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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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63話 次の指示 


 幸せな家族の時間は、ほんの一瞬だけだった。俺が目覚めたことを知ると、ナターシャはすぐさま俺を部屋に呼び出した。


「リゼには手を出してないんだな?」


「そこは安心して。顔の傷は、知らない内に仕事でできたって嘘を信じ込んでいるから」


 ナターシャはソファーに身を預けて紅茶をすする。こいつの「安心」という言葉には欠片も信憑性がない。沸き上がる怒りを押し殺し、俺は目の前のナターシャに軽蔑の眼差しだけを向ける。


「何も言い返さないなんて、少しは賢くなったようねダレス」


 言いながらナターシャは、開け放たれた窓の奥を見る。外からは、メイドたちと楽しそうに洗濯をするリゼの声がした。リゼ一人預けるのは不安だったが、表面上はうまくやれているみたいだ。


「お前はどこまで本気なんだ……?」


「何の話かしら?」


 ナターシャはもう一度カップに口をつけると、そっと机の上に置いた。


「俺を操り人形にしたいのなら、リゼを屋敷のどこかに監禁して、俺を脅した方が効率的だ。それにサリーだって……」


 強く拳を握りしめると、伸びた爪が(てのひら)に食い込む。俺は、サリーを救おうと走り回った苦い思い出を掘り返し、思いの丈をぶちまけた。


「お前が渡した薬は本物だった。だから高値で売れた。もしも俺がサリーに薬を飲ませていたら、サリーは死なず、俺はネクロマンサーとして覚醒していなかったかもしれない」


「ふーん」


 ナターシャは足を組み、愉快げに目を細める。俺を小馬鹿にするような態度に変わりはない。


狡猾(こうかつ)なお前にしては不確定要素が多いだろ。その隙が俺には理解できない……」


 檻に閉じ込め首を鎖で繋いでおきながら、扉の鍵は開けたままにしているような不思議な感覚。だが、その意図の読めない行動が、かえって気持ち悪いくらいに無気味なのだ。こいつは俺を、どうしたいというのか。


 ナターシャは気怠そうにソファーに身を沈めて頬杖をつく。


「そんなこと。まぁリゼちゃんに関しては、監禁するよりも無垢な笑顔を定期的にあなたに見せる方が効くかなと思って」


 俺の片眉がピクリと持ち上がるのを見て、ナターシャは嬉しそうに頬を緩める。


「サリーちゃんに関しては、薬は飲まされないって絶対の自信があったわ」


「俺は、サリーを見捨てたりなんかしない! しない……」


 ナターシャに被せるように俺は声を荒げる。だが、俺の言葉はただの虚勢だ。結果的に俺はサリーを見捨てたんだ。


「あなたじゃないわ、孤児院のマリエラよ。彼女は絶対に薬を売る。今にも消えそうな一人の命よりも、生き残る可能性の高い、大勢を助けることが正しいと思っているから」


「なんで、先生のことを……?」


 唖然とする俺に、ナターシャは含みを持たせたような笑みで応える。


 マリエラ先生は、俺たち兄妹がいた孤児院の先生だ。何よりも子どもたちのことを考え、行動できる立派な先生。けれど、現実はしっかりと見えていて。俺が渡した薬を売り払い、飢えに苦しむ子どもたちを救う選択をしたのだ。サリーの命と引き換えに。


「昔、同じ環境にいたってだけよ。もちろん仲間だなんてことはないわ、そこは安心してちょうだい」


「全部は信じられないな」


 俺が鋭く睨みつけると、ナターシャは「怖い怖い」とふざけた調子で両手を挙げた。これ以上問いただしたところで、こいつは何も語ろうとはしないだろう。


「過去の話なんて退屈だわ、これからの話をしましょう。そのためにあなたを呼んだんだから」


 苛立つ俺を気にもとめず、ナターシャは続ける。


「あなたに、私がサリーちゃんを殺した犯人だって、教えた人の事を聞きたくてね」


 ナターシャは小さく首を傾げ、はにかむように微笑する。けれど、長い睫毛に包まれた瞳は冷酷さで溢れていた。


「……どうしてだ?」


「どうしてって、気になるじゃない。きっとダレスがネクロマンサーだってのも見抜いてるんでしょ」


 ナターシャは足を組み直し、身を乗り出して俺の顔に迫る。ふわっと押し寄せる、脳をくらくらさせるような花の香り。だが俺は目をそらさず、彼女の黒い瞳に映る自分を見つめる。


「――その通りだ。だが、それだけだ。お前には関係ない」


「なに? (かば)おうとしているの? もしかしてかわいい女の子だったりする?」


 ナターシャは興が乗ったとばかりにニヤリと微笑む。しかし、眉一つ動かない俺の反応にすっと口角を落とした。


「何があったか全部話しなさい。あなたに拒否権はないわ」


 命令ともいえる冷たい言葉に、俺は堪らずつばを飲み込む。前までは物怖(ものお)じせず話せていたはずなのに、首を締め付けられているような恐怖と圧迫感に俺は支配されていた。


「……手は出さないと約束してほしい」


「それは内容次第ね。あらかじめ言っておくけど、嘘ついたらその子、殺しちゃうから――」


 ナターシャは目だけで笑みを作り、指先で俺の頬をそっとなぞった。



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