大丈夫かフィン、おい!
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さて、レオである。
彼は今、かつてない国家存亡の危機……ではなく、自らの恋心という名の猛攻にさらされていた。
職務を遂行する鋼の自制心の裏側で、その内心は見るも無惨にあたふたしている。
視線の先、廊下の向こうから「彼女」がやって来る。アイリス嬢だ。
距離、約100メートル。
(いかん、逃げたい。だが近くで見たい。いやでも逃げたい……)
脳内会議は紛糾を極めるが、身体は職務に従順だ。レオは、己の視力が鷹並みであることにこれほど感謝(と呪詛)を覚えたことはない。
(今日も綺麗だ。まとっている空気さえ、聖なる泉のように清らかだ)
距離が縮まっていく。
それはそうだろう。
お互いに歩き続けているのだから。
ああ逃げたい。
ここでUターンしたい、でも、不審者のような振る舞いはしたくない。
自分は職務中だ。
そうだ、集中しろ俺。
己の中でせめぎ合っている間に、近っ!
アイリスがその美貌に爽やかな微笑を湛え、優雅に目礼を送る。
レオは精一杯のポーカーフェイスで頷き返した。
(変じゃなかったか? 今の俺、変じゃなかったか!?)
すれ違いざま、彼女の唇から鈴を転がすような声がこぼれた。
「お勤め、いつもありがとうございます」
レオは、その場に凝固した。
鼓膜を揺らす涼やかな声。通り過ぎた後に残る、微かな芳香。
彼は行儀が悪いと知りつつも、その場の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
この学園に配属されてから、幾人もの生徒や教師とすれ違ってきた。彼らの大半にとって、護衛騎士などは壁に飾られた甲冑と同じ。風景の一部だ。
だが、あのアイリスが自分を「個」として認め、言葉をくれた。
……控えめに言って、最高だ。
「あれ、兄さん。そんなとこで何してんの?」
我に返ると、そこは弟フィンの教室の前だった。窓越しに、不審な顔をした弟が声をかけてくる。
「いや、何でもない」
レオが短く応じたその時だ。背後をセレナが通り過ぎた。
途端、弟の顔がポポポポポと沸騰したかのように真っ赤に染まる。
「えっ、はっ、おい! 大丈夫かフィン、おい!」
今度はレオが、彫像のように固まった弟の肩を掴んで激しく揺さぶった。
――その後。
必死の形相の騎士が、男子生徒を肩に担ぎ、廊下を走り抜ける光景を、多くの生徒が目撃することになる。
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