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天才と気狂いピエロは同一人物

「隆文さん、ノックぐらいしてくださいよお。これから彼女とセックスしようとしてたのに」


と俺のことを布団でガバッと勢いよく隠してから湊が不自然な笑顔で父親に近づいて、追い出そうとしている。まあ、それは良いとして、あいつ、俺のこと、彼女、って言った。


「なになに?え?湊ももうそんな歳かあ。へえ、やるじゃんかよ、おい。赤飯炊くぅ?炊いちゃう?」


湊の父親、ドア越しにまでそのウザったさが伝わってくる。苦手だわ、俺もああゆうノリ。こっちがいくら疲れてようが、テンションを上げて話さないとノリが悪いと思われる。話すのは良いけど、疲れてない時にしてくれって感じ。頭回んないから、失言ガチャ確定演出入っちゃうし、そんなくだらねえ話興味ねえよって感情がふつふつと湧かしながら、盛り上げ方を模索しては、めっちゃ疲れてる馬鹿。八方美人なんてやってらんねえ。


「これから三時間は"絶対に"僕の部屋に入ってきちゃダメですよ、良いですね」


と湊が言い聞かせるように大袈裟に言ってから、勢いよくドアを閉める。そして、ため息を一つ。それを見て、俺は嬉しくなって、「お疲れ様」って言いながら、超ご機嫌で抱きしめた。遠くで「湊ぉ、反抗期か!」って声が聞こえてくるのが笑えた。湊も顔が真っ赤になるくらい笑ってて、二人で笑って、それから、幸せって思ってしまった。


「最悪」


幸せを感じるのはいつも幸せが終わる少し前なんだ。幸せが終わってしまうとまた死にたい自分と出会って、認知して、さらに嫌になる。心の中をガラガラと乱雑にかき乱された感覚だけが残って、それに囚われて、幸せってのは恐怖だ。


「何がですか?」


湊が純粋な目で俺を見ている。自分のこと、大嫌いだから、大好きな人に大嫌いな奴を見て欲しくないし、好きにもなって欲しくない。けど、俺のことを好きでいて欲しい、って俺のエゴがあって、それが満たされてるから俺はいま、幸せなんだろうけど


「幸せなんだけど」


幸せな状態を認識できるってことは、自分の状態を客観的に判断できてるってことだから、現実が、嫌いな自分が見えちゃうんだろうな。裏返しにされたカードの表面が透けて見えてるみたいに。幸せの中で「ああ、いたいた。クズ、見っけ。何でここにいんの?」って場違い探しができちゃうんだもん。で、その後は幸せの名残りを感じながら幸せを演じて嘘ついて、心からの幸せはとっくに過ぎ去ってんのを虚しく感じるんだ。


「良いじゃないですか、幸せならば」


と湊は無邪気に笑う。幸せの恐怖を知らない顔して。

だから、俺は幸せを終わらせたくないという焦燥に駆られて、キスをした。ああ、自己中め。死んだ方が良いぜ、お前なんか。声が、幻聴が聞こえて、うまく笑えない。はは、格好悪っ!キモいし、何しても駄目だって。お前もわかってるだろ?いっそ、嫌われてしまえ。


「本当、そうだな」


泣きたくなるような消えたくなるような自己否定に共感して、少し笑えた。


「京一さん、大好きです」


「うん」


「愛してます」


「あっそ」


「へへっ、幸せって良いもんですね」


俺は冷たい対応しかできてないのに、くしゃっとした可愛い笑顔を見せられて、湊は本当に幸せそうにする。はは、いまだによくわからねえわ。


「何が幸せなん?」


「んーと、京一さんが僕の気持ちを受け取ってくれること、です」


自信満々で嬉しそうにニヤけるから、俺はそんなこともしてやれてなかったのかと驚かされた。ああ、そう言えば、「やめろ」って過去に言った気がする。気が立ってて、こんな自分を愛して欲しくなかったから。


それで、シャブやったんだ。


湊と縁切って、嫌われて、死にたくて。だって、湊はまだ幸せになれる人間じゃん。俺のような人生ゲームオーバーの怪物とは違う。


「ごめん、湊。本当にごめんなさい」


片目から涙がスーッと泣きたくもないのに流れてきて、邪魔、ウザったいなって思って手で拭いた。衷心より懺悔、謝罪を申し上げているが、泣いて詫びるのはことのほか違うと感じた。だって、感情的な謝罪って自分がただスッキリしたいだけの自己満足じゃん。自分の非を認めて、それにより起こった迷惑、それを被った相手の心情、を思慮しながら謝罪をしなければ、本心からの謝罪とは言えないのではないだろうか。ごちゃごちゃ考えてんじゃねえよバーカ、これ考えてる時点で謝罪とはかけ離れてんだろうが。


湊に二回キスされた。


「一謝罪、一キスです」


シリアス展開は一歩間違えると、コメディだ。浮足立つ足が浮かれた彼奴が一歩踏み込んで抱きついてきたせいで地に着いた。ああ、もう笑うしかねえな。


「ごめん」


嘘の謝罪で、約束通りにキスされた。この謝罪とキスのループを十五回ほどやり、抱腹絶倒。シュルレアリスムの恐怖を感じる前に笑い飛ばした。


「京一さん、何笑ってるんですか」


と俺につられて笑ってる湊は真面目にやってたんだもんなあ、笑っちゃいけないと思えば思うほど笑えてくる。


「愛してんぜ、湊。あはははっ」


陶酔しながら、馬鹿笑いして、本心をストレートで。真剣味には欠けるけど、混ぜご飯よりは美味しいだろ。


「え、え?ええっ!?」


え、という一音でここまで感情を表現できる表情に感心しながら、目を丸くして、緩む口元が可愛らしく、一泡吹かされたって感じで、あわあわしてる。可愛いいい。

追い討ちをかけるようにキスをして、舌を入れて、多幸感に生き埋めにされた。情報量過多で何一つ処理できない脳内カオス状態に陥って、あはは、何も考えなれなーい。最高っ!全てが歪んで、這い上がれないほど暗闇の底に沈んで、俺の輪郭が溶けて、ドロッドロになって、床と一体化してくのを湊に見られてる。シャワーの音が聞こえる。お風呂場だわ。お風呂場の少し高くなってるあのドアの縁に頭がくい込んでる。くっそ、動けねえ。どんどん溶けて、沈んでいく。このままコンクリの一部になるわ。いや、異物混入。


……何これ


「京一さん、キスしながら卒倒するもんだから驚きましたよ」


何それ、恥っず!!!

覚醒した瞬間に湊にそう微笑まれて、お粥を作ったと報告された。そんなのどうでも……良くない、湊の手作りだぞ。美味しく頂け。と脊椎に命令され、精神的に大ダメージ食らったし、ガッタガタしてるけど、とりま、お粥を食った。ほんのり甘い。


「俺、床にめり込んでたわ」


「ふふっ、何してるんですかあ」


湊が笑ってくれた、安心ポイント追加。これは現実だ、さっきのは夢だ、安心しろと自分を鼓舞する。もう保険入りたいわあ、保険って安心を買うんだろ?悪夢保険とか不眠保険とか失言保険とか無いの?


「めっちゃ怖かったあ」


布団の重さが安心する。守られてる感があって、針攻撃ならこの布団の厚みでガードできるなんてくだらない想像をする。


「京一さん、大丈夫ですよ」


と俺の手を両手で握ってくれる。


「湊、夢ん中でめり込んでいく俺をひたすら観察してたけど?」


「あははっ、それも楽しそうですね」


「サイコパスやわあ」


「大丈夫ですよ、京一さんは僕が死なせませんから」


温かい布団で、鳥肌が立った。冗談抜きで今度はサイコパスって思ったから、言えなかった。死なせてくれないのか、重いなあ(布団)。でも、何かキュンキュンしちゃってるんだよなあ。めっちゃ可愛い。ベッドの横で看病して手を握ってくれてる時点で可愛いもん。好き。


頭の回転が錆び付いてると、単純でわかりやすいことしか考えられないから、ただの主観しか感じないし、相手の裏の意図とかも探ろうとしないし、自分のことも別にどうでも良くなるから、一定量の幸せを感じる。馬鹿って良いなと思う瞬間。幼稚園児みたいに防衛機制の退行して、無邪気なまま他人に依存して。あはは、クレごーごーろく、脳内噴射で即終了。完治。大人という檻を恨むしかないね。社会不適合者が何吐いても虚言にされて終わるけど。


「湊、何もかもどうでも良くさせてくれる?」


ダメな大人、中学生に何頼んでんだ。みっともないわあ。……死に、神様に心臓を掴まれた。俺の罪がバレたみたい、痛くて苦しい。握り潰されていく気分だ。許してください、こんな俺を。心臓搾りたて百パーセントジュースなんて美味しくないですって、あははっ。


「キスしても良いですか?」


「どーぞ、俺を狂わせて」


と湊の頬に手を置いて、その唇を俺のところまで持ってきちゃってるから、時すでに遅し、いや、早し?時計の針まで狂っちゃってるから読めねえよ。ああ、原型が消えるまでぶっ壊して欲しい。



ベッドの軋む音。


「はあ、はあ。湊、苦しい……」


京一さんは呼吸を乱しながら、目を腕で覆っている。口元だけ見せて、息を切らして、これがわざとじゃないのだから、罪深いと心底思う。


「京一さん、あと少しですよ」


彼の細い脚を掴みながら、寝っ転がってる様子を見て、僕は悦に浸っている。京一さんの色っぽさに滅多打ちにされてるから。


「もう無理、限界」


と言いながら最後までやり遂げると、魂が抜けたように、ベッドに倒れて仰向けで寝てから、少しニヤつく。艶麗という言葉が良く似合う、その赤くなった頬と艶かしい吐息に骨抜きにされてしまう。


「ふふっ、完璧に事後じゃないですかあ」


「湊の変態バカ」


と愛らしく笑われたが、僕は延々とそんなことしか考えられなくて、その服の下に手を入れて、直接少し汗ばんだベタつく肌に触れてみたい。そんな欲望を抑えて、シャッターを切る。貴方の体温を生命を愛情を感じてみたいのに、僕にはその資格はまだ無いようだから。空間をカシャって線引きした。


キスしてる途中で、気持ちいいときに、「ダメだ、筋トレしよ」ってお粥分のカロリー消費しようと腹筋を始める彼氏。「狂わせて」と誘っておいて、結局はこっちが狂っちゃうの。僕の気持ちを知って、避けるんだ。狡い。

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