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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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47話 星の瞬く夜


「すごい……! 星がとっても綺麗ですよ。ダレスもこっちへ来てください」


 洞窟を出ると、フレンとサリーは崖の端から足を垂らすように腰掛け、天を仰いでいた。一心に瞬く星々が、窮屈そうに夜空を埋めている。空気が澄んでいるからか、ここから見上げる空は貧民街で見ていたものよりずっと美しかった。

 俺は感嘆の息を漏らしながら、サリーを挟んでフレンの隣に座る。


「みなさんには気を使わせてしまいましたね」


「そんなことはないよ。ただ、フレンがいなかったら俺たちは今ここにいないだろうし、申し訳ない気持ちもあるんだと思う」


「そうじゃないですよ」


 フレンは軽く口を押さえ、肩を震わせて笑う。あれ? 何かおかしな事を言ったか?


「私と、あなたに気を使ってるんです」


「あの三人が?」


「そうですよ」


 フレンは両肘を伸ばして地面に手を突き、そこに体重を預けるようにして空を見上げた。長い睫毛が星の光を吸い込むように上下する。


「仕方が無いとはいえ、想い人を知られたうえに、みなさんの前で醜態を晒しましたからね」


「それは……」


 俺は言葉に詰まり、無意識に視線を泳がせる。


 ミラーデーモンの特性。対峙した人間の心を読み取り、大切な人の姿に化ける。頭の中では幻だとわかっていても、突然(かあ)さんが目の前に現れて、俺は情けなく泣き崩れてしまった。想い人とは違う気がするけれど。


 じゃあ、フレンにとってあの騎士は……


「私とダレスだけが心の中をさらけ出したようなものですから。あの三人は、私とちゃんと腹を割って話せるのがダレスだけだと思ったんでしょう」


 眉をひそめ、試すような視線をフレンは俺に向ける。


「責任重大ですよ。私の心を回復できるのはダレスだけなんですから」


「えっ、ああ…… 任せてくれ、うん」


 俺はしどろもどろになりながらも言葉を繋いだ。

 アシュードが「フレンを頼むぞ」って言ったのはそういうことだったのか。キサラもメロも、もっと分かりやすく言ってくれよ。


 なんだ、なんて話せばいいんだ。さっきまでは自然に会話出来ていた気がするのに。妙に意識すると言葉が出ない。


 俺が必死に何か言おうと思案していると、フレンの噴き出すような笑い声が沈黙を破った。


「その様子だと、本当に魔物から私を護るためだけに着いてきたんですね」


「そうだけど」


 指先で潤んだ瞳を擦っていたフレンが、目を見開いた。そして、どこか不機嫌そうに唇を突き立てそっぽを向く。暗がりの中でも、フード越しに覗く透き通るような白い頬は、少し赤みがかっているように見えた。


「ダレスは卑怯ですね」


「そんな、俺は常に正々堂々としているつもりなんだが」


「はいはい、そういうところですよ」


 そう言って屈託のない笑顔をみせるフレン。作り物の笑みではなく、どこか隙のあるような自然な表情に、気づけば俺も口元を緩めていた。


「あぁーもう。なんか疲れました」


 フレンはどさっと仰向けに倒れ込み、垂らした足を上下させる。大きくて丸い瞳の中で、小さな宇宙が作られていた。


「フレンは本当によくやってくれてるよ」


「ダレスにそう言っていただけるなんて、とても光栄です」


「茶化すなよ。ミラーデーモンに向かって飛び出したところなんて尊敬してるんだから」


「あれあれ、もしかして愛の告白ですか? 私、年下はちょっと……」


「そ、そこまでは言ってないぞ」


「冗談ですよ」


 口元を押さえながら、茶目っ気たっぷりに笑うフレン。褒められても、いつも上辺だけの言葉を取り繕っていた彼女が、今だけは心を許してくれているように思えた。その仕草に俺は安堵し、気になっていたことを口にした。


「あの…… 今朝の騎士のことなんだけど……」


「ここぞとばかりにぐいぐい来ますね」


「そうだよな、話したくないよな…… はは……」


 フレンにジトっとした目線を向けられ、たまらず俺は口ごもる。


「まぁ、大切な人というのだけ教えてあげます。もうずっと会えてはいませんが」


「そうなのか」


 フレンはまた、どこまでも広がる星空を見上げる。癖のある髪がフードの中で広がり、端正な横顔をそっと隠した。物憂げに潤む瞳で、彼女は一体何を見ているのだろうか。


「私も一つ聞いていいですか?」


「どうした?」


「ダレスはお母さんと対面した時、何を思いましたか?」


 フレンは視線を夜空に固定したまま、真面目な調子で話す。俺は一瞬戸惑ってしまったものの、フレンには自分の感情を素直に伝えようと思った。


「やっぱり後悔だな。俺は母さんとの約束を破ってしまったんだ。その後悔が一番だった」


 妹二人を頼むと母さんに言われたあの日の事を、俺は今でもはっきりと覚えている。それなのに俺は、隣で星を見つめるサリーを救うことが出来なかった。


 サリーの体は確かに動く、けれど命が宿っているわけではない。この結末をサリーはどう思っているのか。母さんだって今の俺たちを見たら何て言うか……


「だけど、本物ではないにしても母さんとまた会えた事自体は良かったと思ってる」


「どうして?」


 フレンは顔だけをこちらに傾け、俺の顔を覗く。


「あの時はみっともなく泣いてしまったけど、俺にはまだ、やらなければいけないことがあるって教えられた気がするんだよ」


 俺は星を掴むように手を伸ばし、指を折りたたむ。

 失った命は帰ってこない。今まで散々味わってきたことだ。だからこそ俺は、王都に残してきた妹、リゼだけは絶対に護り抜かないといけない。


「より気持ちが引き締まったというか、改めて頑張らないとって思えたんだ」


「そうなんですね」


 フレンは歯切れが悪そうに呟きながら体を起こす。両手を絡めて伸びをしながら息を吐き出し、静かに口を開いた。


「私も似たような感じかもしれません。自分が成すべきことをする。迷ってはいけないと言われているようでした」


 立ち上がったフレンはローブに付着した土を払い、俺に手を差し伸べた。


「少し冷えてきましたし戻りましょうか」


「そうだな。風邪を引いたら大変だ」


 俺は優しく手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。

 慈愛に満ち溢れた笑顔に、俺は胸を撫でおろした。けれど、色素の薄いフレンの手は氷の如く冷たかった。まるで彼女の心の中に直接触れてしまったような感覚で。


 少し驚いて自分の手を見つめる俺に、フレンは追い打ちをかけるように口を開く。


「そうそう、気になっていたんですけど。最初にミラーデーモンと向き合ったのは、本当にダレスだったんでしょうか?」


「えっ……?」


 答えを求めるわけでもなく、フレンは吐き捨てるように言うと、足早に洞窟の中へと消えていった。


 その場で動けなくなった俺の手を、サリーが隣でそっと握る。冷たいけれど温かみのある華奢な手。


 俺は、フレンがなぜその(とい)を投げかけたのか、理由を尋ねることが出来なかった。答えを聞いてしまえば、俺が命がけで積み上げたものが、一気に崩れ落ちてしまうような気がして。


 後ろから吹き付ける夜風が、俺の背筋をより冷たくするのだった。


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