18話 屋敷とメイド
「さぁ、着いたわよ」
ナターシャの声に合わせ、骨の馬車はドドドドと動かしていた客車から伸びる足を緩めていく。
立派な建物が並ぶ通りを抜け、窓から見えたのは、歴史を感じさせながらも薄汚いとは思わせない、手入れの行き届いた大きな屋敷。
王都の中央区のさらに奥、ここまで来たことは一度もないな。
「……もう、いや……」
リゼは力尽きたように、隣に座るサリーの膝の上へ倒れ込む。泣き叫ぶ一番下の妹をなんとかなだめて客車に乗せ、馬車を見た王都の人間の絶叫を聞きながら俺達は目的地にたどり着いた。
サリーは震えるリゼの頭をなでながら、正面で座るナターシャを凍りついた目で見つめている。
「二人ともほんと可愛いわね、これから楽しみだわ」
「可愛いのは俺も同意だが、変な気を起こすんじゃないぞ」
立ち上がって頬杖を付き、妹達をうっとり眺めるナターシャ。
隣で座っていた俺も、ナターシャの視線から妹達を隠すように、体を入れながら立ち上がる。
「もう着いたんだろ、出口はそっちだったよな?」
ナターシャは「はい、はい」と残念そうに返事をしながら窓に触れると、ガタガタと鈍い音を立てながら地上へ続く階段へと形を変えた。
リゼは目を丸くしながら悲鳴を上げ、サリーに抱きついている。もう少しだけ頑張ろうな。
ナターシャに続いて馬車を出ると、きめ細かい鉄格子が視界に広がった。
俺の背よりもはるかに高いアーチ状の建造物は、何物の侵入を許さない監獄を連想させる。
こんな門見たことないぞ、入ったら出れないとか言わないよな。
威圧感のある門に圧倒されながら階段を降りると、その前にちょこんと女の子が立っていることに気づく。
きれいにまとめられた髪、清潔感のある白いエプロン。その下に、身にまとっているのは黒を基調とした高級感のあるドレス。女の子らしいヒラヒラの裾が風で揺れる度に、つややかな膝頭が見え隠れしている。ふくらはぎをぴったりと包み込む白の靴下が収まるのは、人形が履いていそうな可愛らしい黒の靴。
これはあれだ、王都の中でも金持ちの家にしかいない「メイド」ってやつか? 前にガインからそんな話を聞いた覚えがある。
「あら、ネルンじゃない。今日はあなたがお出迎えしてくれるのね、ありがとう。後ろの子たちも中に入れるからよろしくね」
ネルンと呼ばれた少女はコクリと頷き、俺の方を見る。目が合った瞬間、背筋に冷気が走った。
引き結ばれた唇、感情のない死んだような目。
――これは……
ネルンは精巧な機械を思わせるような動きで体を反転させた後、門へ向かってそっと手をかざした。
キーッと耳を塞ぎたくなるような金属音とともに、門がゆっくりと開く。
ちなみに、ネルンは門に触れてはいないので、魔力か別の何かでこの巨大な扉を開けていることになる。恐らく前者だろうが……
「さぁ、あなた達もいらっしゃい」
ネルンを先頭に敷地内へと足を踏み入れる。
屋敷へと続くタイル張りの道を歩く度に、ナターシャの歩きにくそうな踵の高い靴はコツコツと音を鳴らす。
両脇には様々な色の花が植えられた花壇が並び、後ろではしゃぐリゼの無邪気な声が、場の緊張感をほぐした。
俺は上機嫌で歩くナターシャの隣に駆け寄り、頭によぎった疑念を耳打ちする。
「あのネルンって女の子、もしかしてサリーと同じなんじゃないか?」
「あら、さすがにあなたも気づいたみたいね」
ナターシャはニヤッと微笑み、茶化すように俺の鼻の頭に指をつける。
「可愛いからって取っちゃだめよ」
「そんなことするわけないだろ」
指をさっと払うと、眉を垂らしてナターシャはわざとらしく残念そうな顔を作った。俺は妹一筋なんだよ。
「お前、もしかしてとは思うが、あの女の子……」
核心に触れようとしたところで、先頭を歩くネルンが屋敷の玄関にたどり着いた。ネルンは重厚な扉に向かって手をかざすと、門と同様に触れることなく屋敷への入り口が開かれる。
広いエントランス、正面には大きな階段、その手すりには金色に輝く装飾が施されている。天井には存在感のある特大のシャンデリア。
そして――
「みんな、ただいま」
ナターシャの声に合わせ一斉にお辞儀。俺たちを出迎えてくれたのは、ネルンと同じメイド姿の女の子が四人。背丈は違えど、ぱっと見る感じ年齢は俺と同じくらいか……
二手に分かれ、入り口から階段まで伸びる赤い絨毯を挟むように等間隔で並んでいる。
ガシャンと扉が閉まると、ネルンも右側の列にひっそりと加わった。その間をナターシャは優雅に歩くが、俺は分かりやすく足を止める。
「おい、ナターシャ」
「あら、どうしたの?」
振り向きざまに絹のような髪がさらりと揺れる。
「この子たちは死んでるんだろ? お前が手を下したのか?」
「そんなこと気にしてたの」
唇に指を当て、いつものように悪い笑みを向けるナターシャ。
「答えろよ」
威勢よく啖呵を切ったものの、ナターシャの見下すような目に生唾を呑む。
たとえ俺の質問通り、ナターシャがこの子たちを殺めていたとしても、俺にはこいつを裁く資格なんてないしその力もない。部外者なんだから、このまま関わらずにそっとしておくのが正しい判断なのだろう。まして、俺たちの事を助けようとしてくれている相手だ。
――でも、何の罪も犯していないのにナターシャによって殺されたのなら、ガインのように不条理な死を迎えたのなら…… 俺は何も言わずにここで過ごせるほど、出来た人間じゃない。
「私が答えるまでもないでしょ。あなたが直接、この子たちから聞けばいい」
ナターシャは首をかしげ手を差し伸べる。同時に、五人のメイドが顔を上げ、俺は一斉に視線を浴びた。
皆、サリーと同じ、凍りつくような冷たい目。
彼女たちは直接喋ることはできないが、ネクロマンサーには死者の声を聞く力がある。「死者は嘘をつかない」ナターシャが言っていた言葉だ。初めて死者を呼び出した時に、それが紛れもない事実であることを、俺は強く実感していた。
目を閉じ、俺の事を囲んで睨む彼女たちへ意識を向ける。心の奥底を覗き込むように。
……? 予想していたよりも明るく楽しそうな声……
五人もいるからか、声が混ざって内容が聞き取りづらい。俺は気持ちを落ち着かせ、一人ずつ意識を向けてみる。
『やばい! あの子達めっちゃ可愛いいんですけど!?』
……へ?
俺は間の抜けた顔でメイドたちに視線を巡らす。




