因循
屋敷に戻ったカルバは、主治医に王妃からイリヤへと贈られたものを渡した。毒物かどうか、調べさせる為である。
中身は、焼き菓子と石鹸と頬紅だった。どれも淑女が喜ぶものだが、あいにくイリヤの中身は男性なので、調査によりそれらが刻まれたり損なわれても問題ない。
……しかし、その調査結果はいささか問題があった。
「全部に、辰砂が?」
「ああ。もっとも、量が思ったよりも少ないので口にしたり肌に触れたりしても、すぐに発症する訳ではないがな」
イリヤの疑問に、カルバが答える──やれやれと言うように、肩を竦めて。
「我がリブレ国では、水銀は毒だという認識だが……エスカーダでは、少量なら薬扱いらしい。消毒や利尿効果があるとは言え、毒は毒なのに」
「……それは」
「おそらくだが、王妃の家の祖先が広めたのかもしれん。毒を盛る『口実』にするのにな」
その言葉に、今度はイリヤが肩を竦めた。そして、出された薬湯を一口飲んだ。
これは、万が一でも辰砂を口にした場合の下剤代わりだ。あとは、解毒剤代わりの野菜や果物を食事で摂取している。
「随分と、面の皮の厚いことだ」
「その通りだ。毒の盛り方も、巧妙だし……残念だが、これだけでは証拠にならん。何度も贈られたら、別だがな」
「……おふくろも俺も、こうやって毒を盛られたのか」
イリヤとカルバが話していると、二人の話を聞いていたオーベルがぽつりと呟いた。確かに食べ物だけではなく、石鹸や化粧品などにまで混ぜられたら気づけないだろう。
……この体の持ち主である、ジャンヌのように優しい少女なら、オーベルを慰めていたかもしれない。
だが、オーベルのことを共犯者だと思っているイリヤは。
「怖気づいたか? だったら手を引いて、国に帰るんだな」
「ト……イリヤ様!?」
「俺は残って、ジャンヌの復讐を果たす」
単に、その気があるかどうかだ。かつての当事者なので、弱気になるなとは言わない。しかしそれで腰が引けるようなら、こちらが足を引っ張られる可能性がある。それなら、尻尾を巻いて逃げろ。それだけの話である。
「……平気です。情けないところを、お見せしました」
そんなイリヤを真っ直ぐに見返し、キッパリとオーベルが言う。
「別に……俺も、お前の手を借りられないと困るからな」
「……ハハッ!」
その言葉に、最初は短く答えたが──その後、本音を少し付け加えた。
かつてカルバの養女になったことで嫉妬され、命を狙われたイリヤはその時の名残で、オーベルには着替えも風呂も手伝って貰っている。この屋敷では大丈夫だと思うが、今更他の者に代わるのは正直、面倒だ。
だから、そう言ったイリヤにオーベルは軽く目を瞠り、次いで声を上げて笑った。
「あの女から毒の贈り物をされても、怯まずイリヤ様に渡します。ご安心を」
そしてオーベルは、芝居がかった仕草で胸に手を当て、イリヤへと頭を下げた。
そんな甥とイリヤを、カルバはニヤニヤと面白がるように笑って眺めた。




