7話 不運はいつも畳み掛けるように
「いったいどうしたの? あら、ダレスじゃない」
「マリエラ先生……」
黒いロングスカートを軽く持ち上げ、マリエラ先生が慌ただしくエントランスに続く階段を降りてくる。遠目からでもわかる荒れた手が、彼女の献身的な姿の現れだ。
三十人以上いる孤児を大切にしてくれる、みんなの大好きな先生。
「ロイ、ベン、泣かないの。せっかくダレスが来てくれたんだから」
そう言って、優しくロイとベンを後ろから抱きしめる。マリエラ先生に抱きしめられると、まるで魔法にかかったかのように心が温かくなるのだ。
「ダレス、ありがとう。あなたは早くサリーのところへ行ってあげて」
「わかりました」
俺は泣きじゃくる二人をマリエラ先生に託し、リゼに手を引かれながら急いで階段を上った。
「こっちだよ」
二階にある寝室。壁は色あせ、天井の四隅には主のいない蜘蛛の巣が、綺麗な六角形を作ったまま残っている。部屋には十台ほどの質素なベッドが均等に置かれていた。
「お姉ちゃん! お兄ちゃん、来てくれたよ」
一番窓側のベッドに目をやる。そこに、体を起こして外を寂しそうに眺めるサリーがいた。十三歳になったばかりのもう一人の妹。穏やかな母さんそっくりな顔立ちだが、お転婆な性格でいつも手を焼かされていた。
窓から風が入り込み、端の千切れたカーテンが波打つように揺れる。急に差し込んだ陽射しに、サリーは右手で影を作った。その腕には、見覚えのある模様が刻まれていた。
「お兄ちゃん……」
サリーは俺を見つけると、今にも泣き出しそうな顔で声を震わせる。
「……私、……死んじゃうのかなぁ?」
俺の目に飛び込んできたのは、肌を侵食するひし形模様の紅斑だった。母さんを殺した病がもつ、特徴的な症状の一つだ。
俺は頭の中が真っ白になった。
「サリー!」
誰もいないベッドに足をぶつけながら、俺はサリーのもとへ駆け出した。痩せ細った体を無我夢中で抱きしめる。
「大丈夫だからな、兄ちゃんがなんとかしてやるからな」
「痛いよ、お兄ちゃん」
なんでこんなことに。サリーが何したっていうんだ。
「お兄ちゃん! お姉ちゃんが痛いって言ってる」
「あっ…… ごめん、サリー……」
リゼの言葉で我に返り、俺は抱きしめた手を緩めてサリーの顔を覗き込む。
サリーは「ありがとう」と優しく微笑んでくれたが、その表情には未来を諦めたような脆さがあった。
俺はサリーと目線を合わせ、できるだけ平静を装って問いかける。
「いつからこうなったんだ?」
赤いひし形が連なるサリーの左手をそっと握る。小さな手は、生きているのが不思議なくらい冷たかった。
「今朝起きたら色んなところが赤くなってて…… もう、あんまり体に力が入らないの」
サリーは右手を丸めようとしてみせたが、指先が少し曲がっただけで手の平には届かない。
弱ったサリーと母さんが重なる。だが、こんなにも病の進行は早くなかったはずだ。
「そうか、突然のことでびっくりしたろ。でも大丈夫だ、兄ちゃんが薬を持ってきてやる」
頭を撫でると、サリーは不思議そうに首をかしげて俺を見る。
「でも、お金がいっぱいいるって、お母さんのときも――」
「大丈夫だって、昨日まで兄ちゃん鉱山で働いてたんだぞ。お金ならあるよ」
サリーの言葉を遮り、さらに強く頭を撫でる。
髪をくしゃくしゃにすると「やめて」とサリーは言ったが、その頬には少しだけ笑顔が戻っていた。
今回の仕事の稼ぎだけでは、到底、薬代を賄うことはできない。だけど、嘘をついてでも妹に悲しい顔をしてほしくはなかった。
「ダレス、少し話があるのだけれど」
声に振り向くと、寝室の入口でマリエラ先生が神妙な面持ちをして立っていた。
良い話ではないことは明らかだった。
「ちょっと先生のところに行ってくるな」
不安そうに眉尻を下げる二人を抱きしめた後、俺は両手を頭の上にポンと置いた。母さんがいつもしていたみたいに。
「早く帰ってきてね」
「ああ」
俺は振り返ることなく、寝室から出ていった。




