怖気
話は、少し前に遡る。
今日、ラウラとハリドが動いたのは、ユージンが登校していないからだ。
実は週に一回、ユージンは学園に来ない日がある。そして城にいるユージンが、何をしているかと言うと──王妃である母・レミーアと共に、執務室で書類仕事をしているのである。
確かに学生ではあるが、ユージンは今年十八歳になって成人している。しかし多少ならともかく、普通は学業が優先だ。
……国王か王妃の、どちらかが不在ではない限りは。
「ラウラはどう? 『令嬢』のお友達は出来た?」
「いえ」
「そう……『令息』達とは『仲良し』みたいだけれど。そういうところは、誰に似たのかしら? 成績も、悪くはないけれどずば抜けてもいないそうね。ラスティはいつも学年三位以内に入っていたし、同性とも仲が良かったし。逆にラルフは男女問わず、最低限の付き合いしかしなかったけれど」
「そうですか」
「そうなの。ラスティは私の親友だったけれど、ヒューゴとも適切な距離を保ってくれて……だから私は平民の彼女を気に入って、卒業してから公爵家に嫁ぐまで侍女として傍にいて貰ったの。見た目だけじゃなく、そういうところも似て欲しかったわね」
「…………」
話をしながらも、レミーアとユージンは手を止めない。そして今の会話に出ていた、国王であり父であるヒューゴはこの執務室にはいない。
死んではいない。
けれどヒューゴは病で倒れ、王の執務はこうしてレミーアが取り仕切り、ユージンが手伝っているのである──表向きは、だが。
(妾が死んだショックで、引きこもるなんて……国王のくせに、何をやっているんだか)
妾は、元は異国人の娼婦だったと言う。
母に対して後ろめたかったらしく、最初は城外に囲っていたのだが──レミーアより先に子供が、しかも男の子が生まれたことで話は変わった。あくまでも王位はレミーアの子に継がせるが、仮にも国王の血を引く子供を野に放っておく訳にはいかない。それ故、母子は城に引き取られたそうだ。
妾とその子が死んだのは、十二年ほど前である。そして父はそれ以降、表舞台から退いた。部屋にこもり、亡き妾に想いを馳せている。
(それだけ愛していたのなら、子供など産ませなければ良かったのだ)
そうすれば、母子はそもそも城に引き取られなかった。特に虐げたりはせず、衣食住の面倒を見ていたらしい。子供だったので母子の顔も、当時の状況もよく覚えていないけれど。
……ただ、一つだけ思ったことがある。
(母の意に染まないと、退けられて……最悪、死ぬのだ)
今のところはユージンと、レミーアの思惑は一致している。
みすぼらしいジャンヌではなく、可愛いラウラが新しい婚約者になったのは良かった。このまま学園を卒業し、ユージンは国王に──と思っていたのだが偏った交流しか出来ておらず、ずば抜けた優秀さを示していないラウラでは、母から王妃として認められないかもしれない。
そう思ったので、ユージンはラウラと共倒れしない為に、母の興味を引くような話題を口にした。
「……リブレ王国の、ローラン伯爵令嬢はクラスの高位貴族の令嬢とも、平民ですが大きな商会の娘とも親しくしています。あと先日の試験では、学年首席を取りましたし……ラウラとは、逆ですね。彼女に刺激を受けて、ラウラが態度を改めてくれると良いのですが」
「まぁ……そうなの? そんな令嬢が……そうねぇ、ラウラにはそれくらいの危機感が必要かもしれないわねぇ」
そこで一旦、言葉を切ってレミーアは手を止めてユージンに微笑んできた。
「残念ながら、この国の高位貴族の令嬢には婚約者がいるけれど……その令嬢には、婚約者は?」
「いないようです」
「そう……そうなの。そんなに優秀な令嬢なら、一緒に勉強でもしてみれば?」
「ええ。放課後に図書室ででも、と思っています。明日、登校した時にローラン嬢の都合を聞くつもりです」
即座にラウラを見捨てる気はないので、流石に城に呼ぶつもりはなかった。それはレミーアも同様らしく、ユージンの返事に満足そうに頷いて執務を再開した。
……しかしまさか、ユージンの不在中にラウラやハリドがやらかすとは思わなかった。




