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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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15/51

15話 どんな手を使ってでも


「久しぶりに来た気がするな……」


 王都にぽつんと存在する貧民街の共同墓地。貧民街にありながらもゴミが散乱することなく、まばらに生えた雑草が静かに揺れている。


 孤児院の直ぐ側にある共同墓地には、次から次へと死人が運ばれる。

 身寄りのない人も多く、死者が雑に埋葬されるなんて日常的なこの場所。墓石なんてものは一つもない。

 ただ、中央に構える大きな石碑には、一人一人しっかりと故人の名前が刻まれている。


 もちろん母さんの名前も――


「あら、ダレスじゃない」


 物置小屋の影から聞き慣れた甘い声。思わず身震いすると、声の主は薄ら笑いを浮かべる。相変わらずこの声には慣れない。


「ナターシャか……」


「そんな嫌そうな顔しないでよ、私たちの仲じゃない。それで、妹は助かったの―― あら、これは、ご愁傷様」


 俺をネクロマンサーにさせた女。

 ナターシャはサリーの顔を覗き込むと、両眉を垂らし、あからさまに心配していますよといった表情を見せる。


「だからそんな顔しないでって、薬はちゃーんと本物だったんだから」


 人指し指をピンと伸ばし、得意気に語るナターシャ。この表情の切り替わり。さっきの心配の色は、嘘で間違いないだろう。


 だが、確かに薬は本物だった。改めてその事実を認識すると、頭の中に罪悪感が広がる。


「お前はここで何してるんだよ、墓参りか?」


「それもないことはないけど、それより……」


 言いながら俺の足元を、悪い笑みで見つめるナターシャ。


「この可愛い女の子は誰なの? お姉さんとーっても気に入っちゃった。お名前言えるかな?」


「やめろよ」


 姿勢を落として近寄るナターシャに、リゼは俺を盾にするようにして距離を取る。服の裾を強く握る手は震えていた。


「俺の妹だよ。色々あって疲れているから、そっとしておいてくれ」


「あら、残念ね」


 微笑みながら手を振るナターシャに、リゼは嫌悪感をむき出しにする。その反応は正しいぞリゼ。それに、あんな奴は教育上よくないから、元気な時でも妹に会わせるつもりはない。


「恐かったろリゼ。お兄ちゃんが守ってやるから」


「あら、リゼちゃんて言うのね」


 ――しまった。まさかの凡ミス。まぁナターシャとの関係は、いつか話さないといけないなと思っていたが……


 黒いローブの袖を揺らしながら喜ぶナターシャに、冷たい視線を向ける。


「で? 本当の目的は俺なんだろ、悪いが今日だけは勘弁してくれ。家族だけでサリーを見送りたいんだ」


「勿論そうしてあげたいんだけど…… そういうわけにもいかないみたいよ」


 俺たちの来た道へ視線を移すナターシャ。サリーを抱えたまま振り向くと、赤髪の目立つ男が、ガラの悪い二人組を連れて向かってくる。


「フレッドさん……?」


 炭鉱で共に働いた貧民街の仲間。面倒見の良い、俺たちの兄貴分。

 目が合うと、フレッドさんは険しい表情のまま笑みを浮かべ歩調を速めた。身に着けた季節外れのコートが雑に広がる。

 フレッドさんは瞬きもせずに俺を睨んだまま、静かに(ふところ)へ手を伸ばした。


「……!?」


 黒ずんだ(さや)を投げ捨て取り出したのは、前腕ほどの長さの鋭利な短剣。

 フレッドさんは剣先をちらっと見ると、嬉しそうに口角を上げ目線を俺へと戻す。


 今にも襲いかからんとする血走った目に、俺の背筋をゾクリと冷気が撫でた。


「ダレス!!」


 静寂な墓地の空気を一変させる怒号。


 フレッドさんは血走った目で、俺に向かって突き進む。一歩一歩近づく度に、血管の浮き出た手で握った短剣が日光を乱反射させた。


 両腕に抱えたサリーを(かば)うように半身になり、足元でくっついているリゼを俺の影に隠す。


「どうしたんですか、フレッドさん! 落ち着いてください」


「黙れ!」


 歩みを止め、俺に向け短剣を突き出すと、後ろの二人組が慌ててフレッドさんに近寄った。


「まぁ、落ち着けよフレッド。それは最終手段って話だろ」


 背の高い痩せた男がフレッドさんの肩に手を回す。


「だけどよ!」


「まぁ、まぁ、話が着いたら好きにすればいいじゃないか」


 背の低い馬面の男がなだめると、フレッドさんは渋々、短剣を降ろした。


 わけが分からずナターシャに目をやるが、男達を品定めするように見つめているだけで、話になりそうにない。


「ダレス君…… っていったかな。君はとても高価な薬を持ってたみたいだね」


 馬面の男が、無理に口角を引き上げた笑みを作り歩み寄ってくる。

 俺がレーゲの病を治す薬を持っていたのをなぜ知っているんだ―― 


「そんなの知りませんよ」


「嘘ついてんじゃねぇよ! 裏切り者が!」


 身を乗り出して声を張り上げるフレッドさんを、痩せた男が優しく抑える。


 ここまで詰めてくるだけあって、見え透いた嘘は通じないらしい。薬のことはマリエラ先生なら喋らないはずだし、それに裏切り者ってなんのことだ。


 馬面の男が苦い顔でフレッドさんに目を向けた後、理解の追いつかない俺に話を続ける。


「いやぁー、荒々しくてすまんね、だけど嘘はいかんよダレス君。実は昨日の夜、君が薬を持って孤児院に入っていくのを見た人がいるんだ」


「っ……!」


「その後、早朝に孤児院のマリエラが薬を売りに来たってのを耳にしてね。()()に住んでる連中は金目の話には敏感だから……」


 薄い頭皮をかきながら、馬面の男は申し訳無さそうな顔をする。


 ――薬をみられていた? 


 確かに黄金(こがね)色に輝く薬は、灯りの少ない貧民街でよく目立つ。くそっ…… 注意してたはずなのに。


「聞けばその薬は金貨二枚もの価値があったそうじゃないか。貧民街で生きる仲間同士、おいしい話は共有しないと、ね?」


 サリーを支える手に力が入る。

 仲間? 共有? 剣を突き出しといて何を言ってる。こっちがどんな思いで薬を手に入れたと思ってるんだ。


「言ってる意味がわかりませんね。例え薬を持っていたとしも、あなたに教える義理はないです」


「やっぱりコイツは殺すべきだ!!」


「落ち着けフレッド! 少しは情報を聞き出さないと」


 暴れるフレッドさんを痩せた男が制止させる。このままじゃ衝突は避けられない。

 俺は一人だけ眼の色が違う顔なじみの兄貴分に、一寸の望みを託す。


「フレッドさん! なんでこんなことを、一体何があったんですか?」


「お前! 本当に死にてぇのか!!」


 痩せた男を振り切り、フレッドさんは再び短剣を突きつける。すでに交渉の余地がないことを俺は静かに悟った。


「ダレス! お前が炭坑で働いたときは世話焼いてやったのによ! 自分だけこそこそ金儲けしやがって。どうせ、一緒に働いてた連中のことを見下してたんだろ!」


「そんな、見下してなんか…… フレッドさんには感謝してます、それに金儲けなんてしてません!」


「いいかげん黙れよお前!!」


 威嚇するように短剣を振り回すと、シャッシャッと空を切る音が墓地に響く。息を荒くするフレッドさんの目尻には光るものが見えた。


「俺はよぉ…… お前がクソムカつくガドックの奴をぶっ飛ばした時、本当に気持ちが救われたんだ」


 炭鉱での仕事を終え、不条理な扱いに激昂(げきこう)した俺は、現場を仕切っていたガドックを殴り飛ばした。

 今でもその感触は右手にしっかりと残っている。


 ただ、それがきっかけで親友のガインが殺されて……


「ガインの事は気の毒だったが、お前ら二人は俺達、貧民街のみんなに光を与えた。言いなりでは駄目だめだと、声を上げ行動することが必要なんだと…… なのに――」


 フレッドさんの唇は震えていた。ここにいる誰よりも大きな体が小さく見える。弱った心をそのまま反映させているように。


「あの時のお前は嘘だったのか……? いや、もう決まりだ…… 一人だけ金持って、俺達のこと見下して…… 裏切り者…… 裏切り者……」


「だから、フレッドさん! 俺はそんなこと!」


 フレッドさんは足下に視線を落とし、呼びかけに全く応じなくった。うなだれるような姿勢だが、鋭利な刃先だけはしっかりと俺に向けられている。


 なんと声をかければよいのか言葉を選んでいると、隣からパンパンと場を仕切るように手を叩く音。


「そんなつまらない話はさっさと終わらせてくれない?」


 ナターシャはあくび混じりに、ゆっくりと俺の前に立つ。男三人と俺の間に割って入った形だ。


「後ろの二人はお金が欲しい、赤毛のお兄さんはダレスに復讐したい、簡単なことじゃない」


 いきなり入ってきて何なんだこいつは。嫌な予感しかしないぞ。


「いやいや、無視して話を進めてすまないね。お嬢さんはダレス君の知り合いかい?」


 馬面の男はナターシャの足下から舐め回すようにして視線を上げる。平静を装う顔を作ってるつもりかも知れないが、しっかりと鼻の下は伸びたままだ。


「うーん? そうね……」


 少し考え込むふりをして一回転。黒いローブの裾をふわりとなびかせ、ナターシャはサリーを抱えた俺の右腕に、絡みつくようにして手を回す。


「ダレスは私の男よ」


「なっ……!? 何言ってるんだお前……」


 張り詰めた空気に異物が混ざる。こいつ一体この場をどうするつもりだ。


 振りほどこうにもサリーを離すわけにもいかない。

 変な汗が流れ落ちるのを感じながらも、仕方なくナターシャに身を委ねる。


「この子を振り向かせるために薬を貢いだの、それに……」


 ナターシャはローブの袖に手を入れると、何かを握りしめ顔の横へ持っていった。

 閉じた手を見せつけるように素早く開き、親指から三本の指で二枚の硬貨を挟んで披露する。


 眩い光を放つ、本当に目が(くら)みそうな硬貨を――


「き、金貨じゃねぇか!」


 痩せた男が声を張り上げ、目を丸くする。


 金貨は生まれて初めて見たが、男達の慌ただしい反応を見る限り、本物で間違いないのだろう。


「でもね、私って弱い男は嫌いなの。だからダレスに勝てたらこの金貨をあなた達にあげるわ。ほら、復讐もできてお金も手に入る。私は強い男を見つけられるし、みんな幸せ。これで退屈な話はおしまいね」


「お前な―― っ……!?」


 視界を通り抜けた光る物体。ナターシャは軽く体を傾け、最小限の動きでそれを回避する。


 乾いた土に転がったのは、手のひら程の刃渡りをもつナイフだ。


「外した? そんなバカな…… 普通の動きじゃなかったぞ」


 痩せた男の驚きを隠せない顔を見て、ナイフの出どころを認識する。金があるとわかった途端に迷いのない行動。どうやら、人を襲うのは初めてではないよう

だ。

 ――だが、ナターシャには敵わないだろう。


「熱烈な愛情表現をありがとう、積極的な男は嫌いじゃないわ。だけど、ちゃーんと話は聞かないと、特に女の子の話はね」


 挑発するように視線を向けるナターシャ。痩せた男が苦い顔で懐に手を伸ばすのを見ると、ケラケラ笑いながら甘ったるい口調で釘を刺す。


「私と()()()やり合おうって言うなら止めないわ。だけど、戦うのは嫌いなのよね」


 またくるりと回って俺の腕にくっつくナターシャ、肘には柔らかい感触。


「か弱い私のこと、守ってくれるよね? ダレス?」


「お前がか弱いなんて冗談だろ、俺は戦わないぞ」


 上目遣いで甘えるナターシャに吐き捨てると、彼女は不機嫌そうに唇をとがらせ、俺の腕から離れていった。


「ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇら! 金があるならもう聞くこともねぇな!? なぁ!?」


 激しく(まく)し立てるフレッドさんに、二人の男は無言で首を縦に振る。


「なぁ、ダレス。お前は大事な俺の心をボロボロにしたんだ…… だったら、お前の大事な妹に何かあっても文句言えねぇよな……!」


「そんな…… 妹は関係ないでしょ」


 俺の声が届くわけもなく、最悪の結末が駆け足で迫ってくる。俺はどうなったっていいが、リゼだけでも助けないと。


「リゼ! 墓地の裏から回って孤児院まで走れ! ここは俺がなんとかするから!」


「嫌だ!」


 服を握った手を緩め、リゼは後ろから俺に抱きついた。小さな体からひしひしと熱が伝わる。


「お兄ちゃんまでいなくならないで! 私を一人にしないで……!」


 悲痛な叫びが胸に突き刺ささる。そうか、俺だけじゃない、リゼも同じ気持ちなんだ――


 大切な家族を失いたくない。それは(おのれ)を犠牲に達成しても、残された者が絶望して生きることになるなら。自分だけのエゴでその選択をしてはいけない。


 大切な人を守るというなら、最後までその人が笑って迎えられる結末を望むべきだ。


「リゼ! ちょっと目をつむってろ!」


「えっ……? わかった!」


 俺が今からやろうとしていることを、リゼには見てほしくなかった。リゼだけは変わらないままでいてほしい。

 目を閉じると墓地に住まう死者たちの声が、濁流(だくりゅう)のように頭の中へ流れ込む。


「なめてんのか!? おい! 」


 フレッドさんの張り上げた声と、迫る大きな足音。


 この窮地を打開する方法は…… 頭の片隅に置いていた選択肢を無理矢理引っ張り出す。俺の声に一番共鳴してくれるのは――


 今だけ力を、リゼを助ける力を貸してくれ。


「行こう、サリー」


 全身を駆け抜ける疲労感。なのに、サリーを抱えていた腕に重みを感じなくなる。


 そっと手を離すと、片足からふわりと小さいつま先が接地し、二本の足は、病に(むしば)まれて弱った体をしっかりと支えた。

 スカートから覗かせた素足には、目を背けたくなるほどに広がったひし形の紅斑(こうはん)が何も無かったように消えている。


 成功した―― 


 安堵感と同時に、助けたかったサリーの背中を見ると、何故か涙が込み上げてきた。

 だけど今は気持ちを抑えなければならない。俺の声に応え、目覚めてくれたサリーと一緒にリゼを守るために。


 

 

 

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