悶着
オーベルは銃が得意だが他の武器も使えるし、それなりに体術も嗜んでいる。実際はカルバの甥だが、表向きは使用人兼護衛という名目でローラン家にいるからだ。
しかし、そんなオーベルでもイリヤには勝てない。
惚れた弱みから、ではない。女性ということで、男性であるオーベルに力や体力で劣るが──代わりに身軽さや俊敏さは上だし、何よりイリヤは急所を狙うことに躊躇がない。異世界は人殺しが大罪になる、平和な世界らしいのにだ。
「父親に殴られて、死にかけたし……喧嘩も、馬鹿相手だと下手すると死ぬからな。それに前世も体格には恵まれなかったから、相手をすぐに倒そうと思ったらこうなった」
淡々と語られた内容は、なかなかとんでもない。とは言え、生まれ変わっても死にかけた世界なので、これくらい精神面が逞しい方が良いだろう。と言うか「何か問題あるか?」と小首を傾げるのと中身の物騒さが不似合いで、なのに妙に可愛らしくて困る。
話を戻すが、そんな訳でルールがある試合は別だろうが、実戦では大の男もあっさり倒す。それこそ宴で大の男に連れ込まれそうになった時に、元男のくせに容赦なく相手の股間を蹴り上げたくらいだ。
(今回、顎を狙ったのはレーヴがいるから、少しでも早く相手を無効化する為か?)
顎に衝撃を与えると、脳が揺れて立っていられなくなる。身長が許す限りは殴り、長身の相手には今回のように蹴りを放ったのだろう。
(ドロワーズを履いてるからって、スカートが捲れることを気にしなさすぎる)
あれもまた下着なのだが、イリヤにとっては単なるズボンらしい。やれやれと思いながらも、オーベルはイリヤに声をかけた。
「イリヤ様、レーヴ様。ご無事ですか?」
「レーヴ様!」
「オーベル……大丈夫よ、ありがとう」
「ミューズに守って貰ったから大丈夫よ、エトワ」
淑女言葉で返されたのに、ああ、と思う。この男子生徒達は、ハリドが指示を出してイリヤ達を襲った。そんな相手に、今の段階で全て明かすつもりはないのだろう。
オーベルの視線の先でイリヤが今、蹴りを入れて動けなくなっているが、意識はあるらしい男子生徒を見下ろして言う。
「ちゃんと『あなた達に脅されて』、ユージン殿下との勉強会は断るから……あなた達も、余計なことは言わないでね?」
もっとも、と相手に見えているかは解らないが、意地悪く笑ってイリヤは続ける。
「貴族の養女になった、平民の女にやられたなんで……恥ずかしくて、言えないでしょうけど」
「「「……っ!」」」
図星だったらしく言葉に詰まった男子生徒達はそのままに、イリヤは踵を返した。一応、彼らに聞かれないようにオーベルは日本語でイリヤに尋ねた。
『イリヤ様、王太子との勉強会を断るって?』
『ああ。俺がハリド達に連れ出されたのは、奴の耳に入るだろうから……断ったら、邪魔が入ったと思うだろう? ハリドに対してか、アイツを操ってるラウラに対してかは知らんが。おかげでますます、俺が気になるんじゃないかな?』
『流石です、ミューズ!』
イリヤの返事にレーヴが感心し、オーペルは成程なと思った。
今の段階では、イリヤに対しては興味がある程度だろうが、せっかくの好機を邪魔されたら腹が立つし、逆に何とかイリヤの気を引こうと『次』を考えるだろう。横槍を入れなければ、勉強会一回で済んだかもしれないのに、だ。
『男心がよく解ってますね』
『男って言うより、ガキの気持ちだな。気に入ったおもちゃを取られそうになったら、ムキになる』
「ハッ」
オーベルの言葉に、イリヤはあっさりと答え──仮にも大国の王太子を、ガキ扱いするイリヤが面白くてオーベルは笑った。




