16話
絵物語の作成が始まった。ひとまず恋物語の要素は無しにしてもらって、物語はシャッセの聖女である私が尖塔に囚われるところから始まる。
それを神の御心によって尖塔から逃がされ、遭難していたところを騎士ユリアンに救われリヒトに亡命する、という筋書きだ。
見た目含め少々美化されているが、概ね事実に即していると思う。
版画で作られたその絵物語を使って、殿下の子飼いの密偵さん達が、シャッセの貴族にバレる前に一気に話を広めていく手筈になっている。
その上でその物語が事実であり、聖女が現在リヒトに亡命していること。聖女に悪辣な真似をした神殿関係者及び涙の不正利用をした王侯貴族を処分しない限り、シャッセには戻るつもりがないことを公表する。
そしてギルベルト殿下が王位に立ち、関係者の調査と処分を行なって革命完了、と計画の上ではそうなっている。
もちろん、全部が全部計画通りに行くわけではないだろうけれど。
実際、絵物語製作の最初の段階で計画通りにいかなかった。
シャッセに囚われていた頃のことを絵師さんや物語師役の密偵さん達に詳細に話した時のこと。
ヒューヒューと喉が詰まって、息苦しくて、窒息してしまいそうな恐怖感に襲われた。
詳細に思いだし、語れば語るだけ、頭の中に白い靄がかかったみたいになって、あの世とこの世の狭間に漂っているような気分になる。
不安と恐怖が、再現なく高波のように押し寄せた。
それを救ってくれたのは、またしてもユリアンさんだ。
「フィオラ様! 大丈夫です! 俺がそばにいます。何があっても絶対に俺がフィオラ様を守りますから!」
そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
暖かくて、力強くて。そのおかげで、また、大丈夫って思えるようになったのだ。
そうしてなんとか完成した絵物語を携えて、密偵さん達は旅立っていった。それに伴い私の護衛もどんどん強化されていく。
ユリアンさんは本当に四六時中そばに控えてくれていて、できればもう少し休暇も取って欲しいのだけれど……。
休みをとって欲しいと言っても全然休まないから、私がお出かけしてユリアンさんが少しでも楽しめそうなところに一緒に行ってもらったりしている。
ユリアンさんは結構歌劇を見るのが好きみたいで、小さい頃はお姉さんとお兄さんと一緒に騎士の物語をよく見にいっていたそうだ。
私はそういう都会的な娯楽とは無縁でいたから、ぜひ見に行きたいと言ったら一緒に行きましょうと言ってくれた。
悲劇の王女と、それを守り抜いた騎士の物語。昔は恋物語なんて大して興味も持てなかったけれど、自分が恋をしているとまた見方が変わってくる。
戦勝国の王に嫁ぐこととなった亡国の王女と、その王女を幼い頃から守り、淡く秘めた思いを抱え続けた騎士。戦勝国で虐げられ、苦しむ王女を救うため、たった二人で逃げ出して王女を守りながらの逃避行にはハラハラドキドキして手に汗握った。
最後に二人で崖から身を投げるシーンでは涙が止まらなかった。
「フィオラ様、大丈夫ですか? 俺も大好きな物語ですけど、ずいぶん感銘を受けられたみたいですね」
「うう、だって……。あの二人には幸せになってほしかったです!」
「それは確かに。悲劇の物語ですからね。俺は幼い頃からあの騎士に憧れていたんです。一人の人を守り抜いて生きる騎士の姿に」
「そうなんですか? 確かにユリアンさんは優しくて強いから、物語の騎士も似合いそうです!」
「あはは、俺からしたらフィオラ様こそあの王女殿下と似てますよ」
「ええっ、どこがですか?」
ユリアンさんは、その問いには笑うだけで教えてくれなかった。
高潔で、どんな苦難にも前向きさを失わない王女は、私のように弱い人間とは似ても似つかない。
でも、ちょっと嬉しいな。あんな王女様と似ているのなら。私もどんな苦難にも立ち向かえる高潔で強い人になりたい。
ユリアンさんと一緒なら、きっといつか、シャッセでの記憶も乗り越えられる。そんな気がした。