断章:石牢に消えた絶叫
ゲルダ妃――いや、その称号を剥奪され、今やただの囚人と成り果てた女は、冷え切った石牢の隅で、濁った思考の糸をたぐり寄せていた。
「どうして、こうなったのかしら……」
つい先日まで、自分はこの国で最も尊い女だったはずだ。それが今では、湿った藁の上に転がっている。
原因は明白だ。国王暗殺の企てが露見したこと。
だが、ゲルダに後悔はなかった。悪いのは陛下だ。愛しい息子モルティマーを廃嫡し、あんな極寒の僻地へ追放さえしなければ、毒針を手に取ることもなかった。
「そうよ、すべてはあの者たちのせい……」
憎しみの標的が次々と脳裏に浮かぶ。
陛下に陳情した有力貴族ども、その黒幕である学園の理事長。
そして、些細な不祥事で息子の卒業を取り消したあの校長。あの女さえ、教育者らしく慈悲の心を持っていれば。
そもそも、モルティマーが婚約者を貶めたのがいけなかったのか? いいえ、あの婚約者がもっと利口に立ち回り、息子を繋ぎ止めておけば済んだ話だ。
それもこれも、あの下品な男爵令嬢、カサンドラに行き着く。身の程知らずにも王太子をたぶらかした、卑しい泥棒猫。
「……待って。なぜ、モルティマーはあんな女に隙を見せたの?」
ゲルダは、霞がかかった記憶の底を必死に掻き回した。
二人の出会いは、王宮の夜会だったはずだ。本来、男爵家ごときが足を踏み入れられる場所ではない。
誰が彼女を連れてきたのか。誰が、王太子の目に留まるよう仕向けたのか。
背筋を、氷でなぞられたような戦慄が走った。
「私に、あの毒針を教えたのは誰……?」
暗殺の手口を、さも名案であるかのように囁いたのは誰だったか。
自分は、誰かが精巧に書き上げた筋書きの上を、ただ踊らされていただけではないのか。
今この瞬間も、暗黙の闇の中で、誰かが勝利の美酒に酔いしれているのではないか。
「仕組まれていた……!」
疑念は確信に変わり、ゲルダは豹変した。泥まみれの指で鉄格子を掴み、狂ったように揺さぶり始める。
「誰か! 誰か来なさい! 私は嵌められたのよ! 私は、私は悪くないわっ!」
その絶叫は、冷たい廊下に虚しく響き渡る。
入り口に立つ二人の衛兵は、耳を塞ぐように顔を見合わせた。
「相変わらずの御気性だな、あのお方は」
「全くだ。あの怒鳴り声を聞く限り、殺しても死にそうにないぜ」
「よほど贅沢な暮らしで精力を蓄えていたんだろうよ」
下卑た笑い声を漏らす彼らの前を、いつもの食事係が静かに通り過ぎていく。兵たちは疑いもせず、その影を牢の奥へと通した。
翌朝。
ゲルダは、見開いた瞳に恐怖を湛えたまま、物言わぬ骸となって発見された。
既に処刑が確定していた彼女を、あえて今殺す理由など、誰にも思い付かない。
結局、その死は単なる病死として片付けられ、彼女が最後に辿り着いたかもしれない真実は、石牢の闇の中に永遠に葬られた。




