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永久に不滅でも風化するんだよ

人生ってのは、てんでばらばらのパズルのピースを心に埋めていくのによく似ている。それがうまい具合にハマる人もいれば、何一つハマらない人もいる。ピースを持たない人もいる。もちろん、僕は圧倒的後者組だ。僕のピースでハマっているのはリスカぐらい。

でも、京一さんのとパズルのピースをごっちゃにして、交ざりあって、また、心のピースがハマった気がした。退屈な日々が、目まぐるしくて手が回らない日々に変わった。楽しくてしょうがない日々に変わった。だから、京一さんに「馬鹿」とか「気持ち悪ぃ」とか言われても、氷野 京一郎のピースは僕が持っているから、心の底では、僕のことが好きなんだって、僕のエゴだけど信頼している。


「今日もまたベタベタしただけで終わるな」


「良いじゃないですか、楽しかったんだし」


「疲れたあ」


学校には行っていない。もちろん、親にも言っていない。僕と京一さんが恋人同士で、京一さんの部屋が焼けたから、僕の部屋で同居していることも。今はただのネオ引きこもりで過ごしている。


「京一さん、今度は僕が言葉責めしてあげましょうか?」


「嫌だ、普通に病む。てゆーか、よく病まないよね?」


口だけの悪口も、何でも僕を可愛がるように愛おしむように言うからじゃん。


「京一さんは僕のこと好き好きって、全身からダダ漏れしてるから」


「は?嘘、何処から?」


とキョロキョロしている。はあ、可愛い。


「そうゆうとこですよ」


「わかんない」


それに、言い過ぎたって彼が感じたときはその都度、可愛いね、とか、好きだよ、とか、素直に言ってくれるから、本当に愛されているって思うんだ。絶対に言わないけど。言ったら、意識して直されそうだし。


「ご飯、持ってきますね」


「いらない」


「食べないと、ですよ?」


朝も昼もまともに食べてないくせに。


「湊、鬱を性欲で満たして良いのかな?」


「ダメじゃないんじゃないですか」


正直わかんない、良いとか悪いとか、そんなの、誰かが勝手に決めた誰かが有利になるためのルールだ。


「どっちだよ、まあ、俺はそれで今はお腹いっぱい」


とカカカって悪そうな引き笑いをする。


「食欲は満たされてないでしょ?」


「疲れてんの、話させんなあ」


とベッドに寝っ転がって、大きな欠伸をする。あー、わかった。口に突っ込めってことだな。うん、そうしよ。



んーっ。さっきまでキスしてたのに、まだすんのかよ。目をつぶったまま、湊にキスされる。ん?ドロッとした何か、ああ、まじか、こいつ、やりやがった。食べ物の匂いがすると思ってたんだ。口移しかよ、しかもご丁寧によく噛んでやがる。それを嫌々、ごくんとはっきりと喉を鳴らしながら飲み込んだ。


「よく飲めましたね、良い子ですね」


と頭を撫でてくる。悪い子だと罵った腹いせみたいだ。でも、その撫でてくる手は悪くない。甘えるように掴もうとしても、盲目だから掴めなかった。


「ごちそうさん」


「まだまだこれからですよ」


「人間は加減を知らないな。あればあるほどなんて、間違っている」


名前のない猫のように、俗世を斜めから見る。


「なければないほども間違ってますよ、適度に蓄えてください」


ふふっ、言われた。俺から見えないところをついてくる。またキスされた。


「死にてえの、自己破壊してるの」


と今度は舌を使って、吐き出した。


「またそうゆうこと言って、本当に責めちゃいますよ?」


その吐き出したものをティッシュで拭き取ってくれる。


「いいよ、やってよ」


そしたらやっと諦めがつくから、お前と生きていくこと。


「京一さん、愛してる、愛してますから、もうちょっとだけ、一緒に生きましょうよ。全部全部、僕が面倒見ますから、ね?」


「何それ」


予想外の言葉に、つい笑ってしまう。


「全力のおねだりです、おねだり責めです」


「可愛くねえの」


「何とでも言ってください、それで?」


と俺からの答えを引き出そうと、頭を撫でて、ああ、幸せだなあって。


「ふふふっ、好きぃ」


目を細めて、湊を薄目で見ながら、笑った。


「可愛いですね、京一さんは」


と抱きしめてこようとするから、それは嫌だ、と避けた。もうベタベタされるのには懲り懲りだ。



僕の「いけないリスト」は、紙にすると十ページ以上に渡る長編作だ。

抜粋すると、リスカ跡は見られてはいけない。誰にも見られてはいけない。自分の欲を晒してはいけない。見知らぬ人に抱きついてはいけない。キスしてはいけない。気軽に話しかけてはいけない。知らない人にはついて行ってはいけない。敬語を使わなければいけない。恋人以外にはベタベタと触ったり話したりしてはいけない。いつも笑顔でいなければいけない。けれど、葬式では泣かなければいけない。みんなと同じように行動しなければいけない。自分が漫画の主人公だとは思ってはいけない。奇声を発してはいけない。授業中は静かに自分の席で座っていなければいけない。授業に関係ないものは出してはいけない。悪口を言ってはいけない。先生や大人の言うことには素直に従わなければいけない。他人の言うことを否定してはいけない。「死ぬ」なんて言ってはいけない。誰かを傷つけてはいけない。無闇矢鱈に思ったことを口にしてはいけない。会話では嘘でも褒めなければいけない。相手を敬わなければいけない。生き物を殺してはいけない。自殺してはいけない。など、してはいけないことを延々と書き綴っているリストがある。

これがあるおかげで、多少なりとも僕は人間の形を保っていられるわけで、このルールが理不尽だろうが不合理だろうが間違っていようが、僕が色んな人から教わった、いけないことを書き綴っているから、それなりには僕にとっては社会である。これが社会に臨む態度の正しい在り方だ。それなのに、全然全然できてないことばかりで、自分が嫌になる。嫌になって、またリスカしたくなる。誰もが前を向いて、歩いているのに、僕だけが何故かここにいるんだ。後ろを見つめて、将来が不安で怯えて、もう未来なんて見たくないから、死にたくなるんだ。追いつけないもん、追いつこうとしても、どうしたって無理だから。どうしてみんな平気なんだよ。どうしてみんなつらくないんだよ。意味わかんない。その感覚がわかんない。授業も学校も先生もクラスメイトも家族も恋人も人生も全部つらいじゃん。つらい人生しか僕にはないから、毎日が楽しい、って感覚がわかんない。つらい毎日に楽しいってテンションが上がる時が申し訳程度にちょこっとあって、それが終わると、ドナドナとつらい毎日に引き摺り込まれるみたいで、虚しさだけがずっと居座る。少しの楽しさで、限界の直前でかろうじて繕いながら、生きれているだけ。むしろ、その緩急があるからこそ、落ちた瞬間は最も死にたくなってしまって、貴方はこんな僕を好きと言ってくれているのだけど、僕はその幸せそうな寝顔を見て、このまま消えていなくなってしまいたいと思っているんだ。人間の体温が苦手で、触られたくないと警戒していた貴方に今、触れられる。僕の人生最大の幸福で、功績だ。幸せのまま消えたいし、つらければ逃げるように死にたい。両極端に死があって、優柔不断な僕はいつまでも亡霊のように生きて、現世をさまよっている。貴方もそうだろうか。「死にてえ」と何食わぬ顔で言う貴方も、ずっと後ろを向いて、今の自分に過去の自分を投影している。武勇伝のように昔話をするのだが、今の貴方からはそれが想像できなくて、笑っちゃう。そんな彼も、最終的には笑うんだ。


「ああ、何でこうなったんだろう?いや、んなのはわかってんだけどさ。俺じゃないみたい。今の俺は、誰なんだろうね」


そう、過去の貴方は今の貴方じゃない。彼はその落差に打ちのめされている。焦って、もがいて、苦しくて、つらそう。友人も誰も、みんな先に進んでしまって、彼も僕と同じ、孤独、だった。社会からはじき出された場所で、僕達は出会ったんだろう。なんて、嘘。本当は路地裏の狭い通路。たまに京一さんがいそうで覗く。


「僕の好きな京一さんですよ、今の貴方は」


「そんなこと言われたら変わりたくなくなる。変わらない方が良い?その方が俺はつらくないけど、早めに死ねたらね?」


変化はストレス、恒常はナーバス。何処に行けばいいのかも分からずに生きて、お互いに世界に恐怖することを共感して、安心感を求めるのが愛すること。


「万物流転じゃないですか、いづれにしても」


「よく言ったよね、それ世界の真理だよ」


この愛も環境も貴方も、いづれ流転してしまうから、儚くてより愛おしく感じてしまうんだろう。変わって欲しいけど、変わらないで欲しい。僕が愛する貴方はいつまでも変わらないで。


「貴方が死体なら良かった」


「死んで欲しいってこと?」


と、にやけ顔。僕の間違いを指摘するように、その間違いを面白がるように、お得意のにやけ顔。


「いやいや、そういう事じゃなくて、何なんだろう。生きていると変わるじゃないですか。だから、死んでいて、んー、でも、風化しないところで、化石みたいに、何千年、何億年とその姿でそのままで残っていて欲しい。クローンでも何でも良いから、死なないで、生きてもいないで、残っていて欲しい」


うまくは言えないけれど、これが僕の愛するものへの態度だった。


「それ誰得?」


「えっ、えーっと、僕?」


「湊もすぐ死ぬじゃん、その後どうするの?俺の化石、クローン、よく分からない不老不死、それで何千年何億年とこの世界を彷徨うの?拷問???」


あーっ、と頭を抱えてしまった。僕が死ぬという事象を考慮していなかった。僕はその様子を永遠と眺め続けていられるとすら思っていたからだ。有頂天な妄想には盲点がある。ことわざになんかないかな?


「じゃあじゃあ、僕も不老不死っ!」


「馬鹿、生きんのやめんなら、自殺のが良いだろ、現実味があって」


「現実味の問題ですか?」


「待って、何か違う。ちょっと待って」


と京一さんが深く考え込み始めた。傍から見ると頭良さそうに見えるけど、不老不死について考えてるってフィルターを通して見たら、何だか馬鹿っぽい。


「この性質でこの性格でこの格好の俺を保存したいのならば、やっぱり不老不死じゃない。死の停止思考だ」


「はい?」


英語では、Pardon?煽るように、Pardon?


「略して、シテイシコウ」


漢字では、死停死考?


「はい???」


「湊お、俺が死んだら俺が生きてたって、証明できるかあ?」


何かいきなり酔っ払いに絡まれるように、上機嫌で話しかけてくる。


「できますよ、写真とか動画とか残ってるじゃないですか」


「そんなもん、ただのフェイク動画だとか、何だっけあれ、あれだよ、そう、ディープフェイク!って奴にされちゃうんじゃなーいの?」


フェイク動画もディープフェイクも対して言っている内容変わんないなあ、とか思っていると天才的閃きが降りてきた。


「あっ、ああっ、ああああ、そっか!生きている内に京一さんのディープフェイクを作ればいいんだっ!」


「は?」


「そしたら、京一さんがいなくなっても、僕はその京一さんもどきに愛してもらえる!」


京一さんに迷惑かけることないし、お互いに欲しいところだけかいつまんで、好きなときに好きな場所で愛して、愛してもらえる。そんな京一さんができたら、僕は永遠と生きていられる気すらしてきた。


「は???」


眉を顰めてこちらを睨んでくる。


「天才的じゃないですか?」


意気揚々と答えると、


「一変、死んどけ」


と吐き捨てるように言われた。だから、


「はーいっ!」


と幼稚園児よりも元気いっぱいに満面の笑みで返事をした。


「ああ、嘘嘘。やめて、死なんといて。俺、湊の葬式は死んでも出たくない、生き恥晒すだけだから。でも、湊が死んだら俺も死ぬ、死んでやる、絶対に」


「なーんでそんなに可愛いこと言っちゃうんですかあ???」


悶えながら、左右に意味もなく揺れた。


「湊が死なないように。てゆーか、俺の代理とか、まあ作ってもいいけど、湊が虚しくなるだけだと思うよ?湊は本物の俺の気持ち悪さも不愉快さも気狂いさも、ぜーんぶまとめて味わっちゃってんだからさあ、それで、偽物で、物足りなくなんないの?」


まくし立てあげるように、僕の思考と理想像をぐちゃぐちゃにバラバラに崩して壊していく。顔色ひとつ変えないで、僕のことをかき乱していく感じが、もうたまらんくて、めっちゃゾクゾクする。


「僕のお粗末な想像力ではよく分かりませんが、わかりました。やっぱり僕は、触れられる、微かに体温がある、京一さんが好き」


「そっか、嬉しい」


今さらながらに何を照れるのかよく分からないが、少し顔を赤らめて、それを隠すように手で顔を隠しているのが、最高に可愛い。出会った時からずっとずっとずーっと、この京一さんに対しての愛おしさの気持ちは変わらない。


「京一さん、僕は貴方が作り出して吐き出した、全てが好きです」


「んんーっ、何となく分かるけど、敢えて聞くわ。ゲロ好きなん?」


「はい?」



朝日を浴びながらの起床、といってもアロンアルファでくっつけられた瞼をこじ開けるだけだけど。目ん玉がゴロゴロして、俺は何かゴロゴロするのも怠くて、微動だにせず、呼吸だけして、夜を過ごしたけど。ああ、目を閉じると一人になって、孤独になって、人類みな産まれた時から平等に孤独だと悟って、言い聞かせて、それだったら、俺がここのこの真っ暗な暗闇の世界で孤独なのもしょうがないかと思えてきた。そんな夜だった。変に悪夢を見て泣き叫ぶよりは遥かにマシだった。俺がこの地球に産まれ落ちた神だとか、天才だとか、名乗っているよりかはマシだ。この前だって、この世界は内側と裏側があって、内側は絶対に死んじゃうから見れないけど、裏側は裏口入学すれば見せてもらえるらしい、って意味も脈絡もない言葉を湊に言い聞かせてた。それで、俺は内側の方を見たんだけど、首の短いキリンがいるだけだった。死ぬんかな?って言って、まじで寝落ちしたらしい。怖っ。まったく記憶になかった。でも、それをわざわざノートにとる湊も湊だ。こんなクソッタレの戯言を聞くよりも、授業中の先生の声を聞いとけ。テストの点数稼ぎには役に立つから。俺は、もうクソだクソッタレだ。人生をやり直したい。踏み外した時点を回避できるように誘導したい。でも湊には、会えなくなるのだろうか。ああもういいや、俺は今日から中学生だから。


「京一さん、僕の制服ですよそれ」


「借りるね」


「はーい」


とまた湊が二度寝した。寝ぼけ眼で、昨日も夜更かししてるから、相当眠いんだろうね。たぶんこのことを後悔してリスカでもするんだろうけど、そんときは俺の慰めチャンスだし、何だかんだ良くしてやってるアピールできるから、まあ、やめて欲しいのは山々通り越して、星々なんだけど、リスカしちゃう湊も可愛い。俺は三徹でも余裕なんだよ、不思議と。調子が狂わないんだよ、いつも狂ってるから。ぎゃははは。

思いつきで行動して、失敗したことは山ほどあるが、最終的に後悔したことは一度もない。だって、やりたかったんだもん、に収束するから微分積分みたいに。

湊の鞄が重すぎて、一眼レフとかトイガンとか手錠とかジャージ、ジャージは必要か。色々とガサゴソと漁って、取捨選択をしていく。なんだこれ、研究ノートLv4。いらねー。落書き用のスプレー缶、借りたんだろう本、注射針、注射針???これ俺のじゃんっ!湊が隠し持ってたのかよ。いれとこ。ああもうわっかんねえ、何が必要なのか全然わかんねえよ。とりま、金とスマホと筆箱とジャージと注射針と薬と手錠でいっか。


「よし、行くか」


恐怖と不安と緊張を抱えて、気合いを入れる。入学式か、これ。


「京一さん、何やってるんですか?楽しいことですか?それなら僕も交ざっていいですか?」


今度は上半身は起き上がって、目をこすっている。


「うん、良いよ」


「やった、あ、これ僕の制服じゃないですかあ」


と半開きの目でこっちまでフラフラと歩いてきて、俺が着ている制服をつまむ。


「借りてるの」


「そうなんですね、中学生みたいで可愛いですぅ」


惚気けるように言われて、ほわほわしてて天使だなと感じていると、


「じゃあ、僕が先生ね。京一郎、悪いことしたから、謝罪のキスしてくれないと先生離してあげなーい」


と首に手を回されて、首根っこを掴むようにシャツの襟を掴まれた。この先生、可愛すぎだろ。セクハラだけど。


「わかったよ、先生。先生と俺だけの秘密ね」


生徒と先生の禁断の恋的なストーリーを脳内再生させて、ロールプレイしているみたいに、湊の唇に人差し指を当てる。


「ふふふっ、何で秘密にしないといけないんですか?」


雰囲気っ!!!俺が作り出した雰囲気を台無しにされた。もういいや、キスしよ。


「先生、感じちゃった?」


と軽く煽ると、顔を赤らめて、


「あっ、ああそれで、これは、秘密にしなきゃ、嫌だ、恥ずかしい。誰にも言っちゃダメ、ダメだから」


とぼそぼそと独り言のように呟いては照れている。


「可愛いいいい」


愛おしさが溢れてギューって抱きしめた。


「それで何で制服なんですか?」


「学校に行くの」


「大学?」


「ううん、湊の代理で中学校に」


「行かなくていいですよ」


と離したくないと抱きしめてくる。確かに、頭おかしいから止めたいんだろ。この見た目で外に出ること自体が自殺行為。キマってないと外出不可能だわ。


「じゃあ、湊が行って」


「無理、学校に行きたくないです」


「何で?」


「苦痛でしかないの、嫌になるの」


甘えてくるようにそう言われて、それがとても愛おしくて、


「わかってるよ」


と愛でるように頭を撫でた。


「わかってない、一日でも休んじゃえば、休み癖がついてどんどん落ちぶれるって、違う。限界だから、休みたいって言ってんのに、限界だったから、何日も休む羽目になってんのに、全然、わかっていない」


こうやって、感情をぶつけてきて、その刺激で涙を流している湊が、最近は多くなって、嬉しい。けど、それと同時に、苦しさが伝わってきて、悲しくもあるから、俺もこうやって、変にもがいちゃうんだよ。


「わかっているよ、大丈夫。代わりに俺が頑張るからね」


「頑張らなくていいですって。僕と一緒にいてよ」


可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。はあ、なんだこの可愛さは。俺の荒んだ心が浄化されるみたいだ。


「ごめんね、学校に湊の居場所を作ってあげたいんだ。だから、もう行かなきゃ」


似合わないような綺麗事を吐いたあとに脳内で逡巡させて、気持ち悪さの苦虫を奥歯で噛み潰した。


「僕の居場所なんて、貴方の隣以外には何処にもないですよ。必要ないじゃないですか」


プロポーズ??婚約しちゃった???え?待って???めっちゃ、めちゃくちゃ嬉しいんだけどさあ、もう、死にたいじゃん!!!


「湊、ぶっちゃけて言うわ。俺、湊に嫌がらせした奴らのこと、精神が分裂するまで、いびって、泣かせて、懲らしめたいの。ね、わかった?」


だってさあ、ほら、俺がこんなんじゃん?こんな、クズじゃん?湊の婚約相手として、ここまで不適合なことある?ってくらい不適切な怪物だから。離してくれて、いや、離せよ。俺がお前に噛み付く前に。


「わかんないっ!わかんないけど、止めたって無駄なのはわかってる。京一さんはやると決めたら、ほぼ確実にやっちゃうから」


名残惜しそうに俺から手を離して、言って欲しくないとあからさまに拗ねた顔をしている。人間ってのは、簡単に殺せるんだよ。誰だって、他人の人生を大きく狂わせることができる。だから、それが見えない犯罪になってんなら、俺だって、見えないところを殺すよ。


「いってらっしゃい」のキスは長かった。

玄関を開けると、その眩しさに目眩がして、太陽に照らされて、日射病にかかったように頭痛がした。痛み止めを飲んだ。心の痛さまで止めてくれないと、何も解決はしないのに。結局、オーバードーズだったから吐いた。


F**k yourselfの黒板は塗り替えられていた。でも、しねごみの机はそのまま放置されていて、さらに落書きが増えていた。ブス、カス、クズ、バカ、キチガイ、死ね。花瓶と花まで用意してくれる周到ぶり。葬式かよ、笑えねえな。首吊り、ネクタイでできるかな。俺がここで死んでたらそれはそれでネタになるだろ?

天井から吊れるようなものはない、ドアノブもない、窓は開かない、地獄だなこれ。机に脚を乗っけて考える。てゆーか、何でみんないないの?まあ、移動教室か何かだろ。その内ぞろぞろと帰ってくる。とりあえず、湊に現状を報告する。長電話は得意中の得意だから、チャイムが鳴っても話していた。それで湊が写真送れ送れうるさいから、机の落書きの上に新たに落書きで「愛してんぜ」ってデカく書いてから撮って送った。新品の文字は他の文字に埋もれず、黒々としていて、キラキラとしていた。待ち受けにしたとメッセージが届いた。俺の写真の後釜がこいつだと思うとイラついたから、ペンを割って、インクをこぼして、机自体を黒く塗りつぶした動画を送った。うおおおお、という荒ぶったスタンプが返ってきた。


「うわっ、不審者!!!」


「は?」


不審者だよ不審者と廊下から声が聞こえてくる。待って、俺は青柳 湊なんだけど。クラスメイトのことを不審者にすんなよ、餓鬼が。殺してえ。


「誰だよ、お前」


クラスのムードメーカー的な奴が調子こいて聞いてきた。先生呼ぼうぜ、ってなってる空気をどうにかしないとだ。


「青柳 湊、13ちゃい。好きな食べ物はアイスです、よろしくお願いします」


両手を肩辺りの高さまで挙げて、不審者じゃないことを、自分のクソみたいなあってない正当性を示した。


「青柳 湊だってー」「あいつの兄貴じゃね?」「兄弟諸共終わってんじゃん」「ウケる」


ああ、殺してえ。自分が正義で、強者で、特別で、何を言っても、何をやっても許されると思い込んでいる、その傲慢に驕り高ぶった精神を破壊したい。俺が破壊された人間だからか???公開処刑のように写真を撮られた。きっとネットで晒される。笑い者として、後ろ指さされて殺される。それに俺は中指を立ててなきゃ生きていけないの。


「てめぇらの方が終わってるよ、豚小屋に隣接する肥溜めだろここ」


湊が来たがらないわけだ。わかってる、そんなのはわかってた。真面目な湊に休みたいって言わせる学校を作っている社会がクソなんだから。ああ、あんたらみんな俺から言わせりゃあ間違ってんだよ。頭が痛え、地球上に生息している罰のように痛めつけてくる。


「青柳くんのお兄さんなんですか?」


あ?何だ?そのキラキラと輝かせた目は。教室に一人の少女が入り込んできて、俺の手の届く範囲で、目の前で、こちらに顔を向けて質問してくる。


「まあ?」


「名前、京一さんでしょ?」


「は?え、待っ、ちょっ、はあ?まじか、湊、あいつ、やってんなあ」


名前を言い当てられて取り乱して、口に手をやった。どこまで話されてるんだろう。


「青柳くんが私にだけって、こっそり教えてくれたんです。聞いてた通り、お兄さんも格好良いですね」


お兄さんも、な。うん、湊、あいつ、この女の子と絶対に仲良いし、俺のこともだべりやがってたし、女の子はほぼ確実に湊のことが好き。


「はは、ありがと。それで、湊とは普段どんな話してんの?」


「幸福とか常識とか性とか自殺とか、いじめとか、様々です。ざっくり言うと哲学的なこと?ですね」


「中学生同士の会話がそれ?あははっ、面白いじゃん、湊のこと好きなの?」


「えっ、えええ!?そんな、それは、言えないって言うか、ああ、もうこんなこと言っちゃってる時点でダメですね。何でそんなこと聞くんですか?」


と若干、八つ当たりでもあり、諦めも入りながら聞いてきた。


「いや、何となく聞いてみただけだけど。思ったよりも可愛い反応が見れたなあって」


面白がって揶揄うと、何も言えなくなってしまったようで、俯いて彼女は哲学的なことでも考えているんだろうか?いや、京一郎は湊に殺されろとでも願ってるんだろうか?


「あの」


「何?」


よく分からない一人の少年。


「青柳 湊は何で学校に来ないんですか?」


ゾッとした。


「新作ゲームが楽しくて楽しくてしょうがないらしい」


嘘ついた。相手がいじめっ子だから。

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