今、先生と目が合った
「生徒諸君、集まってくれてありがとう。諸君も知っている通り、本日、我々の敬愛するアテナ・ルーミス君が校長として正式に復帰する」
秋の柔らかな日差しが降り注ぐ、学園の広大な庭園。
色づき始めた木々の下で、生徒たちは三々五々集まり、用意された軽食や飲み物を手に和やかな会話を楽しんでいた。一見すれば、それは平和を絵に描いたような祝祭の光景だった。
理事長イングリッド・シンクレアが晴れやかに開会を宣言し、アテナ・ルーミスを壇上へと招く。
その瞬間、庭園は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。久しぶりに公の場に姿を現したアテナは、以前と変わらぬ、いや、以前にも増して凛とした美しさを湛えていた。
中央に据えられたマイクの魔道具の前に立つと、アテナは右端から左端まで、集まった人々を慈しむようにゆっくりと見渡した。その場にいた誰もが、「今、先生と目が合った」と確信するほど、彼女の眼差しには強い力が宿っていた。
「皆さん――」
アテナが言葉を紡ぎ出そうとした、まさにその時だった。
平和な祝祭の空気は、突如として切り裂かれた。
制服姿を装った数人の男たちが、群衆の間から弾かれたように飛び出したのだ。その手には、秋の陽光を冷たく反射するナイフが煌めいている。
「死ねッ、アテナ・ルーミス!」
剥き出しの殺意を乗せた刺客たちが、最短距離で壇上のアテナへと肉薄する。
悲鳴が上がるよりも早く、白昼堂々の惨劇が幕を開けた――かに見えた。
だがその時、壇上を阻むように、数人の令嬢たちがしずしずと姿を現した。
彼女たちの手に握られているのは、武器ではなく優雅な扇。観客たちが恐怖に目を背けた瞬間、静寂を切り裂いたのは悲鳴ではなく、男たちの無様な呻き声だった。
令嬢たちは舞うような所作で、次々と刺客を地に伏せさせていく。
彼女たちの正体は、アストレア・ユースティティア女公爵が誇る「ユースティティア式・絶対制圧体術」の師範代軍団。鍛え抜かれた令嬢たちの前では、暴漢など赤子も同然だった。
次々に刺客が制圧され、暗殺計画は失敗に終わったかのように見えた。
しかし――「シュッ」という鋭い風切り音と共に、一本の矢がアテナの体を深く射抜いた。
「おーっほっほっほ!」
庭園を見下ろす古い塔の上。双眼鏡でその光景を覗き見ていたゲルダは、勝利の叫びを上げた。
(現場は大混乱のはず。塔の上にいる私に気づく者などいようはずがないわ!)
狂喜に震えるゲルダは、射手を伴って塔からの脱出を開始した。
だが、塔の階段を降りきった彼女を待っていたのは、冷徹なまでの静寂だった。
そこには、騎士科の制服を身に纏ったレオが、岩のように動かず立っていた。ゲルダの油断を誘うため、あえて学生に扮して待ち構えていたのだ。
「……ご同行願います」
低く、重みのあるレオの声に、ゲルダはいきり立った。
「私を誰だと思ってその口を利いているのです!? 私はこの国の王妃ですよ!」
「承知しております。――陛下も、すでに了承済みです」
その一言で、ゲルダの膝から力が抜けた。支えを失った彼女がその場に崩れ落ちると、控えていた騎士たちが彼女を立ち上がらせ、連行の準備を始める。
「――王妃を放せ」
地を這うような、くぐもった声が響いた。
見れば、別行動をとっていた刺客が、いつの間に忍び寄ったのかノエル王子の首元にナイフを突きつけていた。
「誰も動くな! 動けばこのガキの命はないぞ!」
男が周囲を鋭く牽制する。一転して、勝利を目前にした対策室のメンバーと騎士たちに、凍りつくような緊張が走った。




