みんなは、そのまま楽しんで
色とりどりの旗が揺れ、笑い声が弾ける収穫祭のど真ん中に、場違いなほど切迫した表情の男が飛び込んできた。ノエルの従者、アランだ。
彼は肩で激しく息をしながらも、皆に素早く一礼すると、ノエルの耳元で短く何かを囁いた。
「えっ……」
ノエルの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
彼は震える唇を無理やり動かし、ひきつったような笑みを浮かべて仲間に向き直った。
「……ごめん。僕、戻らなきゃ。みんなは、そのまま楽しんで」
それだけ言い残すと、ノエルは弾かれたようにアランと共に駆け出していった。
残された一行は、重苦しい沈黙の中で顔を見合わせた。
「ただ事ではございませんわ」
アイリスの呟きに、ソフィアが蒼白な顔で頷く。
「申し訳ありませんが、私も城の近くまで行って参ります。……心配でじっとしていられませんわ」
「俺も、騎士として遊んでいるわけにはいかなくなりました」
レオが厳しい顔つきでそう言うと、アテナも毅然として続いた。
「私も同行しましょう。殿下はもちろん、あなた方を放っておくわけにはいきません」
華やかな通りを駆け抜け、彼らは飛び乗るように辻馬車を拾った。
その頃、ノエルはアランの乗ってきた馬に同乗し、王城へと馬足を速めていた。
耳の奥で、アランの報告が呪詛のように繰り返される。
(家族が拉致監禁された……。犯人は、兄上――)
風を切る視界の中で、幼い頃、モルティマーとの幼い日の出来事が、毒々しい色彩を帯びて蘇る。
兄に、嫌味や意地悪を言われたこと。
兄に、思い切り突き飛ばされたこと。
兄に、美味しいからといって渡されたクッキーには砂が混ぜられていたこと。
兄に、ポケットに、腐臭を放つネズミの死骸を入れられたこと。
幼い子供がわざわざ砂入りの菓子を作らせ、死骸を用意して機会を待つ。その周到さと、底知れない執念深さを思い返し、ノエルは改めて慄然とした。あの頃から、兄の心には暗い深淵が口を開けていたのだ。
「みんな、どうか無事でいて……!」
沸き上がってくるどうしようもない不安に、ノエルはアランの腰に回した腕に力を込め、その背中に頭を押し付けた。
アランは、背中に伝わる主の激しい鼓動に胸を痛めながらも、さらに拍車を入れる。
(王子、どこまでもお供いたしますよ。この先、どんな目に会おうとも)
決然とした覚悟を胸に、主従は「モルティマー」という名の凶悪な災厄が待つ王城へと、ひたすらに、ただひたすらに道を急いだ。




