63話 クエスト開始
「じゃあ、やったりますか! わたしは戦えないけど」
キサラの自虐混じりのかけ声に、パーティーメンバーはくすっと笑いながら「おー」と被せた。丘から見下ろすルナール湖は穏やかで、真っ青な湖面が朝の日差しを受けてキラキラ光っている。
アクアトードの死体さえ転がってなければ、サリーとリゼ、妹二人を連れて散歩でもしたい気分だ。
「日も出たし、ぼちぼちアクアトードが湖から上がってくると思うんだけどね。わたしが早起きしてよさそうな狩り場を見つけといたから、そこで迎え討とう」
「一人で拠点から抜け出していったと思ったら、そういうことだったんですね」
「そうなのだよ。キサラちゃんはできる子なのです」
感心するフレンを横目に、キサラは腕を組みながらコクコクと頷く。
キサラを先頭に丘を下り、俺たちは両端をそり立つ岩壁で囲まれた入り江に到着した。足下まで迫るさざ波が、優しく砂浜を濡らしては湖に引き戻されていく。
この地形であれば正面からしかアクアトードが現れることはない。知らないうちに後ろを取られて攻撃される、なんてことはなさそうだ。
「それじゃあいつも通りの作戦で…… って? なんか聞こえない?」
「あっちの方から人の声がしますよ」
キサラがきょろきょろと辺りを見回すと、メロが湖に向かって突き出した岩肌を指差す。その影から、槍を握った男が息も絶え絶えに飛び出してきた。
「あいつは……?」
どこか既視感めいたものが、頭の中でぐるりと巡る。吊り上がった目に、鋭利な刃先の槍。関わってはいけないと、俺の体中から危険信号が発せられる。
「頼む! 助けてくれ!」
槍の男の後ろから、ビシャンと水を蹴る音。
一匹のアクアトードが口をパクパク動かしながら、槍の男を追いかけている。アクアトードの動きは鈍いが、さすがに膝下まで水に浸かった人間よりは速いらしい。
「あいつも冒険者だろうが。まぁ、助けないわけにはいかねぇわな」
アシュードは顎髭をさすりながら、片眉をピクリと動かす。そして視線を槍の男から俺に移した。
「えっ? 俺が?」
他にも適任がいるんじゃないかと俺はみんなを見回す。しかし全員、無言の笑顔で俺を釘付けにした。圧がすごい。まぁ、このパーティーの唯一の攻撃役だし、仕方が無いのはわかるんだが。
「わかったよ」
「尻尾は傷つけないでね。回収しにくくなるから」
キサラの忠告を耳に入れながら、俺は手のひらをアクアトードに向ける。指先を大きく広げると、サリーは大剣を地面と水平に構え前方に飛び込んだ。水分を多く含んだ砂が、勢いよく舞い上がる。
サリーは向かってくる槍の男をかわし、アクアトードの横っ腹まで詰めよった。
そしてブンと大きく大剣を振り上げると、アクアトードの体は二つに分かれて空を舞う。
水面に叩きつけられた肉片が、大きな水しぶきを上げた。じわっと流れ出る体液は、美しい湖畔を深い赤に染めていく。
「た、助かった……」
逃げてきた槍の男は、息を切らしながら俺の前で膝に手をつく。上下する頭頂部を眺めていると、俺の背筋から嫌な汗がじわっと流れ出した。
「じゃあ、俺たちはこのへんで……」
「待ってくれ―― って、お前は!?」
そそくさとこの場から離れようとした矢先、顔を上げた槍の男とがっつり目が合った。
「ダレス……!」
槍の男は睨みながら、噛み殺すように俺の名前を呼ぶ。
そう、こいつはギルドで俺に因縁をつけてきた冒険者トージだ。この表情は、まだあの一件を根に持ってるってことだよな。
「あっ! サリーちゃんに蹴り飛ばされてた冒険者じゃん」
キサラのあっけらかんと発せられた言葉に、アシュード、メロ、フレンは「あぁ」と声を漏らした。トージはうつむくと、殺気立っていた顔が耳の先まで赤くなっていく。
普段は比較的温厚な俺だが、この時ばかりはざまぁ見ろと腹の底ではほくそ笑んでいた。




