113話 荒野へ3
ライロを含む怪我人たちを、俺たちは無事にロイデール騎士団へと引き渡すことができた。
強烈な魔力を放って登場したギルラークのおかげで、騎士たちの恐怖心がわずかながらでも拭えたからだろう。さすがは騎士団長といったところだ。
「もてなす準備もできず申し訳ないが、まぁ、楽にしてくれたまえ」
騎士団の野営地から少し離れた岩石地帯。
ギルラークは柔らかく笑みを作り、ゆるりと手を広げる。俺とアシュードとメロは、地面から突き出た岩に並んで腰を下ろした。ちなみにサリーは、ここに着いた時から一番大きな岩に座って俺たちを見下ろしている。
「ここなら誰にも話を聞かれる心配はない」
ギルラークは片膝を立てて跪き、左胸に手を当てる。岩肌の切れ目から射し込む陽光で、白銀の鎧がキラキラと輝いた。その洗練された所作に、俺は息を呑む。
「部下たちを救ってくれて、本当にありがとう」
「いや、その……」
想定外の出来事に、俺はみっともなくたじろいでしまう。ギルラークから感謝されるなんて、思ってもいなかった。
「なに下向いてんだよダレス。俺たちは冒険者として当然のことをしたまでだ」
アシュードはジトリとした視線を俺に向ける。
「そうですよ。わたしたちは当然のことをしたまでですから、おじさんもそんなに畏まらなくていいですよ」
「お前はここに来るの反対してなかったか?」
「あぁもうアシュードは……! 余計なことは言わなくていいんですよ」
アシュードとメロの軽口に、ギルラークは笑みを混ぜた吐息をもらして立ち上がった。
「私はロイデール騎士団、団長のギルラークだ。部下たちの非礼も許していただけると助かるのだが……」
「問題ないぜギルラークさん。あの爆発の後で無理もない。あんたの部下たちは、ちゃんと仕事をしていただけだ」
口角を上げるアシュードを見て、どこか安心したようにギルラークは白い眉を下げた。
「自己紹介がまだだったな。俺はシルバーランクの冒険者、アスタウンド・バナド――」
「このでかい筋肉の塊はアシュードっていいます。わたしはメロ、見ての通りの魔法使いです」
「おい、まだ途中だろうが」
「アシュードの自己紹介は長すぎるんです。簡潔に紹介してあげたわたしに感謝してください」
視線をぶつけあう二人に、ギルラークは声を上げて笑う。
「いい仲間を持ったな、ダレス君」
「そう…… ですね」
頬をかきながらも、俺は噛みしめるように呟いた。
「やはり君は、彼らと一緒にいるべきだな」
俺の瞳を覗くギルラークの眼差しは、ほんのりと哀れみを含んだものだった。
冒険者として、アシュードとメロ、フレンとそれにキサラも…… みんなで一緒に歩いていける道もあったのだろうか。
だが現実が甘くないということは、俺が一番よくわかっている。
「でも俺は、冒険者の前にネクロマンサーなんです。けじめをつけるためにここまで来ました」
腹の底から迷いなく出た言葉に、ギルラークは一瞬目元を和らげた後、表情を引き締める。
「ならば目指す場所は同じようだな。今度こそ、共に戦ってくれるかね」
「任せてください」
俺は立ち上がって歩み寄り、ギルラークに右手を差し出す。
ギルラークは嬉しそうに俺の手を握った。
「今すぐ攻め込むんですか!?」
悲鳴にも似たメロの叫びが、隣に座った俺の鼓膜をキーンと揺らす。「もう少し静かにしろ」と、アシュードは両耳を塞いだままメロを睨んだ。
「その通りです。むしろ、もうすでに騎士団は動き出している」
「そんな…… かなりの被害を受けたんじゃないんですか?」
「戦力の七割は失ったでしょう。だが今やるしかない」
俺が問いかけると、ギルラークは岩に腰掛け、絡めた両指の上に額を乗せる。
「ネクロマンサーとの戦いは時間が勝負なのです。我々生身の人間は、傷つけば回復に相応の時間がかかる。だが、不死の軍勢は魔力さえ注がれれば、手足を失おうとも立ち上がるのです」
俺の隣でメロがごくりと生唾を飲んだ。
「先ほどのスケルトンの爆発は、我々騎士団に壊滅的な被害を与えました。だが同時に、諸刃の剣でもあったのでしょう。粉々に吹き飛んだスケルトンが、復活して襲ってくる気配はまだありません」
「相手も予想以上の威力だったってわけだ」
顎をさすりながらアシュードが言うと、ギルラークは顔を上げて重々しくうなずく。
「だから今しかないのです。スケルトンが荒野を埋め尽くす前に、勝負を決める必要がある」
ギルラークの鋭い眼差しに、俺たちは気圧され沈黙した。
この場の全員がギルラークの戦略が最善だと理解しただろう。だが最善の手であっても、勝率は高くないことは目に見えている。用意周到なナターシャのことだ、骨の城の中に誰もいないなんてことはありえない。
「作戦は理解した、だがあの爆発はどうする? スケルトンが現れたら近づくのは自殺行為だぞ」
眉をひそめてアシュードが問いかけると、ギルラークは脈動するように赤く光る石の欠片を取り出した。
「名をスピーグルといいます。込められた魔力が失われると爆発する鉱石です。これが荒野のあちこちに散らばっていました」
「じゃあその石でスケルトンを爆発させたってことですね」
「いえ、少し違います」
全てを察したように告げるメロ。しかし、ギルラークは首を横に振る。
「あらかじめスケルトンの体にスピーグルを仕込んでいたのでしょう。スケルトンは倒れると、術者からの魔力が少しの間途絶えます。それを引き金に爆発を引き起こしたはずです」
「じゃあ、スケルトンを攻撃できねぇじゃねぇか」
アシュードは太い腕で、ドンと自身の座っている岩を叩く。
「そうなります。倒さずにスケルトンを止めるしか方法はないでしょう」
「いや、それも厳しいと思います」
俺は、大きな岩の上でゆるゆると首を左右に振るサリーを見上げる。
「ナターシャならスケルトンへの魔力供給を意図的に断つことができるはずです」
繊細な魔力操作が可能なナターシャなら、スケルトン一体だけ魔力を遮断することなど造作もないだろう。いとも簡単に、歩く爆弾の出来上がりだ。
「貴重なネクロマンサーの意見ですな。これではスケルトンを無力化したところで、爆発を防いだことにはならないと」
「どうしようもないじゃないですか……」
メロは帽子の上から両手で頭を抱え込む。
「そんなやばい鉱石ならかなり貴重なもんだろ、敵も数は持ってないんじゃないのか?」
期待を込めるような口振りでアシュードは言うが、ギルラークは渋い表情を返す。
「骨の城のすぐ後方にある山脈はスピーグルの産地です。ナターシャがあの場所に城を建てたのは、スピーグルの供給を絶やさないようにするためでしょう」
アシュードの舌打ちが響く中、ギルラークは冷静に言葉を紡ぐ。
「スピーグルの採れる鉱山は、モルジス王国のランドハイムという貴族が管理していたと聞いております。十日以上も前から消息不明との情報があったので、ナターシャに手をかけられたのは間違いないでしょう。その時に我々が動き出せていれば……」
「――ちょっと待ってください」
思いついたように口を開いた俺に、アシュード、メロ、ギルラークの視線が集まる。
鉱山、ランドハイムという二つのキーワードが、俺の頭の中でカチッとはまって一つの情景を作り上げた。
「俺なら骨の城の中に安全に入ることができると思います」
「本当か!?」
すがるような瞳を向けるギルラークに、俺は確かな自信を持って首を縦に振った。
「俺は冒険者になる前、ランドハイムの鉱山で働いていたんです」




