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お飾り婿のつもりでしたらお引き取りくださいませ 〜無能だと勘違いした馬鹿どもを、婚約者が本物の手腕とざまぁで叩き潰します〜  作者: あずきまんま


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第6話_もう二度と隠さない

大審問室での劇的な断罪劇から数時間後。


王都からアルトリア伯爵領へと向かう帰りの馬車の中は、奇妙な沈黙に包まれていた。


ただし、乗っている馬車は往路の質素なものではなく、『ヴェール商会』が用意した、まるで動く宮殿のように豪奢で揺れの少ない最高級の四頭立て馬車である。


向かい側のふかふかの座席には、先ほどまでの冷酷な覇王のような姿が嘘のように、再び前髪を下ろし、少し居心地悪そうに視線を彷徨わせているレイジが座っていた。


セレスティアは、自分の膝の上でぎゅっと拳を握りしめ、じっとレイジを見つめた。


差し押さえられていた十台の荷馬車は無事に解放され、それどころか莫大な賠償金と王都での商業特権まで手に入った。アルトリア領の危機は完全に去り、かつてないほどの繁栄が約束されたのだ。


喜ぶべき状況のはずなのに、セレスティアの胸の奥には、どうしようもない感情の渦が吹き荒れていた。


「……いつから、ですの?」


ぽつりとこぼれたセレスティアの小さな声に、レイジの肩がビクリと跳ねた。


「えっと……いつから、とは?」


「いつから私を騙していらしたのですか、と訊いているのです! 王宮特務監察局の最高統括官!? ヴェール商会のオーナー!? そんなとてつもないお立場でありながら、なぜこの三ヶ月間、私の前で何食わぬ顔で昼寝をしたり、小説を読んだりして無能なフリを続けていらしたのですか!?」


セレスティアが身を乗り出して詰め寄ると、その大きな瞳にみるみるうちに涙が盛り上がった。


「わ、私がどれだけ……どれだけ一人で心細かったか、ご存知ですの!? あなたが頼りないから、私がしっかりしなければと気を張って、それなのにあなたはいつも茶化してばかりで……! 私が陰であなたを『穀潰しではないか』と疑ってしまったことが、今どれだけ恥ずかしくて申し訳ないか、お分かりになりますか……っ!?」


ポロポロと真珠のような涙をこぼし、顔を真っ赤にして抗議するセレスティアを見て、レイジは息を呑んだ。


やがて彼は、深い溜め息とともに、自分の前の席から立ち上がり、セレスティアのすぐ隣の席へと腰を下ろした。


そして、いつもの茶化すような軽薄な笑みを完全に消し去り、驚くほど真剣で、熱を帯びた黒曜石の瞳で彼女を真っ直ぐに見つめた。


「……ごめん、セレスティア。君を孤独にさせ、不安にさせたことは、どんなに謝っても足りないくらいだ」


レイジの大きくて温かい手が、セレスティアの震える両手をそっと包み込んだ。


「でも、誤解しないで聞いてほしい。僕が君の前で軽薄なお気楽者を演じていたのは、決して君を馬鹿にしていたからじゃないんだ。……むしろ、その逆だよ」


「ぎゃ、逆……?」


「ああ。さっき審問室でも言った通り、僕の実家――ヴォルター侯爵家の父や兄たちは、他人の才能や資産を食い物にするハイエナのような人間だった。だから僕は十代の頃から、実家では徹底して『無能な三男』を演じることで、裏で自分の商会を育て、王宮の特務機関で力を蓄えてきたんだ。いつか実家の腐った連中と完全に縁を切り、自由になるためにね」


レイジは、セレスティアの頬を伝う涙を、親指の腹で壊れ物に触れるかのように優しく拭い取った。


「そんな時だ。今から二年前、王都の視察の帰りに、スラム街の近くで暴走した荷馬車から見知らぬ貧しい子供を庇って、泥だらけになりながら必死に声を張り上げている一人の少女を見た」


「え……? それって、私が父の名代で初めて王都へ上がった時の……」


「そう。周囲の貴族たちが汚れるのを嫌がって遠巻きに眺めている中、君だけは高価なドレスが泥と擦り傷でボロボロになるのも構わず、その子の手当てをして、自分の小遣いをすべて渡していた。その後、自分の領地の特産品を売るために、商人たちに混じって汗だくで交渉している君の姿も見たよ」


レイジの瞳が、どうしようもないほどの愛おしさと熱量で細められた。


「あの日、あの瞬間から、僕は君にどうしようもなく心を奪われていたんだ。なんて真っ直ぐで、気高くて、美しい人なんだろうってね。だから、お父上が病に伏せられてアルトリア家が入り婿を探していると知った時、僕は実家に気づかれないよう裏からあらゆる手を回して、『無能な三男の厄介払い』という名目で、君の婚約者の座を強引にもぎ取ったんだ」


「な……っ!? あの縁談は、レイジ様がご自分で仕組まれたものだったのですか!?」


「うん。誰にも君を渡したくなかったからね」


さらりと落とされた重すぎる独占欲の告白に、セレスティアの顔が耳まで真っ赤に沸騰した。


「で、でも、それならなぜ、お屋敷に来てからもあのような不真面目な態度を……?」


「……それは、その……格好悪い話なんだけど」


先ほどまで国家規模の悪党どもを氷の微笑で処刑していた最強の男が、急に気まずそうに視線を逸らし、頬を赤く染めた。


「いざ二年越しに憧れ続けた君を目の前にしたら、緊張してしまって、どういう顔をして接すればいいか分からなくなったんだ。おまけに、まだ実家との法的な縁切りが終わっていなかったから、下手に有能さを見せればガルド兄上たちに感づかれて君が標的にされる危険もあった。……だから、君が一人で頑張りすぎているのを、こっそりお茶に霊薬草を混ぜたり、スプーンを落として不正箇所を教えたりしながら、陰で支えるくらいしかできなかったんだよ」


「……っ! あのお茶も! 先月の風でめくれた帳簿も! スプーンも……全部、レイジ様が私を助けるためにしてくださっていたのですか!?」


記憶の中のパズルのピースが、音を立てて一斉に噛み合っていく。


自分が「運が良かった」「偶然だ」と思っていたすべての出来事は、この不器用で、誰よりも優しい婚約者が、睡眠時間を削って張り巡らせてくれていた『見えない盾』だったのだ。


「街へ散歩に行くと仰っていたのも、小説を買いに行っていたのではなく、領境のゴロツキを退治したり、カルネ子爵たちの不正の証拠を集めたりするためだったのですね……!」


「あ、いや、恋愛小説を買っていたのは本当だよ。どうすれば真面目な女性に振り向いてもらえるのか、参考にしようと思って読んでいたんだ。あまり役には立たなかったけれど……」


ぼそりと呟いたレイジの言葉に、セレスティアの胸の奥から、これまで経験したことのないような温かく甘い感情が、熱い泉のように溢れ出した。


頼りない穀潰しなんかじゃなかった。


彼は最初からずっと、誰よりも深く、誰よりも誠実に、自分とアルトリア領を愛し、守り抜いてくれていたのだ。


「……馬鹿」


セレスティアは、自分の手を包んでいるレイジの大きな手を、ぎゅっと握り返した。


「レイジ様の、大馬鹿……っ。そんな大事なこと、どうして隠していらしたのですか。小説なんか読まなくたって、あなたがどれほど私とこの領地を想ってくださっていたか、今なら痛いほど分かりますのに……!」


セレスティアは涙で潤んだ瞳で彼を見上げ、そして、これまで一度も見せたことのないような、満開の花が咲くような可憐な笑顔を浮かべた。


「ありがとう、レイジ様。私を、そしてアルトリア領を救ってくださって。……これからは、もう隠したりしないでくださいね?」


その笑顔を見た瞬間、レイジの理性のタガが外れたように、その瞳が甘く深い情熱に染まった。


彼はセレスティアの華奢な肩を引き寄せ、そのまま自分の胸の中へと深く抱きしめた。


「きゃっ……!?」


「……ああ、もう二度と隠さないよ、セレスティア。実家の害虫どももすべて駆除したし、今朝をもってヴォルター家との縁は完全に切った。これからは遠慮なく、昼も夜も、僕の持てるすべての力と愛で、君を甘やかし、溺愛させてもらうからね」


耳元で囁かれる、低く甘い本気の声。


レイジはセレスティアの顎を優しく持ち上げると、亡き母の形見である蒼輝石のブローチにそっと敬愛の口づけを落とし――そのまま、バラ色に染まった彼女の唇へと、甘く深い口づけを重ねた。


「ん……っ」


馬車の窓の外には、どこまでも澄み渡る北方の青空と、アルトリア領へと続く美しい森が広がっていた。


     ◇


それから三ヶ月後。


アルトリア伯爵邸の庭園では、領民たちも招いた盛大な婚姻の儀――レイジの正式な婿入りと、セレスティアの当主就任を祝う祝宴が開かれていた。


病床から快復した先代伯爵が目を細めて見守る中、純白の婚礼衣装に身を包んだセレスティアの隣には、前髪をすっきりと上げ、誰もが振り返るような眩い美貌と威厳をまとった夫・レイジ・アルトリアの姿があった。


もっとも、公の場を一歩離れて執務室へ戻れば、二人のやり取りは相変わらずである。


「さあ、僕の愛しい奥様。今日の執務はここまでにして、僕と一緒にハネムーンの計画を立てようじゃないか。すでに今月分の書類の決裁も、王都との取引交渉も、僕が朝のうちにすべて片付けておいたよ」


「ちょ、ちょっとレイジ! 当主である私の仕事を勝手に全部終わらせないでくださいと、昨日も申し上げたはずです! これでは私がお飾り当主になってしまいますわ!」


「いいじゃないか、今まで君は十分すぎるほど頑張ってきたんだから。これからは夫である僕に、全部頼って甘えてくれないと困るよ」


そう言って悪戯っぽく笑い、後ろから甘く抱きしめてくる最強の夫に、セレスティアは顔を真っ赤にしながらも、もう以前のように突き放すことはしなかった。


(……まったく、本当に敵わないお方ね)


彼の温かい胸にそっと背中を預けながら、セレスティアは幸せな溜め息をつく。


真面目すぎる女当主と、彼女を世界の誰よりも溺愛する最強の入り婿。


二人が手を取り合って治めるアルトリア伯爵領は、その後何代にもわたって、王国で最も豊かで幸福な領地として繁栄し続けたという。


(完)


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