表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧民街のネクロマンサー 〜妹たちとの幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/107

9話 理想と現実、知らない世界


「パパ、なんであの人は汚い格好で外にいるの?」


「こらっ、指を差すんじゃない。()()()()()()()()()奴かもしれないんだぞ」


 無邪気と残酷さを併せ持った幼い声が、静かな街並みに広がる。俺は意識的に声のする方を見ずに歩みを進めるが、着飾った通行人からの視線をひしひしと感じていた。


 王都の中央区は市場と違って閑散(かんさん)としていた。

 立ち並ぶ店や屋敷には、獰猛な獣を(かたど)った装飾や、きらりと輝く妻飾りが施されている。他の地区、特に貧民街とはまるで雰囲気が違う。


 背中に冷たい汗が流れたのがわかった。

 落ち着け、俺はもう働ける大人だ。そう、ひたすら自分に言い聞かせる。


 でも街全体が、ここはお前が来ていい世界じゃないと訴えてくるようだった。薬屋へと向かう歩幅は、自然と大きくなっていた。




「こ、こんにちは……」


 俺は恐る恐る淡い木目調(もくめちょう)の扉を開ける。室内から、鼻を刺すが癖になりそうな匂いが漏れ出すと同時に、カラン、カランと鈴の音が店内に広がった。


 店内には赤、青、黄色といった色鮮やかなポーションが虹のように陳列されている。その美しさに、俺は目を奪われた。


「いらっしゃ―― なんだい兄ちゃん?」


 カウンターで作業していた小太りの店主が、振り向いてこちらを見る。俺を視界に捉えると、()だるそうに首の裏をかきながら「ちっ」と舌打ちをした。


「何の用だって聞いてるんだが」


「あ、あの…… レーゲの病に効く薬を売ってくれませんか?」


「レーゲの病?」


 薬屋の店主は、高圧的な態度で詰め寄ってくる。


「金は持ってるのか?」


「手持ちは銀貨五枚なんですが、交渉できればと……」


 手持ちが少ないのはわかっているが、あくまでも俺は購入する意志を示す。


「馬鹿にしてるのか、レーゲの病に効く薬は粗悪品でも銀貨八十枚はする。たかだか銀貨五枚じゃどうにもならん、帰ってくれ」


 やはりといったところで、全く相手にされない。だけどサリーのために引き下がるわけにはいかないのだ。


「では銀貨百枚いや…… 百五十枚を後からお支払いします。これならいかがですか?」


 店主はやれやれといった様子で指先を俺に向けた。


「どうしてお前の話を俺が信じて、薬を売らなきゃならん。そのまま持ち逃げして質屋に流すつもりだろ」


「そんなことしません! 妹が病にかかって、どうしても薬が必要なんです! どうか!」


「そんなの俺の知ったこっちゃねぇよ。お前もどうせ貧民街の出身だろ、(いさぎよ)く運命を受け入れるんだな」


 (さげす)む目と言葉が、俺の胸を刺した。


 運命? 運命ってなんだよ。そんな言葉を飲み込めるはずがない。サリーが病にかかったのも、母さんが死んだのも運命だというのか。


「俺にできることならなんでもします、せめて話だけでもなんとか」


「うるせぇな! お前らの命に価値なんてねぇんだよ!」


 やはりだめなのか。でもサリーが…… こうなったら力尽くでも――


「それは少し言い過ぎではないでしょうか?」


 柔らかくも力強い声が耳に入る。ポーションの並んだ棚の陰から、白いローブを(まと)った女性が顔を出した。


 コツン、コツンと床を鳴らして彼女はこちらに歩み寄る。そのたびに、頭をすっぽり覆うフードの中で癖のある金髪が静かに揺れた。近づくにつれ、整った顔が鮮明になっていく。


 女神が現れたのかと思った。だが、一瞬にして俺の心は冷めてしまう。


 俺に向けられた彼女の眼差しが、王都の連中が貧民街出身者を見るものと同じだったから。


「これはお客様、失礼しました。お目当ての商品は見つかりましたか?」


 店主は頬を吊り上げて笑顔を作り、視界から俺のことを外した。


「まだなのですが、どうしても話が気になって」


 白いローブの女は、にこりと両目を細めて俺を見る。


「彼の話をもう少し聞いてみてはいかがですか?」


 彼女の言葉からは変に萎縮してしまうような圧を感じた。店主は首をかきながら不満そうに答える。


「ですが、こいつは金がないんです。それじゃあどうにも――」


「そうなんです! 彼にはお金がないのです!」


 店主に被せるようにして、白いローブの女は声を張り上げた。どうやら先ほどの話はしっかり聞かれていたようだ。


 片目を閉じ、得意気に指を立てながら、白いローブの女は俺と店主の間を割くように歩く。


「さぁ困りました。お金がないとなると、何かで工面するか、相応の代価を支払うしかありません」


 白いローブの女が場を仕切りだした。数歩進んだところで(きびす)を返し、ビシッと俺を指差す。


「あなたにそれが出来るのですか?」


「それは……」


 完全に彼女のペースにのまれている。突然の問いに、俺はたじろいでしまった。


「では、あなたが持っている五枚の銀貨」


 言葉を区切り、白いローブの女は俺に一歩距離を詰める。


「どうやって手に入れたんですか?」


「鉱山で働いた報酬だ…… そうだ、俺は稼げる。時間さえもらえれば必ずお金は払う」


「素晴らしいです! 労働により対価を得る。あなたも社会の一員なんですね」


 寄り添う気のない、うわべだけの言葉が耳に入る。また一歩、彼女は物理的な距離を縮めた。


「では、それは何日分の報酬なんですか?」


 俺の顔を下から覗き込み、白いローブの女は不敵な笑みを浮かべる。


「……三十日分だ」


 彼女の挑発的な喋りに恥ずかしさが込み上げ、俺はたまらず目をそらしてしまう。


「まぁ! まぁ! まぁ! まぁ!」


 (あお)るよう言いながら、鼻と鼻が触れ合いそうになる距離まで彼女は顔を近づけた。


「……っ!」


 ほのかに石鹸の匂いを感じたところで、俺は一歩後ろに下がる。白いローブの女は冷ややかな笑みを浮かべた。彼女の胸の上に乗る翡翠ひすい色のネックレスが、窓から差す陽射しを受けキラリと光っている。


「それでは銀貨八十枚を稼ぐには、四百八十日かかってしまいますね。四季は一巡し、また次の季節が始まる頃でしょうか?」


 わざとらしくとぼけた顔をしながら、彼女は俺と店主を交互に見る。


「まして、あなたの言っていた銀貨百五十枚となるとどうでしょう? 数年は先の話になりますね? 国の情勢も心配です、働き口は常にあるのでしょうか? それに……」


 白いローブの女の頬がニヤリと持ち上がる。


「あなたは生きているのでしょうか?」


 いたずらのように投げかけられた言葉に、俺の胸の中がざわついた。


 (かあ)さん、ガイン、死んでいった貧民街のみんなの顔がふと脳裏によぎる。

 自分だけ大丈夫なんてことはない。いつだって、すぐそばに死はうろついているのだ。


「冗談ですよー、そんな恐い顔しないでください」


 白いローブの女は、手の平を口に添えて笑う。どこまでが本心なのだろうか。

 俺は何も言葉を返すことはできなかった。


 思いついたように彼女がパンと手を叩く。


「もしかしたら、お店の方が無くなってるかもしれませんね」


「縁起でもない、やめてくださいよ」


 店主は苦笑いしながらもどこか嬉しそうだった。


 さっきまで険悪な雰囲気だった店内が、気づけば明るくなっている。


「これであなたの置かれている状況がわかりましたか?」


 首を傾げながら白いローブの女はニコッと笑う。その美貌と、愛らしい振る舞いに好感を抱く人間は多いだろう。


 でも俺にとっては、彼女が死の宣告を告げに来た悪魔にしか見えなくなっていた。


「そ、それなら……」


 現実を受け入れたくない、お願いだから助けてくれ。


 誰でもいいから――


「商会だ! テイムズ商会に掛け合ってお金を貸してもらう。そんなことができるって聞いたことがある、だから……」


「だっはっは!」


 店主の野太い笑い声に、俺の訴えはかき消された。その横で、白いローブの女は額に手を当て、「はぁ」とわかりやすくため息をついている。


「もっとわかりやすくお話ししましょう。あなたには信用できる要素がないんです」


 彼女は眉をひそめ、足元から頭の天辺(てっぺん)までなぞるように俺の体を見た。


「泥だらけの靴に、袖の破れた服。伸びた爪には土が入り込んだまま、これで手持ちは数枚の銀貨のみ。大金を稼げていらっしゃるのなら、身なりは大目に見られるでしょうけど……」


 彼女の言葉一つ一つが連なり、俺と世界の境界線を作る。耳に入る度、お前はこっち側じゃないよと(さと)されているようで。ただ返す言葉も見つからなくて……


「それに、見たところとてもお若いようですし、まぁ私と同じぐらいの歳だと思いますけどね」


 茶化すように、自身の白い頬へとピンと伸ばした指を当てる。


「そんなあなたが、「お金をなんとかしてほしい」と言うのは無理があります」


 目を閉じて一つ咳払いをし、彼女は満面の笑みで言った。


「駄々をこねる子どもと、あなたは何が違うんですか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ