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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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32話 肉の味、夢の味


 弱まった焚き火に、アシュードは木片を投げ入れた。弾けるように音を立て、舞い上がる火の粉。その様子を、物憂(ものう)げに見つめるアシュードの瞳の中で、小さな炎が揺れている。


「俺はな、レムゴフって一族の出なんだ」


「やっぱり…… 攻撃できないっていうのは、そういうことだったんですね」


 フレンは一人納得したように呟く。


「フレンは本当に物知りだな」 


 感心したようにアシュードは微笑み、また一つ、木片を投げ入れた。


「そう。俺たちの一族は『生きてるものを傷つけてはならない』って掟がある。相手を攻撃することは、巡り巡って自分達に脅威が向くってのがご先祖様の教えなんだよ」


 アシュードは肩の力を抜くように息を吐く。そういえば、倒したアサルトボアの肉を剥ぎ取ったのはキサラだったし、調理した肉を取り分けたのはメロだった。アシュードがアサルトボアに直接手を下しているところを、俺は見ていない。

 

「この掟があるから、俺たちは魔物や盗賊に襲われても、一切手出しせず逃げることしかしてこなかった。ほとんど移動民族に近い生活だったな」


 復讐の連鎖というものだろうか。その根本を断ち切るには理想的なのかもしれないが、相手に依存している時点で無茶な考えだ。嫌悪感から、俺は無意識に眉根を寄せてしまう。


「そう睨むなダレス。俺も冒険者になって、俺たち一族が如何(いか)に無謀なことをやっていたのか、ちゃんと理解している」


「すまない、不快にさせる気はなかったんだが。俺にはとても受け入れられないと思って……」


「だいたいの人間はそう思うだろうさ。だが、俺はこの教えが間違っているとは思ってない」


 アシュードは消え入りそうな笑顔を見せたあと、器に盛られたアサルトボアの肉を見つめる。


「この掟にはもう一つ禁忌があってな。俺はそっちの方を破っちまって一族を追われたんだが」


 言いながらアシュードは豪快に肉へとかぶりつく。

 溢れ出た肉汁が、器へとしたたり落ちた。


「生きている物を食べてもいけねぇんだ。家畜だって魔物だって同じさ。俺はその考えをなんとか変えてやりたい」


 わかりやすく矛盾した光景を目の当たりにする。アシュードの一族が見れば、彼が今やっていることは大罪になるのだろう。だがアシュードにためらう様子は微塵も見えない。次々と肉を頬張る姿に強い信念すら感じる。


「どうしてそこまでやりたいんだ? 一族から追放されてるのに……」


「それが一族のためになると思ってるからさ」


 俺の問いに、アシュードは「うまい」とこぼしながら答えた。


「この掟があるから、俺たちが食べるものは野草や木ノ実が多くてな。逃げるのが当たり前の生活で、畑を作ったりなんてできねぇから、子どもの頃から大人に交じって食材探しに駆り出されてた。そんなある日だ」


 投げ込んでいた木片がバチバチと弾け、小さく火柱が立ちあがる。


「俺は、調子に乗って森の奥深くまで一人で潜っていって道に迷った。親に褒められたい一心で、その時は周りが見えてなかったんだろう。情けないことに足も怪我しちまって、もう一生帰れないと思った」


 苦い記憶を掘り起こしているはずなのに、アシュードの表情は不思議と明るくなっていく。


「空腹には慣れていたはずなんだが、さすがにこのまま死んじまうと思った。そんな時だった―― 目の前に魔物の死体が転がってたんだ」


 アシュードはまた肉にかぶりつく。


躊躇(ためら)いなく飛びついたさ。子どもの手でも簡単にもげるほど肉は腐っていたんだが、俺はそれを食った。もちろん火を起こして最低限の調理はしたがな」


 アシュードはゆっくりと天を仰ぐ。俺たちを筒のように囲む木々の間からは、輝く星々がよく見える。


「奇跡だと思った」


 そのまま空になった器に視線を落とすアシュード。


「一口で掟を破った罪悪感なんか吹き飛んでいったさ。臭みも取ってねぇ、下味も付けてねぇ肉だったのによ――」


 アシュードはどこか寂しそうに、けれど喜びを噛み締めるように言う。


「俺はあれ以上うまいもんに、出会ったことはない」


 少し共感できるものがある。俺もアシュード程とはいかないが、貧民街の暮らしで極限状態まで腹を空かせたことがあった。言葉にできないほどに辛く、苦しかった。その空っぽの胃を満たす何かは、どんな物だって至高の食事として記憶の中に残り続ける。アシュードも同じ気持ちだったんだろうか。


「なんとか命を繋いで俺は助かったんだが、その経緯(いきさつ)をバカ正直に両親へ話したんだ。そうしたら、なんて言われたと思う?」


 思い出したかのように陽気に笑い出すアシュード。片眉を上げ、試すような視線を俺とフレンに向ける。だが、俺たちは何も言えなかった。


「『一族の恥晒しが、お前はそこで死ぬべきだった』だとよ。ひでぇよな、親なら子供には何があっても生き抜けと言うもんだぜ」


 笑い話のようにアシュードは語るが、誰一人表情を緩める者はいない。


「幸い殺されることはなくて、大人になったら追放ってことでけりをつけることになった。そして一族を抜けることになった日、俺は決意したのさ」


 自分の胸をアシュードはドンと叩く。


「いつか俺と同じ感動を、みんなに味わわせてやりたい。もっと世界には幸せなことがあると知ってほしいんだ」


 アシュードの語る夢。つい先日、ローラも似たようなことを言っていた。


 だけど俺は、どうしてもその言葉を斜に構えて受け取ってしまう。それは自分が、この世界には希望がないことを今まで散々思い知らされてきたからで。


 レムゴフの一族の人には同情する気持ちは無いけれど、世界を知らないという意味では俺と似たような境遇にあるのだと思う。


 だとしたら――


「アシュード」


「どうしたダレス? そんなに改まって」


「俺にアシュードの夢を手伝わせてほしい」


 アシュードは面食らったようで一瞬固まったが、直ぐにニヤリと好戦的に笑う。


「それは嬉しいんだが、全部が全部、俺のためってわけじゃないような目をしているな」


 そう言われて閉じそうになった口をなんとか堪え、俺は自分の思いをアシュードに告げる。


「アシュードには悪いけど、この世界は希望も幸せもない、クソみたいなもんだと俺は思っていた」


「思っていた……?」


 わかりやすくアシュードは首をかしげたが、俺は肯定の言葉を返す。


「あぁ、今でもその気持ちは変わらない。だけど、こうやってパーティを組んでお金を稼げるようになって、少し世界が変わって見えるようになったというか……」


 言葉に詰まり少しの沈黙。やっぱり自分のことを話すのは得意ではない。


「とにかく俺も、幸せな世界ってのを見てみたいんだよ」


 アシュードはきょとんとした表情で俺を見つめた後、豪快に笑い出した。


「なんだそりゃ。俺はてっきり金の話になるのかと思ったぜ」


「笑うことないだろ、こっちは真面目に話してるんだ」


「そうだな。すまん、すまん」


 笑い涙をこすりながら、嬉しそうにアシュードは言う。


「じゃあダレスよろしく頼む。お前にも世界は幸福に満ちてるってことを教えてやるよ」


「その言葉忘れないからな」


 アシュードが岩のように大きな拳を俺に向ける。俺も同じように拳を作ってアシュードに応えてみせた。

 この世界に期待しているわけではないが、知らないことを知りたいという気持ちは、日に日に増しているようだ。


「もう! ダレスだけ、ずるいんだから」


 キサラは痺れを切らしたように、ふくれっ面で声を張る。


「私だってアシュードのこと手伝いたいと思ってたんだよ。だけど、今までアシュードが受けた仕打ちが許せないから、なかなか踏み出せずにいたのに。ほんとダレスは」


 未だ煮え切らないようで、キサラはぐぬぬと言った表情で俺を睨んでいる。ちょっと怖いぞ。


「わ、私も手伝うのは嫌じゃない…… というか、仲間として最低限のことはしてあげるべきというか……」


 モジモジしながらメロも名乗りを上げる。旧メンバーのキサラとメロを見て、アシュードは声を弾ませた。


「なんだお前ら、俺のことが好きなのか?」


「「それは違います」」


 しっかりと否定した二人に、アシュードは「だろうな」と余裕の笑みを見せる。こいつらなんだかんだ仲良いよな。


「ありがとうよみんな。たが、手伝ってもらうにしても、まずは金がないと話にならん。ばんばんクエストこなしてしっかり稼がせてくれよ」


「お安い御用です」


 華やかに微笑みながらフレンも応える。パーティメンバーはお互いの顔を見合わせ、静かに笑った。さっきまでの暗い雰囲気は、もうどこにも見当たらない。


「そんじゃ、食事も再開だな。まだまだ料理は残ってる、どんどん食ってくれ」


「はーい! じゃあさっそくおかわりもらいまーす」


「ちょっとキサラ! お肉ばっかり取らないでくださいよ」


「だって、おいしいんだから仕方ないじゃん、率先して食べてあげないと失礼だよ」


 鉄板の前で揉めるキサラとメロ。俺とアシュードとフレンは、またやってるよといった様子で表情をくずしながら、少し冷めた肉を口へ運ぶ。


 そしてただ一つ、率直に感じること。

 この肉だって、ちゃんとうまい。

 


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