第6話:地図から消えた聖域
王都・グランヘイム。
白亜の城壁がそびえ立つその街は、魔王軍を払いのける勇者の到着を熱狂的に迎えていた。
広場を埋め尽くす民衆。
彼らが真吾の名前を呼ぶ声は、地鳴りのように響いている。
「真吾、見てよ。この人だかり。みんな私を見に来たのね」
美桜が聖女のローブをなびかせ、民衆に向けて完璧な笑顔で手を振る。
その隣で、黄金の鎧に身を包んだ真吾が、聖剣を高く掲げて歓声に応えていた。
真吾のHPは20000。
美桜は5000。
現実の世界で築いた圧倒的な支持の証であるその数値は、この異世界でも絶対的な壁として君臨している。
その行列の最後尾。
正志の姿をした青島は、隣に立つ駒となった伊織に、懐の黒い結晶を指先で示した。
「伊織。舞台は整ったな。紘の怨念を、この街の魔力網にアップロードしろ」
「了解しましたわ、マスター」
【スキル:312『一斉送信』】
「スキルを待機。王都全域に張り巡らされた世界の記憶に干渉しますわ。紘の最期の叫びと、真吾が仲間を切り捨てた事実を、今から街中の掲示板に強制投影しますわ」
青島は、民衆の熱狂を冷めた目で見つめる。
彼らが愛しているのは、真吾という虚像だ。
ならば、その虚像を最悪の真実で上書きしてやる。
「始めろ」
青島が呟くと同時に、王都の空気が凍りついた。
広場の中央、そして街の至る所に設置された巨大な掲示板が、バチバチと不気味なノイズを立てて発光した。
そこに映し出されたのは、昨夜のキャンプ地での光景だ。
真吾に必死に訴えかける紘。
そして、仲間の命をお荷物が減ったと吐き捨て、笑顔で切り裂く真吾の冷徹な顔。
さらに、美桜が信子を鼻につく女と嘲笑っていた音声が、魔法で増幅されて街中に響き渡る。
歓声が、一瞬で悲鳴と罵声に変わった。
「な、なんだこれ。誰だ、こんな悪質な魔法を使っているのは」
真吾が慌てて掲示板を聖剣で叩き切ろうとする。
だが、物理的な攻撃では消せない。
「おい、見ろよ。勇者様、仲間のことゴミだって言ってるぞ」
「聖女様も、信子さんが消えて清々したって」
「俺たちが信じてたのは、こんな人殺しだったのか」
民衆の間に、猛烈な不信感と殺意が広がっていく。
彼は、自分に石を投げる民衆を、忌々しそうに睨みつけた。
「黙れ、この低能どもが。俺は神に選ばれた勇者だぞ。俺が何をしようが、お前たちを守ってやるんだから感謝しろよ」
真吾の傲慢な言葉が、民衆の怒りに油を注ぐ。
王都の地下から、真っ黒な炎が噴き出した。
それは熱を持たない炎。
だが、触れた者の心に真実を知った絶望を植え付け、世界のシステムそのものをバグらせる精神汚染だ。
「嘘だ、全部嘘なんだ」
「真吾。お前が死ねよ」
王都全体が、1つの巨大な炎上状態に陥った。
昨日まで真吾を称えていた民衆が、今や狂ったように武器を手に取り、彼らに向かって襲いかかる。
「真吾、怖い。どうにかしてよ」
美桜が悲鳴を上げる。
彼女の防御力800では、民衆の怒りの数には耐えられない。
一方、真吾は防御力20000の鎧を輝かせ、自分に群がる民衆を聖剣の柄で殴り飛ばした。
「どけ。俺は勇者なんだ。お前らみたいなモブが、俺の、俺様の邪魔をするんじゃねえ」
その騒乱の中心で、青島は正志の姿のまま真吾に近づき、その肩を掴んだ。
「大変だな、真吾。せっかくのパレードが台無しだぜ」
「正志。お前、伊織を連れて俺を守れ。こいつらを皆殺しにしてでも、俺の正義を認めさせてやる」
真吾が血走った目で正志を見る。
青島は、その瞳をじっと見つめ、ゆっくりと正志の偽装を解除した。
正志の顔が溶け、現れたのは、死んだはずの青島の無表情な顔だった。
「え、あお、しま」
真吾の顔が、恐怖で引き攣る。
美桜も、腰を抜かして地面にへたり込んだ。
「見捨てたゴミが、地獄から戻ってきた気分はどうだ、真吾。お前がどんなに高いHPを持っていても、世界そのものから拒絶されたら、そこはお前の聖域じゃないんだよ」
青島の指が、空中に浮かぶ理のウィンドウを叩く。
【スキル:404『接続拒否』】
王都全体の炎上が、青島の指先に集束し、真吾と美桜を隔離する黒い檻となった。
地図に記された聖域が、物理的なノイズとなって崩壊していく。




