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-BLOOM-  作者: すいかばきばき
2/19

二花- Awaken power Ⅰ

「…………」

 ズブズブと体が黒い――黒い――黒い泥の底にゆっくりと沈んでいく――

『ねぇ、なんで足掻こうとしないの?』

 いつのまにか目の前に現れた黒い髪の少女にそう問いかけられる。

『そこ、抜けようと思えば簡単だよ』

 --もう、いいんだ。ここを出たって俺にやることなんて、一つもないんだから…。

 あぁそうだ、もう八神はいない。伊集院達もいない。俺は、孤独だ。

 だから、それならいっそ、この泥の中へと沈んでいった方が楽だろう…。

『ふーん、そうなんだ』

 自分から訊いてきたくせに、やけに素っ気ない返事だった。

 まぁ、いいか。もう何もかも――どうでもいい。

『でもさ、君がここで闇に呑まれちゃうと私が困るんだねぇ』

 --ふーん、そうなのか。

『あらら、やけに素っ気ないですねぇ』

 ――お前の真似さ

『へぇ〜、まぁいいですよ〜勝手にやっちゃいますから』

 ガッ

 いきなり少女に顔を掴まれた。

 --な、なんだよ⁉︎

『辛いんだったら、私が全部消してあげる。嫌なことがあったなら、その記憶は全部私が作り変えてあげる』

 俺は泥から腕だけ引き抜くとその少女の腕を退けようとする。だが、その少女の細い腕はまるで岩石かのように固く、動かなかった。

『悪いけど、アカリには進んでもらわないと行けないんだよ』

 --それってどういうことだよ‼︎

『すぐに、わかるよ』

 少女がそういうと、何故だか急に眠気に襲われ、全身から力が抜けていく。

『次は、ゆっくり話そうね』――


 ---


 ……


 …………


 ………………



「ん……」

 襖の隙間から漏れる光が顔に当たり、不快そうに顔をしかめながら門音燈利は意識を覚醒させた。

「どこだよ、ここ」

 キョロキョロと辺りを見渡すと、六畳程の畳敷きのにちょこんと敷いてある布団の上で俺はどうやら寝ているらしいということはわかった。

「うーん、全く見覚えがない」

 俺の部屋には勉強机と本棚など普通の男子高校生らしい物がそれなりに置いてある。

 だから俺の部屋でない事だけははっきりしているのだが、でも人の家に泊めてもらった記憶もないし…一体ここはどこだ?

「てかなんだよこの服は…」

 視線を下にし自分の着ている服を確認すると、死んだ人に着せるような白い経帷子(きょうかたびら)が着せられていた。

「おいおいここは天国か何かなのか?」

 そうブツブツ言ってる俺の鼻腔を美味しそうな香りが刺激する。

 ふと横を向くと『今日の朝ご飯です』と書いてある紙と共に御膳の上にあさりの味噌汁と白いご飯で作られたおにぎりが置いてあった。

 ゴクリ、と思わず喉が鳴る。

 俺は食欲を抑えられず一気に上半身を起こす。

「――⁉︎」

 体を起こした刹那、腰に激痛が走った。

「く〜っ…俺ももう歳なのかな…」

 自虐的にそう笑うと、俺はまだヒリヒリと痛む腰を左手で押さえながら、空いてる手で味噌汁にありつく。

 ちゅるちゅる

 味噌汁を啜ると、渇ききった喉が潤っていくのがわかる。味噌汁はもう冷えてしまっていたが、逆にそれが今は飲みやすくて助かった。腰の痛みなんかいつの間にか忘れてしまい、俺は両手でお椀を持ち節操もなく味噌汁を掻き込んだ。

 ――瞬間この部屋の襖が開き、白い服に身を包んだ小さな女の子が

 ちょうどそれと同時に屏風が開き、綺麗な白い浴衣に身を包んだ小さな女の子がおにぎりと味噌汁を乗せた御膳を持って入ってきた。

 女の子は夕の姿を見るなり「あ、おきた」とゆっくり言うと、その口調と同じくらいゆっくり襖を閉めて姿を消した。

 な、なんだよ今の女の子。おにぎりとか持ってたしここのメイドさんかなんかか?いや、あの若さでそれはないな、奴隷とかの気がする。目が死んでたし。

 あの女の子の目は死んだ魚の様に濁っていた。けれど今はそんなことどうでもいい。胃袋を死んだ魚で満たすのが先だ。



「は〜満足〜、こんな美味い魚食ったの初めてかもしれないな」

 満悦の笑みを浮かべながら、俺は布団に倒れ込む。

「う〜ん布団もふかふかだし、ここは天国なのかもな〜俺、ここの子になる」

 目を閉じてまた眠ろうとするとバタバタと廊下を複数人が歩いてくる音が耳に届いた。その足音は俺の部屋の前で止まり、次の瞬間、勢いよく襖が開けられ、長い襟で顔の半分を隠した黒髪の青年が入ってきた。この青年もどことなく目が死んでる。さてはこいつも魚食ってないな。

「おい、起きろ」

 青年は俺を見下しながら厳しい口調でそう言った。まぁ俺が寝てる格好だから見下すのは当然なんだけど。

「食べたばかりで動けませ〜ん。食べた後は動くなと母に教えられてるんで」

「そうか、なら動かなくても構わない」

 青年が小さくそう言った刹那、俺の体は何か見えない力で体を掴まれ無理矢理床へと立たされる形となった。

「な…なんだよこれ⁉︎」

 狼狽する俺を他所に青年は「じっとしてろ」と小さく言うと蛇の様に俺の目を睨みつけてきた。

 青年に睨まれた俺は、何故か視線をそらすことも、瞬きすることさえ出来ず、その男が目を反らすまで呼吸も出来なかった。

「よし、とりあえず魂の乱れはなさそうだ。いいぞ、またゆっくり眠ってて」

 男が俺から視線を反らすと、俺の体を支えていた見えない力は無くなり、その場に倒れこんだ。

「げほっ…げほっ…っ、なんなんだよお前」

 急に酸素が肺に入ってくる様になり咳き込みながら俺はそう青年に問うた。

 だが青年は俺のその質問に答えることなく、部屋から出て行った。

「前言撤回、ここ天国なんかじゃないわ…」

「ごめんね、主様良い人なんだけどあんまり――というか全然社交性が無くてさ」

 いつの間にか俺の目の前に立っていた美しいブロンドの髪をツインテールにしている女性が俺にそう言って苦笑いを浮かべながら謝罪した。

 褐色の肌に、少し化粧された目元からギャルっぽい印象を受ける。

「ん、ぬしさま、ほんといいひと、だから、許してほしい」

 さきほどの女の子がギャルの背後からヒョイと現れ、ゆっくり、ゆっくりとそう口を開く。

 遠近法で小さく見えたのかと思っていたが近くで見ても本当に小さい。幼稚園児ぐらいだろうか。すると、このギャルとさっきの無愛想が両親か⁉︎

「ちがう、わたしは、コキュートスの、りっぱなせんし」

 俺の心を見透かした様にその女の子は無表情のまま、少し怒った様な口調でそう言った。

「コキュートス?戦士?」

 そうゆう設定のメイド喫茶なのか?

「大丈夫大丈夫、その事を君に教えてあげるように主様から頼まれてるから」

 ギャルは優しく微笑んだあと、右手を俺の前に差し出す。

「私はリューネ・サラボトニック、去年からここ、コキュートス日本支部にお世話になってるわ、よろしくね」

 リューネは微笑み、俺の前に手を差し出す。

 なるほど、外国の方か。ならこのブロンドの髪も、頷ける。地毛だったんだな。

「よろしく、俺は門音燈利。えぇーっと…英語で言うとなんだろ…ダークソングライト…って感じかな」

 そう言ってリューネの手を握る。リューネは「ははっ、なにそれ」と言って笑ってくれていた。

「燈利くんね、しっかり胸に刻んでおくよ!」

 そう言ってリューネは心許ない胸を意気揚々と叩いてみせた。

「この子は九宮華輦(くみやかれん)、燈利の眠っている間は華蓮が世話をしていてくれたんだよ」

 リューネがそういうと華蓮という女の子は「ん、わたしに、かんしゃ」とゆっくり言った。

「そっか、華蓮がこれ運んでくれてたんだ。ありがとな」

 触り心地の良さそうな綺麗な黒髪の華蓮の頭を撫でてやると「んー」と唸っていた。

 止めないという事は、どうやら嫌というわけではないらしい。

「じゃあ、とりあえず話していこうと思うんだけど、燈利はここに運ばれる前の事どこまで覚えてる?」

「どこまでって言われてもな――」

 いつも通り高校に行って、いつも通り授業を受けて、いつも通り帰宅し――ん?

 そこで何かが引っかかった。

 うーん、と唸りながら俺は思考を続ける。

「いつも通り帰って…ない――」

 俺の頭の中に今まで忘れていた記憶が雪崩のように流れ込んでくる。

 そうだ、たしか教室を出ようとした所で何か白い化物に現れて、クラスの奴らみんなそいつらに襲われて殺されて、それから逃げて、それから……誰か、大切な…人が――

 けれど俺の思考はそこで壊れたテレビのように記憶が壊れ、それ以上の思考が停止してしまう。

「っ……なんだよこれ…」

 急な頭痛で俺は頭を抑える。

 化物に襲われてからの事がよく思い出せない…どうなってるんだ?

「うーん、あんまり思い出せないみたいなのかな」

 狼狽する俺を他所にリューネは変わらない口調で続ける。

「お前達は、なんなんだ?」

 俺は痛みを堪えながらリューネにそう質問した。

「それはもちろん教えようと思ったんだけど、でも今は燈利くん横になった方がいいんじゃないかな?」

 そう言って心配するリューネに対し、俺は必死で笑ってみせる。

「もう十分眠ったよ。そろそろ人と話がしたいんだ」

 俺のその言葉にリューネは満足そうな顔をすると、ゆっくり口を開き話し始めた。

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