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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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59話 不条理に抗え


 積み上げられた木箱をガタガタと揺らしながら馬車は進む。ほこり混じりの空気が舞い、出入り口を覆う布のすき間から差し込んだ朝日が、荷台に出来たシミを照らした。


 俺は一箇所ポツンと空いたスペースに座り、肩にもたれ掛かるサリーの頭を優しくなでる。久しぶりの二人だけの空間。馬車に乗るのは、炭鉱で働いていたとき以来か。


 フレンとの会話を終え、全員が寝静まるのを確認すると、俺はサリーを連れてパーティーを抜け出した。

 目的はただ一つ。ナターシャに復讐するためだ。


 アシュード、メロ、フレンに別れの挨拶ができなかったのは心残りだが、俺がいなくなることで今回の報酬の取り分が増えるのだ。内心、喜んでいることだろう。


 まだ日の昇らないルナール湖周辺で、運良く荷馬車を引く商人を見つけた俺は、王都グルーケルまで運んでほしいと交渉を持ちかけた。最初は酷く突っぱねられたものだが、トレント討伐で手に入れた金貨を叩きつけると、商人の表情は瞬く間に一変した。お金とは本当に素晴らしい。


 子どもの頃に、旅は行きよりも帰りの方が早く感じると聞いたことがある。だが、それは嘘だ。だって、陽に照らされた木目調の床の範囲は、さっきから少しも変わっていない。


 わずかでも時間が経つ毎に、憎悪が風化するどころか、全身を侵食する毒のように激しく駆け巡っていくのがわかる。あぁ、早くナターシャに会いたい。そして全てを、終わらせたい――




◇◇◇




 夕刻の迫る王都は閑散としていて、どこか肌寒い。綺羅びやかな住宅街を抜けると、壁のように大きな鉄格子(てつごうし)の門が見えてきた。その前で、小さな女の子が一人佇んでいる。


 きれいにまとめられた髪、清潔感のある白いエプロン。その下で、黒を基調としたドレスが慎ましくも存在感を放っている。


『ダレス様、おかえりなさいませ』


 脳内に直接響く幼い声。久しぶりの感覚だ。ナターシャのメイド、ネルンは俺に気づくと両手を前に組み、深々と頭を下げた。そして、顔を上げて俺に視線を向ける。かわいらしい丸い瞳の奥には、ネクロマンスされた死者特有の冷たさがある。


「ナターシャはいるか?」


『はい。ですがナターシャ様から、誰も通すなと仰せつかっております』


「そうか…… いるんだな。悪いけどそこをどいてくれ」


 俺はネルンの前に立ち、彼女の右肩を掴んで強引に引き寄せた。ネルンは抵抗する気配を見せず、そのまま地面に倒れ込む。魔力で強化された肉体は、本来なら俺が太刀打ちできるはずがないのに。


「サリー、頼んだ」


 ネルンに見上げられながら、サリーは門の前に立つ。背中の大剣を引き抜いて振りかぶると、サリーは簡単に巨大な門を一刀両断した。


『お待ち下さい』


 ガラン、ガランと音を立てて鉄骨が崩れ落ちる。呼び止めるネルンの声は、俺の耳には届かない。

 散らばった鉄骨を踏み付けながら、俺とサリーは敷地の中に入った。






 手入れの行き届いた花壇の花が、ひらひらと頭を振っている。その間のタイル張りされた道を、古めかしい屋敷に向かって進む。一歩一歩、乾いた足音が響く毎に、心臓が激しく脈打ちだした。さっきまで乾いていた両手が、じとっとした水分を含んでいる。


 俺はナターシャに怯えている。無意識に起こる体の反応が答えだ。俺は体に栓をするように、拳を胸に打ち付けた。

 今必要なのは怒りだ。不条理に対する反逆だ。敗北を恐れるんじゃない。足を止めてしまうことを恐れろ。

 でなきゃ俺は、この世界を美しいとは思えなくなる。



「表が騒がしいと思ったら、ダレスじゃない」


 カツンカツンと靴を鳴らし、ニヤついた笑みを浮かべたナターシャが屋敷から現れた。

 すらりと伸びた細い手足。胸元が大胆に開いたローブからは、くっきりと鎖骨が浮き出ている。魔力を使わない単純な殴り合いなら、俺が負ける事はないだろう。だが――


 ナターシャの後に続いて、屋敷から四人のメイドが出てくる。ドレスの裾を揺らしながら入り口で広がると、凍った目で壇上から俺を見下ろした。


 ネルンを含め、ナターシャは五人のメイドを容易く操っている。男女の体格差など無意味と言えるほどに、俺とナターシャの魔力には天と地ほどの開きがある。


「ナターシャ! お前に聞きたいことがある」


「あなたはいつもそうね、恐い顔して私を睨んで。はいはい、今晩のご飯にはちゃんとお肉を出してあげるから」


 ナターシャはくわっと口を広げてあくびをすると、うっとうしそうに手を振る。ふざけた調子のナターシャに、俺はさらに眉をひそめた。

 何かを感じとったのか、ナターシャは俺の顔をまじまじと見つめる。わずかに生じた静寂の中、俺は口を開いた。


「サリーを殺したのは、お前だろ!」


「はい? あなた何を言ってるの」


 俺がおかしな事を言っている風に、ナターシャはやれやれと両手を広げる。ここで俺は、ずっと前から頭に引っかかっていたことを口にした。


「死んだサリーを抱えて、貧民街の共同墓地に運んだ時、待ち構えていたお前はこう言ったよな? 「妹は助かったのか?」って。俺がサリーのために薬を探してるなんて話は、していなかったはずなのに」


 ナターシャは、不意打ちされたかのように目を見開き言葉を失った。俺は彼女の反応を待つ。下手な言い訳でもいい。「自分はやっていないと」返してほしかった。

 だがナターシャは、自らの額に手を押し当て肩を揺らして笑ったのだ。


「やっぱり…… お前がやったんだな」


「――誰に何を吹き込まれたかは知らないけど」


 艷やかな黒髪の毛先を遊ばせながら、ナターシャは嗜虐的(しぎゃくてき)に口端を釣り上げる。


「サリーちゃんに手を下したのは私よ」


「っ!?」


 もしかしたら嘘かもしれないと、希望を抱いていた自分が死んでいった。俺は反射的に手を振り上げると、サリーは剣を抜きながら真っ直ぐにナターシャへと斬りかかる。


 ガキンッと重い金属のぶつかる音。ナターシャへの攻撃は、控えていたメイド二人によって防がれた。凛とした長身のメイドは刀身の長い刀、赤毛の小さなメイドは騎兵が持つような巨大な槍を手にしている。


「ありがとう、ソラナ、ロップル」


 サリーは二人に弾き飛ばされ、地面に片手を付いた。ソラナとロップルはナターシャを庇うように立ち塞がり、武具の切っ先をサリーに向ける。さっきまで手ぶらだったのに、あの武器は一体どこから現れた?

 

「積極的な男は嫌いじゃないけど、妹と同伴ってのはちょっとね」


 ナターシャは俺を見下しながら愉快そうに笑う。


「――なんでだよ?」


「なによ」


「なんでサリーを殺した! サリーが一体、何をしたっていうんだ!」


「あぁ、そんなこと」


 人の心など持ち合わせていないかのように、ナターシャは軽く鼻で笑った。


「ダレスに出会ったからよ。覚えてる? 私がネクロマンスしたスケルトンを、あなたが操ろうとしたこと」


 世界の不条理を全身で受け止めたあの日を、忘れるわけがない。親友のガインが燃やされ、ナターシャが亡骸を持っていこうとした。だがガインは、俺の叫びに応えようとしてくれた。結局、ナターシャに連れて行かれたのだけれど。


「初めは生意気な奴ってムキになったけど、ダレスのネクロマンサーとしての才能は素晴らしいものだったわ。だから、私が目覚めさせてあげたの。大切な人の死に触れると、ネクロマンサーはさらに強く輝くのよ」


「そんなことで、サリーを殺したのか……」


 苦痛に歪む俺の顔を見て、ナターシャは嬉しそうに口角を上げる。


「そうよ! サリーちゃんがレーゲの(やまい)にかかったなんて嘘。私が呪いをかけたのよ」


 ナターシャは両手で頬を包み込み、うっとりと赤く染まった空を見上げる。まるで自分だけの世界に入り込んだように、夢中で言葉を(つむ)いだ。


「ダレスと出会った日の深夜。貧民街の男を捕まえてちょっと金をちらつかせたら、あなたの情報をなんでも教えてくれたわ。何よりも大切な妹がいるってこともね」


 そして高ぶった感情が溢れ出すように、甘い吐息を吐き出す。


「サリーちゃんに呪いをかけた後は簡単。無駄とは知らず、懸命にレーゲの病を治す薬を探し回るあなたを尾行して。頃合いを見て私が登場」


 言いながらナターシャは両手を広げ、子供のように前方へジャンプ。ドレス風のローブから女性らしい大腿部が顔を出すと、着地と同時に布の中へと消えていく。


「薬を見せた時の、あなたの驚いた顔。こっちは笑いを堪えるのに必死だったんだから。あぁ、今思い出しても傑作(けっさく)。そして、そのまま簡単に私の言いなりになるんだから」


 ナターシャは腹を抱えた後、指先で目尻を軽く拭った。


「そうそう。サリーちゃんの()が聞こえないのも、私の呪いのせいだから。すぐに全部バラされたら興ざめだしね」


 あぁ、そうだ。こいつは出会った時からこうだった。人としての大切な物が欠落している。けど俺には、ナターシャを頼るしか選択肢がなかった。自分にはサリーを救う力がないから。


 騙されていると分かった状態であの日に戻っても、きっと俺はナターシャを頼ろうとするだろう。もしかしたら、騙してることすら嘘なんじゃないかと自分に言い聞かせて。それほどまでに昔の俺は弱い。


 けど今は違うはずだ。


 俺は目を閉じ、初めてサリーをネクロマンスした感覚を呼び覚ます。ナターシャのメイド、ソラナとロップルの武器は、ナターシャがネクロマンスされた相手に合わせて魔力で作り上げたものだ。無意識ではあったが、サリーの武器も最初は同じ要領で俺が作った。


 サリーに向けて手を伸ばし、指を折る。この胸で燃え盛る怒りを魔力に変えて。


「あらあら」


 挑発するようなナターシャの笑い声。

 サリーは左手に大剣を持ち替えると、空いた右手に禍々しいほどに黒く、その上を血の流れのように赤い線の通った大剣が現れた。それはまるで、俺の中の憎悪を具現化させたような姿をしていた。


「ナターシャ、これで全部終わらせよう」


 サリーは右手の大剣をナターシャに突きつける。体温を奪う夕風が、サリーの髪をふわりとなでた。


「終わりじゃないわ、これから始まるのよ。まぁ、ご指名に応えて相手してあげる」


 両手を広げたナターシャの足下に、大きな黒い靄が広がっていく。そしてニヤリと口角を歪め、(ささや)くように唱える。


「おいで、アドニス」


 靄から浮かび上がるように這い出る黒い影。頭部からゆっくりと、漆黒の鎧兜を身にまとう騎士が姿を現す。いつかの荒野で、ナターシャが呼び出した死者だ。

 その全身は二階建ての屋敷の半分程もあり、まだネクロマンサーとして未熟な俺でさえ、恐怖で震えそうになるほどの魔力を感じさせた。

 

 アドニスはサリーに対抗するように、大木のような剣を俺に向ける。


 反射的に後退しようとする足を、俺は歯を食いしばって止めた。これが最後なんだ。自分に言い聞かせ、巨大な騎士を前にするサリーの背中に意識を重ねる。


 自分たちを包む不条理を跳ね除けるように、俺は大きく手を振りサリーを動かす。サリーは恐れることなく、アドニスに向かって飛び込んでいった。



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