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i won't let you go

身体の内側に大量のウジ虫が蠢いているように、皮膚の下を抉りたくなる気持ち悪さ。叩いても引っ掻いてもダメで、何もかも壊したくなるもどかしさ。水を飲んだグラスをそのまま床に叩きつけて割った。それが足に刺さって、その破片を拾って、腕を縦に切り裂いた。これをする瞬間だけは、全部どうでもよくなる。頭が痛くなるほどの悩み事も忘れて、浮き出てくる血を眺めて、泣いた。京一さんもこんな気分なんだろう。何か変えたいのに、結局は何も変えられなくて、薬を我慢しようとしても、それ以外のこの悪夢の覚まし方を知らない。だから結局はやっちゃうんだ、生きるために。


「あはっ、随分と悲惨だなあ」


とグラスの割れた音で起こしてしまったのか、愛しの彼に笑顔でおはようと挨拶される。死んで重だるくなった頭を傾けながら、彼を見て


「おやすみ、僕は死にますよ」


なんて、笑った。


あのときは痛みを忘れていられたのに、気が付くと傷んでいて、悪夢に戻されたと感じる。身体中が気持ち悪いでいっぱいで、この薄皮一枚剥いでしまえば、閲覧注意のグロ注意で目も当てられない、一瞥するだけで嫌悪できる怪物、よりも気持ち悪いものになりそうだ。


「湊、大好き」


って抱きしめるの、意味わかんない!


「何で?何が?どうして?」


「一緒に病んでくれるじゃん」


「ごめんなさい、僕が我儘を言わなければ」


彼にキスをされると、何かそれもどうでもよくなって、泣いてしまった。こうやって泣いちゃうのは、たぶん息苦しいからなんだ。酸素からも嫌われた。



「海の良いところは、この広さと音と煌めき、じゃない?」


と海が見えるベッドで寝ながら、彼が僕の手を握りしめて、そんなことを言った。


「そうですね。あと香りも良いですよ、もやっとしてて。現実を飲み込んで、覆い隠してくれそうじゃないですか」


海の広さはちっぽけな自分を、音は現実の騒音を、煌めきは不自然な醜さを、飲み込んでくれる。


「ああ、こうやって、ずっと自分を酔わせて、騙しながら生きるんかな?俺は、俺達は」


「京一さん、シラフじゃないんですか?」


「ふふっ、どうだろうね。まあ、どうでもいっか。俺の好きな奴が隣りにいるし」


と僕の身体を執拗にベタベタと触ってくる。


「何なんですかあ、いきなり」


それが嬉しくて笑っていると


「人生ゆーて、楽しんだもん勝ちやろ?......はは、嫌わないで」


と強気で陽気に笑う彼の、弱くて脆い心の隙間に蔓延る、病気のような恐怖が少々漏れた。


「嫌いませんよ、ほら襲ってください」


そう、そうやって、動物みたいに、四つん這いになって、貪るようなキスをするのも、されるのも好き。襲っているのか襲われているのか、ぐっちゃぐちゃになってわかんなくなって、でも馬鹿になってしまえば、それでいい。


湊に背中を向けて寝る。会話はない。ただそこにいる、その体温だけで安心した。疲れに身体を奪われて、あがった息が整うまでは、何か下手なことはできない。何もできない。だから、ほっといて。でも、そばにいて。ずっとそんな感じだ。さっきまで燃え上がっていた何かが一気に冷めてしまって、恥で顔から火が出そうだし、背筋も凍りそうだ。欲に飲まれた無我夢中ほど、恐ろしいものはない。


「湊、触んないで」


さっきまではベタベタ触ってたくせに、今は触られたくなくなった。湊はそれでも触ってきた。まだ魔法が解けていないように、甘えてくる。蹴り飛ばしそう、動けないけど。


「京一さん、もっとやりましょーよ」


「嫌だ」


「何で?」


「無理、疲れた、動けない」


「じゃあ、僕一人でやるからあ、京一さんはお人形さんしててくださいね」


そういう湊の頬はまだ赤くて、俺の方はアイスでも詰められたように白い。


「嫌だ」


「……わかりました」


と俺に覆いかぶさっていた、湊が離れていく。


「でも行かないで」


「何なんですか?」


ベッドの縁に座った湊が笑った。


「そばにはいて欲しいの」


「軟禁されてますね、僕」


とまたベッドに寝っ転がる。


「こうゆう時間、好き」


「何もしないで寝っ転がる時間ですか?」


「んー、贅沢な時間の使い方じゃない?もし明日死ぬとしても俺はこうしてるよ」


将来のこともやるべきことも全てを後回しにして、何もしないで寝っ転がる。時間がないことなど考えずに、死に向かって進む時の流れを感じる。


「躍起にならないんですね」


「最後に幸せになろうと焦ったところで、心に余裕がなきゃ幸せにはなれないじゃん」


「はあ、心の余裕ですか。僕にはありますか?」


「俺のことを愛する余裕があるんならあるんじゃないの?」


と考えごとに耽ける彼の横顔に独り言のような呟きを投げかける。


「京一さんを永遠に愛していたい、けどそんなのは無理ですよね」


人間の欠陥、不甲斐なさを自虐的に笑う彼は、現実問題を受け入れつつも、やりきれなさで悲しそうだ。


「永遠なんてないもんね。永遠なんて言葉、聞きたくなかった」


俺は拗ねるように、そっぽを向く。


「そうですね」


と相槌を打つけれども、きっとわかってない。永遠なんて言葉を使う時は決まって、その状態の終わりを察した時だ。少なくとも俺の場合はそうだ。この状況では不安になるから、永遠にして、安心したいんだ。

だから裏返してみると、俺の愛情不足で叩かれている。


「俺から湊がいなくなったら、何が残る?」


「薬物依存症?」


「死にてえな、俺の伴侶は薬物依存症かよ」


この苦しみが一生涯、続くと思うと死にたくなるが、この慈しみが永遠に続くと思うと生きたくなる。湊がいればの話だけど。


「嫌です、僕が、僕のセキです、そこ」


籍と席、はあ、椅子取りゲームのようにぐるぐると一つのセキを巡って回っている。焦るように湊が掴んでくる、褪せてんのは薬物依存症。


「永遠と一生、どっちが強いか分かる?」


「期間では永遠ですけど、世間では一生です」


「俺は永遠のが好きだよ、信じたくなるじゃん」


現実よりも幻覚のが好きな脳には、愚問だ。

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