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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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66話 嘘つきの二人 2


「……すみませんダレス、話の意図が見えないです」


 沈黙を破ったフレンは、強張った笑みを浮かべながら首を傾げる。俺はフレンに、彼女の生まれ故郷である聖王国アストロイアに行きたいと頼んだ。


「フレンは言ってたよな。ネクロマンサーであるナターシャが戦争の火種で、あいつが死ねば戦争は起こらないって」


 フレンは何も言わず、こくりと頷く。


「だけど俺もネクロマンサーだ。協力すれば俺と妹を(かくま)ってくれるなんて約束を、素直に信じられなくなった」


「それがどうして、聖王国アストロイアに行きたいということに……?」


「一度自分の目で、フレンの故郷が本当に平和に過ごせる場所なのか見てみたいんだ」


 純粋を装った眼差しを向けると、フレンは悩ましげに「うーん」と漏らす。


 予想通りの反応だ。フレンが俺を騙していると知った今、フレンの故郷が安全かどうかなんて問題ではない。本気で交渉するなら、どこにいても絶対に俺を狙わないという保証を得るべきなのだ。


 俺が的外れな提案をしていることにフレンは気づいているだろう。だが無下にすることも、代案を出すこともできないはずだ。断ってしまえばナターシャの居所は掴めない、かといって自分が不利になる別の条件を出すメリットがない。


 何の解決にもならないはずの俺の望みを、フレンは拒むことができないのだ。

 

 多くを語らず反応を探っていると、フレンは初めて俺から目をそらした。


「ダレスの気持ちはわかります。ですが、もう時間に余裕はありません。戦争が始まってしまえば、ネクロマンサーのあなたをかばうことはできなくなります」


 こちらを焦らせて優位に事を運びたいようだが、その考えは見え見えだ。このままフレンの思い通りにされるわけにはいかない。俺はわざとらしく言葉に嫌味を滲ませる。


「そもそも、フレンのやろうとしていることは戦争への介入だよな? 冒険者ギルドの掟に反するんじゃないか?」


 フレンの片眉がぴくっと跳ねる。それを隠すように、彼女は微かに両目を細めた。


「私を脅しているんですか?」


「そんな事はない。ただ…… 俺にも譲れないものがあるんだ」


 力強く遮って言うと、フレンは出かかった言葉を抑えるように唇を引き結んだ。俺に戻した瞳は、何かを諦めたように儚げなものだった。


「……わかりました。ダレスの立場からすれば、今後住む場所がどのような所か考えるのは普通ですね」


 フレンはテーブルに肘を置き、両手の指を口元の前で絡める。軽く息を吐くと、冷たさを感じる口調で続けた。


「ここから私の故郷までは、首都のストラムで馬車を乗り継いで10日以上かかります。いつ戦争が始まってもおかしくない状況ですので、『やっぱりナターシャの居場所を教えない』なんて事はやめてくださいね」


「わかってるさ。ありがとう、わがままを聞いてくれて」


 前髪と指の間からジロリと睨みを利かす目に、俺は溜まった唾を飲み込む。そこには、普段の穏和なフレンの面影など一切ない。生温かったはずの店の空気が一変したようだった。


「では直ぐにここを出発しましょう」


 フレンは勢いよく立ち上がると、片手でジュースを一気に飲み干す。


「もう行くのか?」


「当たり前です。何度も時間がないと言っていますよ」


 フードを被り直しながら、フレンは視線だけを俺に向ける。


「宿屋に戻って荷物を取ってきます。ダレスも最低限の準備だけして正門で待っていてください」


 それだけ言うと、フレンは数枚の硬貨を机に置いた。俺が返事をする前に、白いローブは薄暗い廊下へと吸い込まれていく。そのまま急いで吹き抜け階段を下るフレンをサリーと見送ると、俺は深く息を吐きだし肩の力を抜いた。


 とりあえずの目標は達成できた。


 椅子の背もたれに深く体を預け、乾いた口を水で潤す。


「ここの水は美味いな」


 机に戻したグラスの表面には、ぽつぽつと水滴がついていた。


 俺がナターシャから求められたのは、ナターシャの師匠にして最悪のネクロマンサーと呼ばれたレスティーの捜索だ。捜索といっても、既に聖王国アストロイアで処刑されているので、その死体を見つけることなのだが。


 レスティーが死んだと聞いて、ナターシャは直ぐに死体を探し回ったらしいが、発見には至らなかった。ナターシャとはいえ、敵国を自由に動き回るのは容易ではなかったのだろう。


 そこで俺の出番だ。


 フレンの提案した、俺と妹たちを故郷で匿うという話。そこにつけ込み、聖王国アストロイアへ潜入する。守りは硬いであろう首都ストラムを経由してくれるのは嬉しい誤算だ。


 何としてでもレスティーを見つける。もちろんナターシャの為などではない。あいつの悲願、レスティーの復活さえ成し遂げれば、俺たちを解放してくれるかもしれないから。


 何かに期待を抱くのはもうこりごりだけれど、ナターシャの願いを叶える以外にあいつから逃れる方法が思いつかないのだ。


 俺は両腕ごと背もたれにもたれ掛かり、劣化した木材の重なった暗い天井を見上げる。目を閉じて一度深呼吸した後、俺は席を立った。テーブルに積まれた硬貨を握りしめ、反対の手でサリーの手を引く。


 もう後戻りはできない。




◇◇◇




「なんとか聖王国アストロイアまでの乗り合い馬車を確保できました」


「何から何まですまないな」


「いえいえ。お礼なら、今ここでナターシャの居場所を教えてくれてもいいんですよ」


 冗談ではないトーンで語りながら、フレンは愛嬌のある笑顔を作る。眉尻を下げて苦笑いをする俺の耳元に、すっとフレンは顔を寄せた。


「ここからサリーちゃんには、本物の人形として振る舞わせてください。いつものように好き勝手動かしていれば、()()ネクロマンサーだと疑われますよ」


 正門前の喧騒の中、甘い囁きが俺の鼓膜を震わせた。後ずさりして俺から離れると、フレンは茶目っ気たっぷりに口を開く。


「お願いしますね、人形師さん」


「ああ、任せてくれ」


 俺は引きつった笑みで応える。店の中と外ではまるで別人だ。誰かに見られている環境だと、こうも猫を被れるものなのか。


 そして、またしても俺に人形師を演じろと…… これじゃあ本物の人形師に合わせる顔がないな。


 頭の後ろをかきながら乗り合い馬車を見やると、ちょうど客車の天幕をめくりながら屈強な男が中に入っていくところだった。若そうな御者(ぎょしゃ)はまだ道に慣れていないのか、目を細めながら地図とにらめっこをしている。


「そろそろ出発しそうですよ」


 先に馬車へと向かうフレンは、頭だけをこちらに向ける。大事そうに握りしめた杖の装飾が、きらりと太陽を反射した。


「わかった」


 おっとそうだ、サリーの動きに気を配らないと。人形っぽく、人形っぽく…… そういえば動く人形なんて見たことがないぞ。


 うーんと頭を捻る俺の隣を、ひらひらのスカートが颯爽(さっそう)と横切った。全てを察したように、サリーは四肢の関節にぎこちなさを残した歩みでフレンの後を追う。


 あれが人形の動きなのか、手と足が同時に出ているけれど。


「ダレス…… それはちょっとやり過ぎかもしれません」


 眉尻を下げながら言うフレンに、サリーの体がビクリと反応した。手と足は交互に出るようになったが、心なしかさっきより元気がなくなったように見える。


 人形の真似に自信があったのだろうか。兄として妹を尊重してやりたいが、ここはフレンの言う通りにするべきだろう。


 肩を落とすサリーに続き客車に乗り込む。最近は馬車での移動が多いので、腰に響かないか心配だ。座っているとはいえ同じ姿勢は本当にこたえる。


 俺は腰をさすりながら、角に座ったフレン、サリーに続く。片手をついて空いた席に座ると、湿っぽい木の床はギィーと鳴くように(きし)んだ。同時に、乗客の視線が俺に集まる。


 俺たちの前に乗り込んだ屈強な男。威嚇するように睨んでくる三人組の若い男性。もう一人は…… 女性だろうか? 灰色の頭巾を深く被っているので正確な判断はできないが。だがこいつらどこかで……


 誰一人口を開くことなく、不気味な雰囲気を放つ車内。少しして、御者が「出発します」と声を掛けると、馬車は重たそうに車輪を回しながら進みだした。


 ガタガタという振動が臀部から全身へ伝わっていく。次に腰を伸ばせるのはいつになるのだろうか。

 俺は暇をつぶすように、乗客をもう一度観察する。


「……っ!?」


「どうかしました、ダレス?」


「いや、なんでもない」


 人形のように動かないサリーを挟んで、フレンは心配そうに俺の顔を覗き込む。咄嗟に俺は顔を伏せて表情を隠した。


 そうだ。こいつら全員、俺がグルーケルの正門前でフレンを探していた時に見た覚えがある。馬車に乗ってから感じる嫌な視線は、あの時感じたのと全く同じだ。折り曲げた膝に顔をうずめながら、俺は思考を巡らせる。


 俺とサリー以外の乗客はきっとフレンの仲間だろう。俺が逃げ出そうとしても、直ぐに捕まえられるようにここにいるはずだ。となると、若い御者も仲間なのか。そもそも、戦争が起こりそうな国同士の乗り合い馬車なんてあるのか?


 考えれば考えるほどに、フレンの手のひらの上で俺は踊らされていたんだと気づく。俺はやはり騙されているんだ。悲しみで胸が苦しくなるかと思ったが、意外にも落ち着いている自分がいる。それはきっとこの展開も想定内で、俺の覚悟も決まっているからだ。


「大丈夫ですかダレス。気分が悪いなら、まだ引き返す事もできると思いますよ」


 その手には乗らない。俺は視線を暗い床に固定したまま静かに告げる。


「ありがとうフレン。大丈夫だ」


 嘘つきはお前だけじゃないんだから。



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