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貧民街のネクロマンサー 〜妹たちとの幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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15話 妹を救える自分に


「成功、したのか……」


 鎧に包まれた巨体が、大地の裂け目から這い上がる。


 纏(まと)わりついた土がこぼれ落ち、周囲に土煙が漂った。右手に握った両刃の大剣を沈みかけた夕陽が赤く染めている。


 こいつがスケルトンだと理解できたのは、肘と膝は鎧で覆われず、白いゴツゴツとした骨が剥き出しになっていたからだ。その歪(いびつ)なシルエットに、普段の自分なら恐怖を覚えたことだろう。


 だけど今の俺は、目の前に立つ彼の背中を見るだけで胸が熱くなった。『不条理に抗う』という、同じ信念で通じあえていると思えたから。


 対峙していた三匹のデザートウルフは一瞬怯んだだけで、息をつく間もなく、その中の一匹が飛びかかってきた。


 俺は落ち着いて、両腕から指先までに神経を集中させる。


 脳裏に浮かんだのは、ナターシャがスケルトンになったガインを、無理矢理に動かした光景だった。


 だが彼には粗い操作は必要ない。


 俺が右手を握ると、連動するように鋼の手甲で包まれた右手が大剣を強く把持した。人の体よりも大きな剣を、呼吸を合わせて振るう。


 横薙(よこな)ぎ一閃。


 俺が体へ巻き付けるように曲げた右肘を伸ばすと、大剣は大きな弧を描いた。デザートウルフの口を裂き、その体が空中で二つに分かれる。


 飛びかかった勢いのまま、デザートウルフの肉片が辺りに散らばった。


 次に視界に入ったのは、無惨な仲間の姿に臆せず、両側から迫る残りの二匹。


 右方から突進するデザートウルフ目掛けて剣を振り下ろす。


 相手は避ける様子もなく、巨大な刃は頭部から胴体を簡単に切り裂いた。

 血に塗れた剣は慣性を保ったまま隆起した岩に激突し、鈍い音を響かせる。


 最後の一匹は、無謀《むぼう》にも剥き出しの白い左肘に喰らいつき宙に浮いていた。鎧を狙うよりは効果的かもしれないが、巨大な骨はびくともしない。


 虫を払うように俺が左手を振ると、連動するようにスケルトンも長い腕をしならせ、デザートウルフを地面に叩きつけた。


 甲高い声で鳴き伏せる体に剣を突き刺す。獰猛な瞳から、光が失われていった。


 玉砕的な特攻。一度号令がかかれば、その身を賭(と)して行動するのは軍人も獣も同じなのだろう。


 心を捨て、目的のために未練を残さず散っていった者もいるのかもしれない。それが正しい選択だったのかは、生き残った側にしかわからないのに。


 ただ――


 頭の中で死者たちの悲鳴が強く響く。


 この戦場で死んだ者は皆、自分の最期(さいご)を嘆いている。


 荒野に吹き出した冷たい風を切る音、跳ねる小石に荒い息遣い。数多(あまた)の警報音が、感傷に浸っていた俺を現実に連れ戻した。


 ――まだあいつがいた。


 ちょうど真後ろから感じる殺気に満ちた視線。振り向くと、群れのボスであるデザートウルフが、岩壁を下り一直線に突っ込んでくる。


 これで全部終わらせる。


 俺が両手を緩やかに動かすと、スケルトンは巨体を揺らしながら俺の隣まで前進した。だが……


「なんで? どうしたんだ?」


 ドシッと大地に膝をつき、大剣が手から滑り落ちる。スケルトンの反応が、完全に途絶えた。

 穴の開いた目は夕日に染め上げられた大地を向いたままで、俺が無我夢中で腕を振っても、指先一つ動く様子はない。


「ぐっ……」


 急激に視界がぼやけ、激しい頭痛が俺を襲った。これは…… 


 ザッザッザッと、地を駆ける四本の足音がそこまで迫っている。


 どうする…… ナターシャに今度こそ助けを……


 違う、それじゃだめなんだ。


 俺はなんとかスケルトンに近寄り、横たわる大剣を両手で掴んだ。何とか柄の部分は持ち上がったが、剣先は地面から離れない。

 

「俺だけ逃げるわけにはいかないんだよ!」


 あいつを倒して、強い自分に。妹を助けることのできる兄に――


 片足を前に出し、半身になって腰を落とす。切っ先を体の後方へ向けたまま、俺は大剣を強く握り直した。


 チャンスは一度だけ。飛び込んできたところに渾身の一撃をかましてやる。


 地面を蹴りながらデザートウルフは姿勢をさらに低くした。跳躍の前動作だ。さっきの三匹で見た光景が、脳にしっかりと焼きついている。


「ここだぁ!」


 前に突き出した足を大きく上げ、体ごと重心を後ろへ。そのまま大地を割る勢いで足を踏み下ろす。

 前方への推進力を生かして体を回転させると、持ち上がらなかった大剣が宙に浮いた。腕の力ではなく、全身で剣を振るう。


 刀身が俺の視界に入り込んだ時、デザートウルフは正面で飛び上がり、大きく口を開いた。


 完璧なタイミング。突き出した右足を軸に、俺は大剣を全力で振り抜いた。だが――


「なに……!?」


 全体重を乗せた一振りに手応えはなかった。力強く空を横に裂いた刃は地面に激突し、今度は俺が剣に振り回されるようにして大地に転がった。


 なんとか受け身を取り、デザートウルフがいたはずの方向へと目をやる。


「えっ……」


 瞳に入り込んだのは、咀嚼した物を通す暗い喉と、その暗闇を取り囲むように生えた鋭利な牙だった。


 歯に付着した残りカスまでくっきりと見える。それだけで、自分の状況を察するには十分だった。


 決死の攻撃は回避され、今まさに反撃を受ける直前。


 今思えばあんな見え透いた攻撃、避けられて当然か。その後の流れるような反撃。流石は群れを束ねるボスだな……


 今となってはどうでもいい考察が頭の中を駆け巡る。


 死ぬ前には走馬灯が見えるなんて誰かが言っていたけど、何も浮かばないじゃないか。


 最後に家族の顔が見たかったな…… 


 諦めて目を閉じかけた時、消え入るような声が風に混ざった。


「おいで―― アドニス」


 その瞬間、目の前に謎の上昇気流が発生した。伸びすぎた俺の前髪が天に向かって持ち上がる。


 一瞬の出来事に、この目を、自分が生きていることすら疑った。


 目と鼻の先。俺を捕らえたはずのデザートウルフが、地中から伸びる剣に突き刺さり宙に浮いている。


 

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