65話 嘘つきの二人
王都グルーケルの正門前では、商人や冒険者が慌ただしく行き交っている。サリーを連れ、かつての仲間たちを俺は必死になって探した。けれど、それらしい人影はどこにもない。妙に見られているような気はするのだが。
ふと目が合った魔術師が不快そうに眉をひそめる。その瞬間、俺の中に、ただ仲間に会いたいと願うだけの自分がいることに気づいた。
俺はこれからあいつらを騙すんだ、なぜ普通に再会できるのを期待している。前と同じように話せるなんて思い上がるな。心を閉ざさないと勘付かれる。リゼを守るんだろ。
レンガ造りのタイルを蹴りながら、自分の心に刻むように言い聞かせる。不安そうな俺を察してか、サリーは俺の手をぎゅっと握りしめてくれた。
「大丈夫だよ」
日差しを受けて黒髪に作られた輪っかをなでると、サリーはくすぐったそうに目を細めた。
少しして、王都の中心街からゴーン、ゴーンと重たい鐘の音が届く。
時間だ。
俺はできるだけ感情を殺し、もう一度人混みの中を見回す。が、やはり見覚えのある人物は見当たらない。
今日は来ないのか? いやいや、フレンのことだ。俺の行動を読んでグルーケルの冒険者ギルドに張り紙をしているあたり、そんな事はありえない。なのに現れないのは……
ふと考え込むと一つの答えに辿り着き、背中に嫌な汗がつうっと伝った。
この情報ですら罠なんじゃないか。
俺がナターシャにフレンの情報を告げ口したと踏んで、ここに呼び出しそのまま――
ドンと背中に強い衝撃が走る。やはり刺された? いや、それにしては柔らかすぎるような。これは……?
「見つけましたよ」
背後から丸みのある優しい声と幸福な感触。両脇に回された腕は程よい肉付きがあり、あまりの心地よさに強張った肩の力が抜けていった。
「その声はフレンだな」
「正解です」
胸を撫で下ろして振り向くと、フレンはちょんと跳ねるように俺から少し離れる。たわんだ白いフードの中で、癖交じりの金髪がふわりと跳ねた。そのまま後ろ手に手を組むと、あざとく上目使いに俺を見る。
「ここで待ってたということは、ギルドの掲示板を見てくれたんですね」
「そうだ。……まさか探してくれているとは思わなかったよ」
平静を装い紡いだ言葉は、どこかよそよそしくなってしまう。
フレンは包み込むような笑顔を保ったまま、少ししゃがんで俺の隣に立つサリーに目線を合わせる。
「これはこれは、サリーちゃんも久しぶりですね」
サリーは俺の服を掴んで背中に隠れる。フレンは眉を垂らして苦笑いすると、腰を伸ばしながら口を開いた。
「探すに決まってますよ、仲間なんですから」
丸い大きな瞳は揺らぐことなく、ただ真っ直ぐに俺を見据えていた。フレンの真意は深い霧に包まれたように、少しも見通せない。たが、「騙されている」と告げたナターシャの言葉が頭の中で渦巻いている。
「そう言ってくれて嬉しいよ」
向けられた眼差しから逃げるように、俺は目をそらした。
「話したい事がたくさんあります。少しお時間よろしいですか?」
言いながらフレンは、冒険者が集う飲食店を指差す。
「もちろん私の奢りですので」
◇◇◇
騒がしい一階の熱気が、吹き抜けを通じて二階にまで押し寄せてくる。下の階を見下ろせるようにぐるりと配置された二階席は、テーブル毎に仕切りが設けられていた。
ここであれば、周りの目を気にせず話ができそうだ。サリーが落下防止用の柵に身を乗り出して下を覗いているので、少し目立っているかもしれないが。
「まずは私に言うことがありますよね?」
向かいに座ったフレンが圧のある笑みを浮かべる。
「その…… 勝手にパーティーを抜け出してすまなかった」
俺は潔く頭を下げた。フレンは「まぁ、いいでしょう」と嫌みを含んだ口調で返す。
決してフレンに屈したわけではなく、純粋に申し訳ないという気持ちだったのだが。あまり俺の気持ちが伝わっているような感じはしない。
「私は事情を把握していますけど、アシュードとメロはそうじゃないんですからね。キサラの後を追ったんじゃないかって、とても心配していたんですよ」
「それは……」
目を伏せると、水の入ったグラスに俺の情けない顔が映し出されていた。
何も知らないあの二人は、俺が復讐のためにパーティーを離れたなんて欠片も思ってはいないだろう。それにキサラが死んだ直後だ、悪い事ばかり想像するのは仕方ない。
「アシュードとメロは、今どこに?」
「それぞれ私たちが旅で立ち寄った村を周って、ダレスの事を探しています。最終的にはここで合流することになっているので、あなたの無事を知るのはその時ですね」
フレンはいらいらを仕舞い込むように、甘い香りを放つオレンジのジュースをくびっと飲んだ。
「ちゃんと謝って、直接感謝の言葉を伝えてくださいね」
「もちろんだ」
またしてもフレンは目の笑っていない笑顔を作る。
俺が力強い声で即答すると、フレンは肩の力を抜くように息を吐きだし、パンッと手を叩く。
「はい、お説教はこれぐらいにして、本題に入りましょうか」
重なった手をそのまま頬に当て、茶目っ気たっぷりにフレンは微笑む。この落差に、俺はほっとしながらも気を引き締めた。
「ダレスがパーティーを離れたのは、ナターシャに会うためですよね?」
やはりこの話がきたか。
フレンは手を下ろし、長い睫毛を上下させる。吸い込まれるような大きな瞳からは、冗談なんて濁し方は通じないという強い意志を感じとれた。俺は構え過ぎず自然体を装いながら、用意していたセリフを話し始める。
「フレンに真実を教えてもらってから、どうしてもナターシャへの怒りが抑えられなくて。復讐を果たすために、ここに戻ってきたんだ」
憎しみに溺れながら、馬車に揺られて王都を目指したあの日を思い出す。作った文章に、本物の感情を混ぜ込んでいく。
「やはりそうだったのですね……」
「だけど復讐は失敗した…… あいつは化け物だ。俺だけじゃ勝ち目はない」
机に拳を打ち付けると、フレンの肩がビクリと揺れた。
「命からがらなんとか逃げ延びて、冒険者ギルドで張り紙を見つけたんだ」
俺はすがるような目でフレンを見つめる。
「俺には仲間がいる。勝手なことしてどの口が言ってんだって思うだろうけど、それでも俺は――」
残りを言い切ろうとした俺の喉が塞がる。フレンは俺の右手を取り、強く握りしめた。
「大丈夫、ダレスには私たちがいます。一人じゃない」
フレンの想いが確かな熱を持って伝わってくる。だが同時に、俺の胸を痛いほどに締め付けるのだ。
「だから私に協力してくれますよね。一緒にナターシャを倒しましょう」
「俺は……」
フレンの真剣だった眼差しは和らいでいた。「協力する」と一言告げるだけなのに、俺は言葉が出なくなる。
フレンは俺を騙そうとしている。ナターシャの居場所を吐かせてしまえば、そのあと迷いなく俺を殺すのだろう。ネクロマンサーを絶対悪のように蔑んでいるのだから。
けれど、もしもだ。フレンの言うことが本当なら、サリーの無念を晴らし、妹たちと静かな生活を送れるのかもしれない。淡い期待が、嘘を吐き出そうとする口を引き結んだ。
フレンなら俺たちを助けてくれるのか……
心が揺らぎ、刹那の間に思いを巡らせる。だが、辿り着いたのは――
リゼの喉元に手を伸ばす、ナターシャの姿だった。
「もちろん協力させてくれ」
「そう言ってくれると信じていました」
フレンは潤んだ瞳で太陽のような笑顔を見せる。しかし、俺の体は高揚するわけでもなく、熱が抜けていくのだった。
嘘の中にちょっぴりの本当を混ぜる。フレンのやったことだ。人を騙すというのは心が冷たくなるものだと、俺は初めて知った。目の前で笑顔を咲かせるフレンも、心の奥は俺と同じなのだろうか。
「だけど一つ条件がある」
俺の言葉を受けて、眩いフレンの表情に影が生まれる。
「俺をフレンの故郷、聖王国アストロイアへ連れて行ってほしい」
ジュースへと伸ばしたフレンの手がピタリと止まる。そしてかっと目を見開くと、フレンは俺へと視線を移した。
一階で騒ぐ冒険者たちの声だけが、静まり返ったテーブル席を包んでいる。




