第五話
清一十歳 チッチ十三歳
「チッチも年を取って大人しくなったみたいだねぇ」
夕食後のお茶をすすりながら祖母がポツリと呟いた。
「前は散歩のときいつも私が引っ張られていたけど、最近ではゆっくりと私の横を歩くようになったんだよ」
「チッチが母さんに合わせて歩くようになったんじゃないのかな」
父親がスポーツ新聞を眺めながら答える。
「でもあなた、チッチはもう十三歳。人間の年で言ったらお爺ちゃんよ」
台所から母親の声と皿がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「うそ!? チッチもうお爺ちゃんなの?」
テレビアニメを見ていた清一が驚きの声を上げた。
「犬と人間は年の取り方が違うからね。清ちゃんは十三年経ったら中学生だけど、チッチはお爺ちゃんになっちゃうんだよ」
祖母が優しく清一の頭を撫でた。
「そんなぁ、信じられないよ」
清一は、自分がチッチの散歩をすることでそれを確かめてみることにした。
「チッチ、今日は久しぶりに僕が散歩の相手だ」
麦藁帽子を被った清一がチッチにリードを見せる。チッチは目を輝かせて尻尾を振りながら清一に飛びついた。しかし昨日の祖母の言葉が引っかかるのか、若干チッチの喜び様が以前より弱くなったように見える。
「今日はチッチの歩きたいところを歩いていいからな」
リードをチッチの首輪につなげると、清一はチッチに動くようリードを上下に振った。チッチはゆっくりと動き出す。
「チッチ、散歩だけどもっと速く歩いていいんだからな」
最初はチッチの後ろを歩いていた清一だったが、すぐにチッチに追いついてしまった。そして清一がチッチに合わせてゆっくりと歩くようになってしまった。
「チッチ、今日は暑いから走りたくないのか」
「そうだ」とでも言いたいのかチッチは立ち止まって清一の顔を見た。真夏の暑い光が清一とチッチを照らす。アブラゼミとツクツクボウシの輪唱がさらに暑さを感じさせる。
「分かったよ、チッチ。今日はゆっくり歩こう」
そう言いながら清一がリードを揺らすとチッチは再びゆっくりと歩き出した。その背中が清一には小さく見えた。
歩く速度が遅かったこともあるが清一がチッチを気遣い(自分のためでもあるが)日陰を選んで歩いたためもあり、散歩の時間は以前清一が散歩をしたときよりも倍以上のものとなった。
そのため清一とチッチが家に付いたとき、日は西に傾き、辺りの音はアブラゼミとツクツクボウシに変わってヒグラシが主役になっていた。
「お帰りなさい、清一。夕ご飯もうすぐできるからね」
母親がドックフードの袋を抱えながら清一を迎えた。その袋に「老犬用」という文字が書かれていたのを清一は見逃さなかった。




