いっそ『ご兄妹皆様で』
国王エドワードは直ちに王宮への出入り監視の強化を命じた。
(いつまで続くのだろう。ゲルダが遺した怨みの連鎖は、いつまで我々を脅かすのか……)
エドワードが漏らした深い溜息に寄り添い、ポレッタはその広い背中をそっと撫でた。
*
一方、こちらはソフィアの住むローズウェル公爵邸。
「収穫祭のケーキを一緒に作りませんか」というソフィアの誘いを受け、アイリス、セレナ、そしてルミエラの三人が訪れていた。
だが、初めて足を踏み入れた公爵邸の威容に、三人は緊張を隠しきれない。特にルミエラは、実家の男爵邸が五十個は余裕で入るであろう広大すぎる空間に、もはや「ガクブル」状態である。
「まあ皆さん。今日はケーキ作りですのに、そんなにおめかしなさって」
ソフィアの言葉に、三人はそれぞれ荷物を掲げてみせた。
「大丈夫です! ちゃんと着替えを持って参りましたわ」
完璧に整えられた調理道具が並ぶ、広大な厨房。四人はそれぞれの想いを胸にいそいそと準備に取り掛かった。
(お世話になっているアテナ先生とイングリッド理事長。それに友人たち。……あとは、ノエル殿下にも差し上げないと。あの方は拗ねる……いえ、泣くわね。いっそ『ご兄妹皆様で』と大きなものをお贈りしましょう)
ソフィアがそんな思慮深い計画を立てる一方で、アイリスは冷静だった。
(両親と、仲良しの友人。そして対策室の皆様。……レオ様とフィン様は省いた方がいいわね。変に気まずくなっても申し訳ないもの)
もしレオが聞けば、その場で泣き崩れそうな理屈である。
対するセレナの考えも、なかなかにシビアだった。
(上手に焼けたら、対策室の皆様へ。……失敗したら、フィン様に差し上げましょう。あの方は何を出しても喜んでくださるし)
こちらもまた、フィンが知れば絶望しそうな基準であった。
そしてルミエラ。
(広い広い広い! 怖い怖い怖い!)
彼女はもう、ケーキどころではなかった。
四人四様の想い(と迷走)を込めて焼き上げられたケーキは、見事なまでの「消し炭」と化し、結局、料理長の厳しい監修のもとで一から作り直しとなった。
*
ハア、ハア……。
荷馬車というものが、これほどまでに揺れるものだとは知らなかった。
勝手に潜り込んだ荷台の中で、モルティマーは荒い息を切らしていた。薬物に蝕まれた体にとって、この振動は拷問に等しい。
斜めに下げたカバンには、禁忌の薬と全財産、そして国外追放の折に母からくすねてきた宝石類が詰まっている。
アカデミーさえ離れてしまえば、もはや普通の馬車を雇っても足はつかないはずだ。
モルティマーはせり上がる吐き気を押し殺しながら、薬の匂いを深く嗅いだ。
(まずは行商人にでも化けて、国境を越えてやる。……それからだ)
国にさえ戻れば、自分は「悲劇の王子」として、貴族たちの同情と支援を集めることができる。
(待っていろ。……あれは、俺の国だ。必ず、取り返してやる)
暗い瞳をぎらつかせ、モルティマーは低く笑った。
荷馬車を御する男は、背後から不気味な笑い声が聞こえた気がして振り返ったが、そこにはただ、凍てつく夜道が続いているだけだった。




