麗だね、湊」
「貴方も綺麗です」
「違う、夜景が」
と京一さんに突っ込まれたが、僕は京一さんの綺麗さは変わらないから、もう一度、
「京一さん、綺麗ですよ」
って言った。
「俺の何処が綺麗なの?」
「貴方の存在が、僕にとっては、何よりも、神様みたいで、理想的で、芸術的に言うと、デカダンスです。貴方の部屋、貴方の匂い、貴方の爪の先端まで、僕は大好きです」
「あっそ」
僕の熱い気持ちは冷たい風に乗り、冷やされて、何処かへと飛んでいってしまう。何だか僕の一方通行の愛が貴方に迷惑をかけてしまっているように感じてしまう。僕がこうやって貴方に愛情を伝えられるのも、本当に、奇跡みたいなことで、僕の一方通行の愛はそのまま無視されてて構わないから、僕にはちょっとだけ、受け取ったようなフリを見せて、なんて、傲慢。
「俺は湊のその、一途さが好き」
「え?」
「え?一途じゃないの?」
意地悪く、こっちを見て、笑ってくる。
「そんなの、一途に、一直線に、決まってるじゃないですか。不意打ちされたんで、戸惑っちゃったんです」
僕の想いはスーパーコンピュータで描く直線よりも京一さんに真っ直ぐで、何よりも最短距離だ。
「浮気しても良いよ、俺が気づかなければ傷つかないから」
「しません、絶対にしません」
と抱きしめて、貴方の現在性を確かめて、この空間、この時間、ここに貴方という存在が僕の手の届く範囲、触れられる関係性であることに感謝しながら、京一さんを享受する。
「俺ってさぁ、何で湊と付き合えてんの?」
「僕が貴方を好きだからです」
「うん、でも、今もさ、そのことが信じられなくて、不安でいっぱいになる」
貴方は片目から綺麗に涙を流した。
「ごめんなさい」
と言うと、振り返って、キスしようとしてくるから、僕は背伸びしてキスをした。
「俺が、醜いせいだよ。今も鏡に映る俺の姿が怪物に見えるんだ」
「そんなことない、そんなこと、僕は京一さん、のこと……ごめんなさい、僕が貴方の考えを否定しても、貴方は僕の言葉なんか信じられないですよね」
またキスをしてくる貴方は格好良くて、怪物なんかじゃない。僕の大好きな氷野 京一郎だ。
「ううん、湊のその言葉がなければ、俺はお前にキスする勇気すら無くなっちゃうよ」
おどけて可愛らしく笑う、貴方が好き。僕も貴方にこの気持ちを伝えられないと苦しくなっちゃう。




