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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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61話 目の無い人形


 「約束が違うだろナターシャ! これはどういうことだ!」


 静寂に包まれた夜の王都に、怒りを吐き出した俺の声が広がっていく。興奮する俺の口を塞ぐように、ネルンは突き付けていた戦鎚(せんつい)を、ぐいと喉元へ押し込んできた。


 取り乱す俺を冷めた目で見ながら、ナターシャはため息をつく。


「だいぶ混乱しているようだけど、リゼちゃんには何もしていないわ。少し眠ってもらっているだけ」


「眠っているだけ……?」


 屋敷からリゼを抱えたおさげのメイドと、背の高いふくよかなメイドが近づいてくる。目を凝らすと、確かにリゼは腕の中ですやすやと寝息を立てていた。


 俺は深く息を吐き出して崩れた壁に身を預ける。冷たい瓦礫が、怒りで熱くなった体を冷やした。


 よかった。サリーと同じように、リゼも俺から離れていくのかと、心が張り裂けそうだった。


「でも、これからリゼちゃんがどうなるかは、あなた次第なのよ」


「おい…… 何を言って……」


 おさげのメイドがナターシャの隣で止まる。痩せたリゼの頬を、ナターシャは指先で包むようになでた。その様子を羨ましそうに、背の高いふくよかなメイドが眺めている。


「これからも私に協力しなさい。断ればどうなるかは、言わなくてもわかるでしょ」


 ナターシャはリゼに視線を落としたまま、指先をピンと伸ばす。そして、優しくなでていた頬に爪を沿わせた。


「やめろ! ナターシャ!」


 果実の薄皮を剥くように、一筋の線が顎に向かって伸びていく。時間差で、真っ赤な血が傷口からたらりと溢れだした。リゼは寝苦しそうに顔をしかめるだけで、目を開ける様子はない。


「もうやめてくれ…… 何でも言うことを聞くから」


 ピタリと止まるナターシャの指。にんまりと口角を持ち上げながら、彼女は絶望に染まる俺に視線を戻す。


「そう言ってくれて嬉しいわ。私だって、本当はこんな事したくないのよ」


 嬉々としてナターシャは重ねた両手に頬をのせた。


「ちゃんとリゼちゃんは、貧民街の連中からは護ってあげるから。私の家に住ませてる意味をしっかり覚えておいてね」


 にこやかに微笑みながらナターシャは言う。


 俺が高価な薬を持っていたことは、貧民街の奴らに知れ渡っている。あいつらは金のためなら簡単にリゼを(さら)って俺を脅すだろう。


 そんな脅威から身を守るために、リゼをこの屋敷に置いてもらった。ナターシャが不在でも、メイド達が戦えるからと。俺は深く考えず、それを受け入れた。

 でも初めから、リゼは人質に取られていたのだ。俺をどこにも逃さないために。


「わかった…… わかったよ……」


 溢れる涙を抑えるように、俺は歯を食いしばる。自分の弱さを改めて思い知らされると同時に、見えていた世界はより黒く染まっていく。


 全部俺のせいだ。俺に力がないから、妹たちを救えない。


「あっ、そうだわ」


 楽しそうに俺を見下ろすナターシャは、指をくるくると回して続けた。


「やっぱりダレスを殺すってのはどう? それをリゼちゃんには黙っておいて。帰ってくることのない兄を、そうとは知らずに健気に待ち続ける妹。いいわね、最高だわ」


 ナターシャは頬に沿った髪を両手で抱きしめ、興奮したように吐息を漏らす。


「狂ってる……」


「知らなかった? 私は初めから狂ってるわよ」


 俺の嫌味など気にするどころか、ナターシャはご機嫌に鼻を鳴らした。


『ナターシャ様、さすがにそれは成りません』


「やっぱりだめ、スイ?」


 リゼを抱えたおさげのメイド、スイはコクコクと頷く。直接脳に響く声色は、ナターシャのように狂気に満ちたものではなかった。


『ダメです。レスティー様を復活させる計画が破綻します。それとエイラ、さっきから顔を近づけすぎ。リゼちゃんから離れなさい』


『だってスイばっかりずるい』


 背の高いふくよかなメイド、エイラはリゼから視線をスイに移し、頬を膨らませる。ナターシャは二人のメイドのやり取りに、クスリと笑みをこぼした。


「私のメイドたちに感謝することね。本当に優しい子ばかりだから」


 (あるじ)の視線を感じ取ったのか、俺に突きつけたネルンの戦鎚がピクリと揺れる。


 ナターシャには敵わないと、心の中の自分が語りかけてくる。そりゃそうだ。死を覚悟して挑んだ結果がこのザマなのだから。


 もがけばもがくほどに、俺はナターシャの作り出した沼の底へと落ちていった。

 



「戦いは済んだようですね」


 壊れた門から、夜の闇に混じって人の影が近づいてくる。地面を踏みしめるたび、身に着けた貴金属がジャリジャリと鳴り響いた。泥棒だとしたら自己主張が強すぎるが、あいつは――


「ランドハイム……!」


「おやおや、私のことを覚えていましたか。あなたのことはナターシャから聞いていますよ、ダレス君」


 屋敷の明かりが、ランドハイムの胡散臭い作り笑顔をぼんやりと照らす。


 こいつは俺の親友ガインに、わけの分からない罪をなすりつけて焼き殺した貴族だ。ただひたすらに憎いこの男を忘れるわけがない。


「予定の時間にはまだ早いんじゃなくて?」


「そうですが、王都の中心であれだけ戦闘の音がしていてはね。何事かと思いましたよ」


 ナターシャに言いながら、ランドハイムはちらりと俺を見やる。身に着けたアクセサリーに負けない金色の長髪が静かに揺れた。


「どうです? 例のものはそろそろ完成しそうですか?」


「数日前にも言った通りよ、あともう少し待ちなさい」


「そうでしたか? 楽しみがあると時の流れが緩やかに感じますね」


 不快そうに眉をひそめるナターシャ。ランドハイムは気にすることなく笑顔を振りまく。


 例のものってなんだ? ナターシャは労働力がいるからと操る死者を増やしていたが、何か関係があるのか?


「立ち話もなんですから、屋敷に入れてもらえますか。もちろん、ダレス君も一緒に」


「私の家を自分のものみたいに言わないでくれる? それと、ダレスはもう限界だと思うわよ」


「……俺はまだ……!」


 ランドハイムを前に、くすぶっていた怒りの炎が再び燃え上がる。だが、自分の意思と逆らうように、視界は段々とぼやけだした。鉛のように重たい瞼の隙間からは、地面を蹴るナターシャの華奢な足だけが見えている。


「ポーションも万能ではないわ、完全に体を治すには休息が必要なのよ。今はゆっくり休みなさい」


 耳元をくすぐる甘い声。さらに遠のいていく全身の感覚。ナターシャは堪えるように笑みをこぼして続けた。


「ダレス。私のかわいいお人形さん。最後までちゃんと踊ってちょうだいね」


 そこでプツンと俺の意識は切れた。物言わぬ死体のように体は動かない。そうか、俺は初めから。


 ナターシャの操り人形だったんだ。




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