ノエルの悩み④
「私のいとこ、ですか?」
ノエルは首を傾げた。記憶の糸をたぐってみるが、自分の親族にそれほど適齢期の令嬢がいた記憶はない。
「ええ。私の侍女の、イリシアのことよ」
母であるポレッタ妃は、お茶をそそぎながらさらりと言ってのけた。
王妃である母には大勢の侍女がいる。そのなかの……一体どの子だっただろうか。ノエルが記憶を検索していると、母はすべてを見透かしたように微笑んだ。
「最近上がったばかりの若い子よ。私の兄の娘なの」
(母上の兄の娘、ということは……次期辺境伯令嬢か)
ノエルは内心で眉をひそめた。アランは子爵家の次男に過ぎない。身分的な釣り合いが取れないのではないだろうか。
再びノエルの顔を覗き込み、その思考をまたもや読み取った母が、楽しげに言葉を重ねる。
「アランはもはや、ただの子爵家の子息ではありませんよ。王太子の従者なのですから、格式としても丁度いいのです。それに彼の人柄なら申し分ないわ。……それにね、なんといっても、あの子のあの様子。あなたが昔、ソフィアをぽおっと見つめていた時の顔にそっくりなんですもの。これじゃあ、応援したくなっちゃうわよね」
「えっ!?」
不意に過去の恥ずかしい片思いを引き合いに出され、ノエルは分かりやすく慌てた。
「まあ、その話は置いておくとして。アランを早くここに連れていらっしゃい。あの子、きっとイリシアを気に入りますよ」
ポレッタ妃は、まるですべてが予定通りに進むと確信しているかのように、自信ありげに目を細めた。
*
ちょうどその頃、当のアランは王宮図書館の貸出カウンターにいた。その前には、特定の専門分野に関する本が、今にも崩れそうなほどの山となって積み上げられている。
そこを偶然通りかかったのは、恰幅のいい一人の男――この図書館の館長であり、アランの父親であった。
「よぅ、お前が本を読むなんて珍しいじゃないか。感心、感心」
父親は上機嫌で息子の肩を叩きながら、その本の山に目を落とした。そして、背表紙の題名をざっと目で追った瞬間、ピタリと動きを止める。
「……お前、まさか……」
父親は、何とも言えない、哀れみと情けなさが混ざり合ったような複雑な顔で息子を見つめた。
「ち、違う! これは俺のじゃなくて――!」
アランは引きつった顔で大慌てで弁明したが、父親は深い溜め息をひとつ残し、無言のまま足早にどこかへ去ってしまった。
*
その日の夜。アランの実家では、夕食後に父親が重々しい口調で妻と長男に切り出していた。
「アランのやつ、いつまでも身を固めないのは、王太子殿下の仕事が忙しくて楽しいからだとばかり思っていたのだがな……」
父親は頭を抱え、消え入りそうな声で続けた。
「今日、職場の図書館で、あいつが信じられないほどの数の『性教育』の本を抱えて、熱心に借りていくのを見てしまったんだ」
食卓に、重苦しい沈黙が広がった。
(……あの子、もしかして、そっちの知識が全くないまま大人になってしまったのでは?)
家族の脳裏に共通の疑惑が浮かび上がる。同時に、一刻も早く彼に『結婚相手』を見つけて、まともな導き手を与えてやらねばならないという、妙な義務感と強烈な焦燥感が、その場を支配したのだった。




