52話 真の冒険者
俺とキサラ、サリーの三人は湖の畔を離れ、森の中を全力で突き進む。日差しが木の葉に遮られ、だんだんと暗がりが広がっていった。俺達の不安を煽るように、かさかさと気味悪く茂みが揺れている。
「なんでトージなんだ?」
当然のように浮かんできた俺の疑問に、キサラは息を切らしながら答える。
「彼を頼るってわけじゃないんだよ。彼の仲間に助けを求める」
「仲間?」
トージは確か、自分の冒険者ランクでは討伐クエストを受けられないから、シルバーランクの冒険者と手を組んでいると話していた。
「何となく勘づいてるようだね」
大きなリュックをガサガサと揺らし、キサラはニッと口角を上げる。
「その仲間と協力すれば、水竜を倒せるかもしれないってことだな」
「ご明察。ここを抜ければ別の狩り場があるから、きっとそこに冒険者たちがいる」
自分の中でモヤッと広がっていた不安が消え去っていった。サリーの攻撃を容易にかわす水竜だって、複数の冒険者で攻撃を仕掛ければ効果があるだろう。戦闘経験の浅い俺にでも見えたこの勝ち筋。アシュード、メロ、フレン。俺たちは水竜を倒せるぞ。
◇◇◇
「水竜だって……」
弓を担いだリーダー格の男の顔から、一瞬で血の気が引いていく。
キサラの予想した通り、森を抜けた湖の一角で、冒険者たちはアクアトードの討伐に汗を流していた。丁度戦闘が一段落したところで声をかけたのだが、相手の反応は、俺たちが想像していたものとかけ離れていた。
「お前ら、直ぐに撤収だ! ここから離れるぞ!」
「協力してくれないんですか?」
キサラの訴えかける眼差しに、男は苦い顔をして頭をかいた。
「俺だけ自己紹介がまだだったな。俺はルナード、水竜の存在を教えてくれたのは感謝する。アクアトードの不自然な行動も、水竜から逃げてるとなれば納得だ。だけどな」
ルナードは弓を引き矢を放つ。地面と水平に鋭く進む矢は、陸に上がろうと跳ねるアクアトードの腹部を貫いた。そのままドシンと倒れ込むと、仲間の冒険者が尾びれを剥ぎ取りに近づく。ルナードは「そいつはいいから、逃げる準備だ」と一喝した。
「水竜相手じゃこうも簡単にはいかない。ギルドに報告して討伐隊を組んでもらうのが賢明だ」
ルナードは弓を仕舞いながら、お手上げと言わんばかりに両手を天に向ける。
「それはわかりますけど……」
煮え切らない口調でキサラは言う。どうやら断られる事を想定していなかったようだ。
「こっちも本意じゃないんだ。昨日まで出しゃばってたゴールドランクの奴らが帰って、やっと俺たちも稼げると思ったのによ。命が何より大事ってことだ」
ルナードは討ち取ったばかりのアクアトードを見つめて、唇を噛む。俺たちもルナール湖に来る途中で出くわした、冒険者のことを言っているのだろうか。「低レベルの冒険者」と馬鹿にされたものだが、彼らも同じような扱いを受けたのかもしれない。
「おいルナード。どうした? 撤収するんじゃないのか?」
話し合いを続ける俺たちの下に、不穏な気配を感じ取ってか冒険者がぞろぞろと集まってきた。数は二十人ほど。かなりの大所帯だ。そういえば、ブロンズランクの冒険者とも手を組んでいるとトージが言っていたな。
「おぅ、直ぐ行く。あんたたちも分かってくれたな? またどこかでパーティー組むことがあったらよろしく頼むわ」
ルナードは振り向いて仲間に声を掛けると、俺たちに、はにかんだ笑顔を見せた。
このままでは話が終わってしまう。俺たちを信じて待ってくれている仲間がいるのに。
「待ってください!」
「なんだ、まだ何かあるのか」
振り絞るように出した声は上ずっていた。ルナードは不安そうに眉を寄せる。
「仲間が…… 仲間が今も水竜と戦っていて、助けが来るのを待ってるんです」
「なっ……!? 無茶だ、今直ぐ戻って仲間と逃げろお前ら。全員死んじまうぞ」
ルナードは俺の両肩をがっしりと掴み、鬼気迫る表情で俺を睨んだ。怒りと優しさの混ざった瞳の奥。彼はきっと、何が正しいかを判断できている。そして俺は、この選択が間違いだったのかと疑心暗鬼に陥りかけていた。
ルナードに気圧され、俺は口を噤む。流れる僅かな沈黙。俺たちの前で壁のように立つ冒険者たちからは、苛立ちの声が漏れ出した。
「わたしたちは何のためにここにいるんですか?」
そんな張り詰めた空気を動かしたのは、キサラだった。
「おいおい、もういい加減にしてくれよ」
ルナードは、怒りを通り越して呆れたような物言いでキサラを見下ろす。だけど、キサラの眼差しは至って真剣そのものだ。
その視線に刺されたように、ルナードは息を呑む。
「自分の命もお金も大事だけど、「助けてほしい」って声を上げた人たちを救うために、わたしたちはここに来たんじゃないんですか?」
「それは……」
言葉に詰まるルナード。ざわざわと野次を飛ばしていた冒険者たちの声が消えていく。誰もが皆、心を掴まれたようにキサラの言葉に耳を傾けていた。
「今からギルドに呼びかけるのでは、時間がかかりすぎます。その間にも、お腹をすかせた水竜は周りの村を容赦なく襲うでしょう。力を持たない子ども、老人がまずは犠牲になって…… 例え生き残ったとしても、住む家を失うかもしれない。それに――」
「もういい」
必死に訴えかけるキサラを遮る声。冒険者たちは声の主を探して振り返る。
群衆をかき分け堂々と姿を現したのは、ブロンズランクの冒険者、トージだった。
「俺が行く」
トージはキサラに歩み寄る。後ろの方で、トージの仲間が心配そうに声をかけるが、彼は気にする素振りを見せない。
強い信念を宿した瞳の中に、少し困惑した表情のキサラが映っている。
「力不足なのは自分でもよく分かってる」
トージは噛み締めるように続ける。
「でも俺は、冒険者なんだ。助けを求められているのなら、応えてやらないと」
「トージ! お前も何言って――」
「ルナードさん!」
トージはルナードの方を向き、震える手で背中の槍を引き抜いた。そしてその柄を、自らの迷いを断ち切るかのように地面へと突き立てる。白銀の光沢をまとう矛先は、まるで太陽の光を集めたように輝いていた。
「すんませんけど、協力させてもらう話は無かったことにしてください」
トージは挑発するように、ニヤリと口端を持ち上げた。
「腰抜けの背中を見てたら、俺にもうつっちまいそうで」
「なんだと……!」
ルナードは威勢よく口を開いたものの、それ以上何も返すことはなかった。ただ悔しそうに歯ぎしりをしながら、トージを睨んでいる。
「俺じゃだめか? ダレス」
「そんなことはない。ありがとうトージ」
「そうか。そりゃ、良かった」
トージはホッとしたように柔らかな笑みを浮かべた。吊り上がった目が、さらに細く、鋭くなっていく。けれど恐さなんて俺はちっとも感じなかった。
俺とトージを見て、キサラは優しく微笑む。そして表情を引き締めると、何も言えず固まった冒険者たちを見回した。
「戦えない人たちを助けられるのは、わたしたちしかいないんです」
キサラは訴えかける。心の奥底まで響くような力強い声で。
「どうか、冒険者としての行動を」
流れる沈黙。湖から運ばれてきた風が、後ろに結んだキサラの髪をさらりと揺らした。
「俺も行くぞ!」「私だって!」「ここまで言われて引いてたら冒険者じゃないな!」
キサラの熱意に当てられ、冒険者たちの中から威勢の良い声があがる。そしてその熱は、さらに勢いを増して燃え広がっていく。
「後はお前だけだぞルナード」「ルナードさん、ここはやるしかないです」
「――お前ら…… 覚悟は決まってるんだな」
ルナードの仲間たちは、期待を込めた眼差しをリーダーに送る。仲間の反応に初めは頭を抱えていたルナードだったが、意を決したように胸を張り、弓を高々と持ち上げた。
「そうだ、俺たちは冒険者だ、真の冒険者だ! 金だけが目当ての奴らとは違う。ここまで言われて黙ってたんじゃ腐って仕舞いだ。助けてほしいって頼まれたなら、助けてやろうじゃねぇか!」
立ち上がったルナードに、冒険者たちは水竜の咆哮に負けないくらいの雄叫びを上げる。俺の隣で、サリーも天に向かって大剣を突き出した。熱をもつこの空間に共鳴したかのように、俺の心臓は激しく脈を打つ。
俺は無意識にキサラを見る。すると、あらかじめ予定していたかのように、彼女と視線がぶつかった。キサラは小さく息を吐くと、ニッと白い歯を見せ笑う。俺も釣られるように頬が緩んだ。
キサラのおかげで冒険者たちは一つになった。さっきまで逃げようとしていたこの場の全員がだ。やはり、キサラの言葉には人を惹きつける力がある。
これまで彼女の経験したこと、培ってきたことが裏付けされているのだろう。高揚して声を上げる冒険者たちの気持ちはよくわかる。世界は不条理で醜いものだと思っている俺も、キサラの「世界は美しい」という言葉で心が震えたのだから。
「さぁさぁ、お二人さん。俺たちはいつでも英雄になる準備はできてるぜ」
ルナードは好戦的にニヤッと口角を上げた。
「ありがとうございます」
キサラはお礼を言いながら深々と頭を下げる。俺も合わせるようにして頭を下げた。
「絶対に勝ちましょう」
キサラは前を向いて拳を突き上げる。
あとに続く冒険者たちの声が、ルナール湖に広がっていった。




