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38話 わたしの魔法


 床を叩きつけるような重低音が、ボス部屋全体に地鳴りのように響き渡る。


 完全復活を遂げた大木の巨人は、その巨大な体を揺らしながら、悠然と、しかし確実に俺たちとの距離を詰めてくる。その巨体ゆえ歩く速度は遅いが、腕のリーチはかなり長い。奴の攻撃範囲に入る前に何か対策を打たないと……


「――わかった」


 キサラは眉をひそめ、確信したように呟く。


「あいつはゴーレムなんかじゃない。トレントだよ」


「トレント?」


 俺の問いに、キサラはパーティメンバーを見渡しながら声を張り上げた。


「みんな聞いて! ここのボスはトレント。ゴーレムみたいに核なんてない。切っても潰しても再生する木の魔物。物理攻撃主体のわたしたちじゃ分が悪い」


 キサラの言葉に、今まで自分を支えていた戦闘への自信が薄らいでいくのがわかる。ここまで上手くいっていたのに、俺たちのやり方が通用しない。


 奴の腕も頭も切断することには成功しているが、何度も再生するなら意味の無い行為になる。むしろこちらの体力の消耗を考えると、物理攻撃を仕掛けることは明確な負け筋を作ることになるだろう。


 少しずつ荒くなる呼吸、冷たくなる背中。足が、手が次第に震えだす。

 死への恐怖が俺の心を(むしば)んでいく。


「どうすれば……」


「なにビビってるのダレス」


 青ざめた俺の顔を一瞥(いちべつ)し、キサラは面倒くさそうに前髪を指先で払った。その仕草には焦燥感などなく、どこか余裕めいたものが感じられた。


「敵わないなら、また作戦を練って挑むだけ。攻略法はきっとあるはず」


「キサラ……」


「こんなこと良くあるよ。でもわたしたちがボスを倒さないと、ダンジョン近くの村が危ない。この部屋を出て一度体勢を立て直そう」


 キサラは俺の不安をかき消すように、ニカッと笑って見せる。俺は大きく深呼吸をして、情けなく震えていた手足を落ち着かせた。


「みんなー! 撤収ー! アシュード動ける?」


「少し足にきてるが問題ない。フレンの治癒魔法のおかげだ」


 アシュードは強がるように笑ってみせるが、負傷した右足を引きずっていた。それを見たフレンはまた回復魔法をアシュードに施す。

 けれど、幸か不幸かトレントに弾き飛ばされたおかげで、アシュードはボス部屋の出口に近いところにいる。これなら全員逃げ切れるだろう。


「あの!」


 皆が離脱しようとトレントに背を向けた時、メロは杖を抱きしめ、うつむきながら口を開いた。その声は微かに震えていた。


「トレントを倒しませんか?」


 突拍子もないメロの発言に、パーティメンバーは驚きながら顔を見合わせる。その間にも、一歩、また一歩と地鳴りのような足音が近づいてくる。


「メロ。さっきも言ったけど、サリーちゃんの剣じゃトレントは倒せない。だから諦めるしか――」


「魔法なら倒せるってことですよね」


 キサラの言葉を遮るように、メロは強い口調で問い返す。その瞳には、不安など微塵も感じさせない、確固たる自信の光が宿っていた。


「本気なの? だって攻撃魔法は使えないって……」


「メロがそこまで言うならやってみるしかないだろ」


 アシュードは出口へ向かうことなく、困惑する俺たちに駆け寄ってくる。そのままパーティメンバーの間を裂くようにトレントの方へと向かっていった。


「それに、やられっぱなしってのは大嫌いでな」


 闘争心をむき出しに、アシュードは口端を持ち上げる。それを見てメロはくすくすと笑った。


「わたしの言う事を否定しないなんて、アシュードはやっぱり頭の中も筋肉なんですね」


「そんなに褒めるなよ。俺は、仲間の陰湿魔術師を信じているだけさ」


「褒めてませんし、陰湿魔術師は余計です」


 メロは苛立ちを見せることなく、嬉しそうに言う。

 アシュードとメロは、覚悟を決めた眼差しをトレントに向けていた。


「もう、しょうがないんだから。だけど、少しでも危ないと感じたら撤退するからね」


「はい!」


 肩を落としながら諦めたように言うキサラ。メロは振り返って、キサラに気合の入った笑顔を見せる。その様子を「本当にやるんですか?」とフレンが眉尻を垂らして見ていた。


「では、わたしの魔法を使う時間を稼いでください。すみませんが相手の攻撃力を下げる余裕はないので、あしからず」


「なかなか厳しいこと言いやがる。おい、ダレス一緒にメロの注文に応えてやろうぜ」


「ああ、頼んだぞメロ」


 最前列のアシュードは、苦笑いしながら、すぐそこまで迫っているトレントを見あげた。メロは早速杖を掲げて詠唱を始める。

 メロに集中させる時間を作るため、俺は両手を広げてサリーを呼んだ。


 大きく踏み出していた足を止めたトレントは、バキバキと体幹を回旋させる。どうやら俺たちは奴の攻撃範囲に入ったようだ。

 大木の右腕が緑色に輝く頭上を越える。トレントは持ち上げた拳を、アシュード目掛けて振り下ろした。


「へっ、もうお前の攻撃はお見通しよ」


 大木の拳が直撃する寸前、アシュードは体ごと盾を傾ける。盾の表面を滑らせるようにして、迫りくる拳をいなした。


 ドスンという爆発音とともに舞い上がる土砂。トレントの拳が地に突き刺さる。威力はかなりのものだが、攻撃の動作はほぼ同じ。アシュードが軽く受け流したように、見切ることはそう難しくはない。だから俺も。


「これならどうだ」


 俺が軽く手を払うと、サリーは地面に突き立てた腕に向かって突進した。勢いを殺さず、背中の大剣を抜きながら回転しての横払いを放つ。ガシッと乾いた音の後、大木の表面から細かい木片がちりちりと散らばった。トレントの腕はサリーの剣を簡単に弾いた。


 サリーは反動で後方へ飛ばされたが、後ろ向きに一回転して難なく着地。ふわりと髪が持ち上がり、細い首筋があらわになる。

 デバフが効いているといないでここまで違うのか。これでは攻撃して時間を稼ぐことは難しそうだ。


 どうしたものかと思案していると、トレントはさっきと反対方向に体を捻り出す。木屑を散らしながら持ち上がる左の腕。


「ウィールス・マジック!」


 メロの力のこもった声が広がる。トレントに突き立てた杖が光を放ち、周囲の空気が淀んでいく。ほんの一瞬で、トレントの体全体を紫色の(もや)が包み込んでいった。

 しかし、振り上げた拳は真っすぐアシュードに飛んでいく。


「来るぞアシュード!」


「何度やっても同じだ!」


 アシュードはまた巨大な拳をいなす。ドスンと地面に空く大穴。威力は一度目のものと変わりない。


 アシュードは上手く攻撃を捌いているが、盾を持つ腕が微かに震えだした。簡単そうにみえても、相当に腕力を使っているらしい。次は上手くいかないだろう。


「メロ! そろそろアシュードは限界だ。いけるか?」


 振り向くとメロは、ローブを払いながら右手をトレントにかざしていた。手のひらの前に現れたのは、石ころほどの小さな火の玉。


「みなさんありがとうございます。準備は整いました」


「ちょっとメロ、本当に大丈夫なの?」


 キサラは不安を隠せないでいるが、メロは至って真剣な表情でゆっくりと頷く。


「慌てないでくださいキサラ。わたしのデバフ魔法は最強なんですから」


 そう言ってメロは一瞬俺の目を見て、誇らしく笑ってみせた。


 脳裏に蘇るのは、特訓と言いながら火の玉を飛ばし続けた魔術師の姿。あの日俺は、攻撃魔法を使いたいけど使えない、メロが抱えた自分へのもどかしさと劣等感を知った。

 けれど今のメロの表情は、自信に満ち溢れている。今までの努力が、形になることをすでに知っているようだった。

 メロならやれると、俺は無言の笑みを返す。


「次、来ますよ。気をつけてください」


 フレンがアシュードの傷を癒しながら呼びかける。


 こちらの事情などお構いなしに、トレントは次の攻撃の準備を始めていた。体を捻り、重たそうに右腕を持ち上げている。

 芸のない単調な攻撃だが、その一発一発は確実に俺たちを追い詰めるものだ。


「俺を見ろ!」


 アシュードはドシッと盾を構えてトレントの注意を引きつける。

 前髪を持ち上げた額から頬を伝う汗。荒い息づかい。視線は振り上げた拳を真っすぐに見つめているが、表情に焦りがみえる。


「ファイヤーボール!」


 トレントが腕を振り下ろす直前。メロは小石の如く小さな火の玉を放った。

 アシュードの頭上を越え、火の玉はボス部屋の暗がりを照らしながらトレント目掛けて飛んでいく。


「これでは威力が足りませんよ!」

 

 アシュードの治癒を終えたフレンが声を上げる


 火の玉の進行方向に振り下ろした大木の巨大な腕。

 蝋燭(ろうそく)の火に水をかけるように、誰もが火の玉は簡単にかき消されると思っただろう。


「「いっけー!!」」


 だけど、俺とメロは信じていた。


 火の玉は消えることなく突き進み、迫りくる拳と交わる。


 ゴオッッ!!


 大木の拳は炎に包まれ、瞬きする間もなく全身に広がっていった。同時に吹き付ける熱風。俺は思わず目元を腕で覆う。


「やりましたよ! ダレス!」


 メロは両手を広げて、この熱を全身で受け止めていた。やり遂げたという安堵と喜びの混ざった表情。その瞳の奥で小さな炎が揺らめいている。


「凄い威力…… さっきトレントにかけていたのは、魔力抵抗を下げるデバフだったのね。ファイヤーボールがここまでの破壊力になるなんて」


 キサラはマントで熱風を遮りながら、関心したように言う。


「ダレスが教えてくれたんですよ。苦手なところを得意な部分で補えって。わたしのデバフ魔法は攻撃魔法にだってなれる」


 メロは片手で帽子を押さえ、シャッと杖先を俺に向ける。火色に縁取られた輪郭。大きくなびくローブ。その姿は、昔聞いた冒険譚に出てくる魔術師そのものだった。

 

「これがわたしの魔法です」


「あぁ! 最高にかっこいいよメロ!」


「はい!」


 俺の言葉にメロは無邪気な笑顔で応えてくれた。


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