一蹴
使用人達は授業中は待機部屋におり、昼休みの時に主人の元へと向かう。
それ故、オーベルとエトワもいつものように、主人達のいる教室へと向かおうとしたが──カルバと会ってから数日後、やってきたラウラによって足止めされてしまった。
「ごきげんよう! いつも、お疲れ様。クッキーを作ったの。良かったら、皆さんで召し上がってね」
「……ありがとうございます。こちらは、明日にでもお返しいたしますね」
「ええ! 明日、今くらいの時間に受け取りに来るわね」
皆さん、と言いながらもラウラはオーベルに、手作りクッキーが入っているらしいバスケットを渡してきた。笑顔での押し売りに対して、オーベルも微笑んでお礼を言った。もっとも、内心ではやれやれとため息をついていたが。
(アイツから聞いていたが、早速か……露骨だな。しかもこれ、空で返す訳にはいかないよな。何か菓子を見繕って……ハァ、面倒臭い)
使用人全員という体を装っているが、渡されたのがオーベルなのでお返しも彼に任される。他の使用人達の目があるのでラウラが立ち去り、バスケットの中身を一応、確認してから置き(焦げてはいないが、形などは成程、素人の手作りだ)代わりに主人の昼食を手に、エトワと二人でクロエ達の元に向かうところで──オーベルはようやく、笑みを消して日本語でぼやいた。
『仮にも公爵令嬢が、手作りとか……まあ、そういう『貴族令嬢らしくない』ところが、貴族令息には好まれるんだろうが』
『味もまあまあらしいですよ? 一応、他の使用人達もいるので流石に媚薬などは仕込まれてないと思いま……あら?』
さらりと酷いことを言ったエトワから、疑問の声が上がる。何だ、と思って彼女の視線の先を見ると、教室の前にソフィアが立っていた。
「ごめんなさい。ラウラ様と鉢合わせたら困るから、動けなくて……あの、クロエとレーヴが連れ出されてしまって」
「どなたに?」
「……ハリド様が、数人の、その……少々、粗野な子息達を引き連れて、特別教室の方へ」
「ああ、はい」
公爵令嬢である彼女が逆らえない、他国の王族兼婚約者に連れ去られるのを、見送るしか出来なかったソフィアは恐縮しているが──オーベルとしては非常識なラウラの後なので、彼女の令嬢らしい言い回しを微笑ましく思った。
王立学園は、成績が優秀なら平民でも入学出来る。しかし一方で、下級でも貴族であれば通うのを義務とされ、名前さえ書ければよっぽどの不祥事を起こさなければ卒業出来る。
それを逆手に取り、家の後を継げない下級貴族の次男や三男が、上級貴族の代わりに荒事を引き受けることがある。見返りは騎士団や、個人的な護衛への斡旋だ。
特別教室とは、授業に使う音楽室や美術室がある校舎であり、授業のない昼休みには確かに人気がない。成程、確かに呼び出したり脅したりするのに都合が良さそうだ。
「探しに行きます。クロエ様は大丈夫ですから、ご安心下さい」
「ええ……あなたを待っているかと思うから、早く助けてあ」
「……ここだけの話ですが、クロエ様はお強いんです」
「え」
「では」
「失礼致します」
ソフィアにだけ聞こえる声でそう言った後、オーペルとエトワは今度は周りに聞こえる声でそう言って、特別教室へと向かった。
そして一階の奥、悲鳴や何かが倒れる音が聞こえてきた教室へと向かうと──ちょうどクロエが、最後に立っていた大柄な若者の顎を蹴り飛ばしたところだった。




