17話 夜の孤児院
「サリー! 薬持ってきたぞ!」
「こら、ダレス! 静かにしなさい―― って、あなたなんて格好してるの!」
孤児院の寝室。ノックせずに中に入ると、開口一番、俺はマリエラ先生からお叱りを受けた。
鼻が慣れたせいで忘れかけていたが、袖の破れた一張羅には、デザートウルフの返り血が所々に染み付いている。
レーゲの病を治す薬を手に入れた俺は、ナターシャと共に王都へ戻ると、全速力で夜道を駆け抜け孤児院へと向かった。
少しでも早くサリーを苦しみから解放してやれるのなら、マリエラ先生からの叱責なんて今はどうでもいい。後で謝ればいいだけなのだ。
「サリーわかるか、薬だ。これを飲めば元気になるぞ」
「ちょっと、やめなさいダレス。サリーはようやく眠ったとこなんだから」
急いで駆け寄る俺を、マリエラ先生は椅子から立ち上がって止めた。窓際に寄せたベッドで、サリーはすやすやと眠っている。
机に置かれたランタンの灯が揺らめき、サリーの頬を照らす。
サリーの顔全体にまで赤いひし形模様が広がっていた。レーゲの病は今朝より進行している。
「マリエラ先生、早く薬をサリーに」
「さっきから薬って、どんなに高価な物かわかって――」
俺がポケットから黄金色に輝くポーションを取り出すと、マリエラ先生は目を丸くして言葉を失った。
マリエラ先生は口にそっと手を当てると、返り血の付いた服を疑うような目で見つめる。
「あなた、まさか……」
「な、何もやましいことはしてませんよ。ちゃんとした取り引きで手に入れた薬です」
言葉が上ずってしまった。でも、俺が悪いことをしていないのは事実だ。
「マリエラ先生、信じてください」
「どんな取り引きをしたか説明できる?」
「それは……」
マリエラ先生が俺に詰め寄る。切れ長の目からは心配の色が垣間見えた。
どうしようもない罪悪感に負けた俺は、そっと視線をそらしてしまう。
荒野からの帰り道。ナターシャから取り引きのこと、何より、自分がネクロマンサーであることは誰にも言うなと釘を刺された。
治安の悪い貧民街で金の話が御法度なのは言うまでもない。それに加え、『死者を呼び出す』という能力自体を忌み嫌う連中が多いから黙っていろと。
ネクロマンサーの話ができないとなれば、薬の入手方法をマリエラ先生に説明するのは困難になる。
「……伝手ができたんです、本当に…… マリエラ先生やサリーを悲しませるようなことはしていません」
「あなたね!」
マリエラ先生の口調が荒くなる。目の下には線を引くように薄い隈があった。
「……お兄ちゃん、いるの?」
サリーの隣のベッドで眠っていたリゼが、上半身を起こし目を擦る。大きくてクリッとした目は半分も開いていない。
サリーの二つ下で、十一歳の妹。優しいリゼの事だ、一日中サリーに付きっきりで疲れていたのだろう。
「ごめんねリゼ、起こしちゃって。さぁ、ゆっくりお休み」
マリエラ先生は薄い布団をかけ直し、椅子に腰を下ろす。胸の上に手を置き心地よくリズムを刻むと、次第にリゼの瞼が重くなっていく。
「……お兄ちゃんを信じてあげて……」
小さな唇の隙間から漏れた言葉に、マリエラ先生の手が止まる。
先生は何か言いかけたが、スヤスヤと寝息を立てるリゼを見て口を結び、頬を緩ませた。
「ありがとう、リゼ」
囁くようにマリエラ先生は感謝を伝える。心なしか、リゼの寝顔は笑っているように見えた。
「リゼに言われたら仕方ないわね」
マリエラ先生は溜息をつくと、ゆっくり立ち上がって力強い眼差しを俺に向ける。
「別にダレスのことを疑っていたわけじゃない、私はこの子たちを守らないといけないから。お金の絡む話は特に心配なのよ」
「わかっています」
「本当にわかってる?」
そう言ってマリエラ先生は俺の前に歩み寄り、体をギュッと抱きしめた。
リゼにしていたように、俺の背中をトントンと叩く。外気で冷え切った体温が、心が、体の芯から温まっていく。
「守らないといけないのは、ダレスも含まれているのよ」
温かい目でマリエラ先生は俺の顔を見つめる。先生がニコッと首を傾けると、一つに結ばれた長い髪が静かに揺れた。
「色々と大変だったのね、辛かったでしょう」
「……っ、はい…… はい……」
張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れたようだった。
母さんが死んで、働いても報われなくて、ガインもいなくなって。
サリーが病気になって、薬のためにネクロマンサーになって――
押し込めていた感情が、涙となって表に出た。
「マリエラ先生…… 俺は、俺は……」
「大丈夫よ…… 大丈夫」
マリエラ先生は優しく俺の頭を撫でる。溢れ出る全てを、体と一緒にマリエラ先生へ預けた。




