52話 冒険者のカタチ2
「どうしたの? そんなにわたしのことじっと見て」
キサラが不思議そうに俺の顔を覗く。
「どうして冒険者になろうと思ったのかなって。やっぱりお金のためか?」
「いきなりだね。そんなにキサラちゃんの秘密を知りたいのかい?」
キサラはリュックの下で手を組み、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「……いや、そこまで興味ない」
「えー、そんなすぐに引き下がらないでよ」
「ちょっと、歩きにくいって」
キサラはすがるような瞳で俺の右腕を掴み、ブンブンと動かす。手のひらから伝わる熱はほんのり温かい。
なんだろう。かまってもらえるのがそんなに嬉しいのだろうか。
「わ、わかったから。キサラちゃんが冒険者になろうとした理由を教えてください」
「ふっ、ふっ、ふっ。そこまで言われたら仕方ないな」
キサラは腕を離すと、顎をさすりながら声に含みを持たせた。
「まぁ、お金ってのも間違いではないけど…… 世界を知りたいってのが一番かな」
キサラは柔らかな眼差しを俺に向ける。予想外の返答に俺は目を瞬かせた。
「その反応は心外だねー。これでもわたし、ロマンチストなんだよ」
「すまん、ちょっと意外だなと思って」
「別にいいですけどー」
キサラはプイッと俺の反対を向く。水分を含んだ髪は、重たそうに弧を描きながら広がった。
俺は距離を詰めながらもう一度謝ると、キサラは「冗談だってば」といたずらっぽく笑った。そして改まったように息を吐き出す。
「わたしはね、小さい頃は孤児だったの。孤児院の生活はきつかったし、大変なことも多かった。けど一番辛かったのは、このままここで一生を終えるのかなって考えちゃうことだったな」
「そうだったのか……」
キサラは両手を後頭部に回し、物憂げに天を仰ぐ。岩肌の天井から瞬く光の粒が、キサラの瞳を蒼く染めた。
「でもわたしは運が良くてね、わたしを養子に取ってくれる人が現れたの。劇的に生活が良くなったわけじゃないけど、その日から見える景色に色がしっかり付いたような気がして。当たり前に見てた空ですら、こんなに綺麗なんだって思えるようになったんだ」
キサラは開いた右手を高く突き出し、ぐっと握りしめた。そのまま閉じた手を、優しく胸元に下ろす。
「俺も…… 俺も孤児だったんだ。少しの間だけど孤児院にもいて」
「えっ!? ダレスもなの! だったらパーティー組む前からわたしたち仲間じゃん」
俺の告白をかき消すように、キサラは目を輝かせながら弾むように言う。
思わず一歩引いてしまった俺に、キサラは「いぇーい」と右手を掲げた。しぶしぶ右手を上げると、キサラはスパーンと俺の手を叩く。洞窟の奥まで響き渡る小気味の良い音。手の平がじんとしたが、この痛みは嫌ではなかった。
俺は自分のことを話すのはあまり好きではない。生い立ちのことであれば尚更だ。でもキサラには、自分が孤児であったのを知っておいてほしいと思った。
「じゃあ、ダレスもわかるでしょ。世界を知りたいってわたしの気持ち。だから必死に勉強して地導師になった。きっとこの世には、わたしたちのまだ知らない素敵なもので溢れてる」
「俺もそうだったらいいなとは思えるようになった。けど、キサラみたいに確信が持てるわけじゃないんだ」
俺は足を止め、頭をかきながら無理に笑顔を作った。十歩ほど先を行くサリーも、俺と同じタイミングで立ち止まる。
キサラは俺のとって付けたような笑顔をすぐに見破ったようで、真剣な眼差しを向けてくる。
俺は息を呑み、静かに口を開いた。
「ずっと貧しい生活をしてきて、大切な人がいなくなって、命の価値は平等じゃないってことを痛いほど知ってしまったんだ。そんな不条理がこの世の真理だとも思ってる。だから、この世界がキサラの言う綺麗なものだとまだはっきり思えないんだ」
「あったなー、わたしにもそんな時期が」
キサラは俺の曇った内面を軽く吹き飛ばすように、あっけらかんと言った。しかし、瞳の奥には確かな理解の色が宿っている。
キサラは自身の頬に、伸ばした指をそっと添える。
「じゃあ、わたしと出会わなくてよかったと思ってる?」
「それは――」
「わたしはダレスに会えてよかったと思ってるよ」
いつになく真面目な口調のキサラ。また冗談を言ってるのかと俺は少し様子を伺った。だがキサラの瞳が揺らぐことなく、真っすぐ俺の両目を捉えていた。
「理由はどうであれ、わたしたちが出会えたのは、お互いが広い世界へ一歩を踏み出したから。今まで生きてきた場所が絶望に満ちていたとしても、外の世界までその色に染めちゃいけないんだよ」
キサラは表情を緩め、白い歯を見せながらニカリと笑う。
「わたしたちが出会えたこの世界は、きっと美しいはず」
キサラの明るい声が胸の奥にまで響いていく。
何かを伝えようと自然に口を開いたのだが、俺はこみ上げてきた言葉を飲み込んでしまう。アシュードとも似たような話をしたなと、逃げるようにあの夜のことを思い返していた。
世界を知りたいという気持ちは確実に芽生えているのに、心の奥ではまだ信じきれてはいないのだろう。
それほどまでに、自分が経験してきたこの世界は黒く荒んだものだった。
俺は唇をぎゅっと引き結ぶ。キサラは優しく微笑んだ。
「もー、ダレスは仕方ないな。キサラちゃんが世界は綺麗だってのを教えてあげるよ。ってか一緒に見て回ろう」
言いながらキサラは俺に手を差し伸べる。眩しいほどの笑顔と、か細い女の子の手。キサラの勢いに戸惑いながらも、俺は右手をそっと差し出した。
「っ……!」
俺は前方へ崩れかけた体勢を何とか踏み止める。キサラは俺の手でなく、前腕を掴んで引っ張ったのだ。
「さぁ、行くったら行くよ! わたしたちの冒険はこれからなんだから」
「なんだよそれ」
キサラは一歩一歩、歩みを進める。俺は足を取られないように注意しつつ、キサラの後に続いた。
貧民街にいた頃の自分なら、強引なキサラの手を払っていたのかもしれない。けど今は違う。彼女の情熱を拒否するほど俺の心は凍りついてはいない。
ただがむしゃらに前へと突き進むキサラの背中を見つめながら、俺は無意識に笑みをこぼした。
いつか何の迷いもなく、キサラの隣を歩ける日が来るのだろうか。




