出発だーーっ!
「う、ううううう、うっ……!」
ノエルは言葉にならない感動に、全身を打ち震わせていた。
視線の先にいるのはソフィア。学園で執務に励む彼女は、いつも隙のないシックなドレスに身を包み、凛とした美しさを放っている。だが、収穫祭の今日はどうだろう。
可憐な小花柄を散らしたパフスリーブのドレスに、爽やかな若草色のエプロン。柔らかな金髪はゆったりとした三つ編みのおさげにまとめられ、いつもの「才媛」の面影はどこへやら、村娘のような愛らしさを振りまいている。
その姿を一秒たりとも見逃すまいと、穴があくほど凝視するノエルの様子に、周囲からは自然と苦笑が漏れた。
一方、レオは冷静を装いながらも、テラコッタ色のドレスに真っ白なエプロンを合わせたアイリスを、盗み見るように視界に捉えていた。
(……もっと、じっくり見たい。だが、不審者だと思われるわけにはいかないし、女性を執拗に眺めるのは俺の騎士道が許さない。耐えろ、耐えるんだ自分)
内心の葛藤を押し殺し、彼は鋼の精神で正面を見据えた。
そんなレオの隣で、フィンは別の衝撃に打ちのめされていた。
(えっ、なにこれ……可愛すぎ。マズい、何か新しい扉が開いてしまいそう……)
セレナがそこにいた。長い髪を大きな麦わら帽子の中に隠し、鮮やかな黄色のネルシャツに濃紺のオーバーオールという、奔放な少年スタイル。照れくさそうに、けれど悪戯っぽく笑う彼女の破壊力に、フィンは戦慄すら覚えていた。
ちなみにフィンは、レオをコーディネートしたついでに自分も同じ衣装を新調していた。百年前の騎士を模したレトロな装束だ。腰には玩具の剣を差している。レオは「いまいち腰が軽くて落ち着かない」とぼやいていたが、祭りの空気にはこれ以上なく馴染んでいた。
アテナとルミエラの衣装は、ソフィアによるプロデュースだ。それぞれ深緑と赤のエプロンドレス。
「私にこんな可愛らしいものが似合うのか」と苦笑していたアテナだったが、お祭りだからというソフィアの押しに負けて袖を通した。いざ着てみれば、心なしか足取りも軽く、祭りの高揚感がじわじわと胸を弾ませていく。
「出発だーーっ!」
ノエルの威勢のいい掛け声を合図に、一行は賑やかな大通りへと繰り出した。
軒を連ねる屋台からは、香ばしい串焼き肉の匂いが風に乗って漂ってくる。一行は早速、思い思いの食べ物を手に取り、祭りの迷宮へと潜り込んだ。
頭に乗せたリンゴをナイフで射抜く大道芸人の妙技に手に汗を握り、見たこともない不思議な珍獣の姿に目を丸くし、可愛らしい小物を並べる露店を冷やかす。
祭りの喧騒と、仲間たちの笑顔。
(最後に、みんなにケーキを渡さなきゃ)
ノエルがそんな計画を思い描き、幸福な余韻に浸っていた、その時だった。
人混みをかき分け、彼らのもとへ意外な人物が、血相を変えて駆け寄ってきた。




