空転
ハリド視点。
話は、少し前に遡る。
ソフィアとの婚約を解消したことで、ハリドは王妃から二週間の外出禁止を命じられた。城下町は勿論、学園に登校することも許されず。逆らうのなら国に帰れと言われていたので、仕方なく滞在している王宮の自分の部屋でユージンからノートを借りて自習していた。
(追い出されたくないから、おとなしくするが……せめて、ラウラからのノートだったら良かったのに)
良かったも何も、婚約解消の直接の原因はラウラに溺れ、公爵令嬢であるソフィアを雑に扱ったり、留学生であるイリヤを脅したりしたせいだ。それなのに、まだラウラとのつながりを求める辺り、ハリドは婚約解消を軽く見ていた。それこそ結婚していないので、おとなしくしていればまた元の生活に戻れると思っていた。
……そう、思って『いた』。過去形である。
「はっ!?」
外出禁止が解除され、明日からまた登校出来ることになった日に。
ハリドはユージンから、自分が生徒会役員から降ろされたと聞いて声を上げた。驚きではなく、怒りからである。
けれどそんなハリドに怯まず、むしろより冷ややかに見返してユージンは話を続けた。
「もう一度、言おう……君はもう、生徒会役員じゃない。だから明日以降、生徒会室に来ないでくれ」
「何故!?」
「生徒会役員は、生徒達の見本になる存在だ。か弱い令嬢を脅すような、乱暴者には任せられない」
「それは! 君が、ラウラを蔑ろにしたからっ」
「……いくら婚約者だからとは言え、全肯定するつもりはない。悪いことをすれば当然、諫める……それは、君に対してもだ」
「ユージン……」
「王族である君に、ものを言えるのは私だけだ。我が国の為になりたいと聞いていたし、セルシウス嬢に対して、婚約者としての義務を果たしていると聞いていた……まさか二人きりで会うことなく、贈り物も年に一度だけなんて」
「うっ……」
ユージンの言葉は正しい。今までは、ソフィアが黙っていたので周りから責められることはなかったが──娘から話を聞いた、セルシウス公爵がハリドの不実を訴えたことで王妃も、そしてユージンも彼のことを庇えず、むしろ責める立場になったのである。
(いや、でも……生徒会役員をやめても、ラウラとは友達だから)
そう思い、登校してすぐにラウラに声をかけに行ったら──手を引かれ、教室を出て人気のない階段下へと連れていかれた。そして、戸惑うハリドにラウラは言ったのだ。
「ごめんなさい、ハリド……あなたの気持ちは嬉しいけど、私のせいであなたの婚約が解消されたなんて……申し訳なくて、合わせる顔がないわ」
「そんなことはっ」
「どうか、早く新しい婚約者を見つけて? あなたの幸せを、祈ってるわ」
潤んだ目で、上目遣いに訴えてくるラウラは、本当に健気で可憐だった。だからハリドは、彼女を安心させるように言ったのだ。
「……ああ! ちゃんと君に、紹介するっ」
「ええ」
ハリドの誓いに、ラウラが微笑んで頷く。そんな彼女の為に、婚約者を探そうとしたが──王族であるハリドと婚約出来るような高位貴族だけではなく、下位貴族の令嬢達にはほぼ婚約者がいた。いないのは、ハリドとの婚約解消をしたソフィアとその友人達だが、流石に彼女達と婚約を結ぶことは出来ない。そうなると、あとは。
(元凶の、あの女か)
咄嗟に歯軋りしてしまうが、イリヤはリブレ国の外交官の養女であり、ノアイユ商会との伝手もある。
(そういう意味では便利な女だし……俺の婚約を解消させた、責任を取らせるべきだ)
そう思ったハリドは、ここで暴挙に出た。本来なら故国に連絡し、イリヤの義父であるローラン伯に婚約の許可を得るのだが、急ぐあまりに直接イリヤと話をつけようとしたのだ。
「貴様、俺と婚約しろっ!」
自習室から出てきたイリヤに、ハリドは命じた。
「ハリド、何を馬鹿なことをっ!」
そんなハリドは、すっかり信用されておらず。
ユージンや生徒会の面々に見張られていたので、彼を止められるユージンが駆けつけたのだった。




