番外編 6 魔女の王妃
私達はお互いの思いを確め合った。
その後、チャーリーは『一ヶ月後に迎えに来る』と言ってこの家を出た。
……森で暮らす世間知らずの私でも、唯一の王太子であるチャーリーの妃になるという事が、難しい事だと分かっていた。
私はただの、いやむしろ……出来損ないの何にも持たない魔女だ。
王となる人の妻になるのは難しいだろう。
ただ、チャーリーに辛い思いをさせるのが嫌だった。
私は彼を拒めないし、拒みたくない。でも、足枷にもなりたくない。
揺れる心が苦しくて、辛くてこの一ヶ月は永遠の様に感じた。生まれてから、初めての経験だった。
もし彼が、無理だったと言えば、それも受け入れるつもりでいた。
それでも良かった。
チャーリーに会わなければ良かったとは、思えない。
むしろ、彼に会う為にいままでの時間があったのではないかと思っている。
このまま、彼を待って……
彼が迎えに来なくても、彼を待って死ねるなら、それもしあわせかもしれない。
私にとって、動き出した残りの人間として時間は、あっという間だと思うから。
しかし、私の心配とは裏腹にきっかり一ヶ月後に、チャーリーは私を王妃として受け入れる準備を調えて迎えに来た。
悲しい顔で家に来たので、やっぱりダメだったのかと思ったが……
『君を迎える条件に、どうしてももう一人王妃を娶らなければならなくなった……これはどうやっても止められなかった。すまない』と謝るので、私を迎えてくれるのに頑張ってくれた事を感謝した。
だって、本当にダメかと思っていたから。
チャーリーの側にいられるなら、何でもいい。
あなたを思って、一人待ち続けるだけでも良かったんだもの。側に居られるなんて、もっと嬉しい。
私の住んでいた家は、家全体の時を止める魔法を施した。
いつか、私の子供や孫や他の魔女が使うかもしれないから。
新しい家主に大切にされると良いなと、少しだけ願いを込めて魔法を施した。
地図をみて、転移魔法でお城に行くのかと思ったら、チャーリーはまず城下街を一緒に歩こうと言ってくれた。
約束していた、街を案内して美味しいものを食べさせてくれるらしい。
チャーリーは嬉しそうに笑いながら『自由なデートは難しくなるかもしれないからね。行ける時に行こう。』と手を繋いで、城下街の目立たないところを指差した。
私は精霊にお願いして、転移する。
王都は石造りの街並みが美しい都だった。目の前で街道には花や街路樹が美しく植えられている。
人々は活気と笑顔に満ちており、この街の安定が伺えた。
たくさんの雑貨屋や食堂やカフェが並ぶ通りに出ると、チャーリーと二人でお店に入り、お茶をしたり食事をしたり、普通の恋人の様に感じた。
チャーリーも常に笑顔で私と手を繋いで歩いてくれた。
まだ午前中だけど、素敵な一日になった。
メイン通りをまっすぐ進んだ先にみえる宮殿は、遠くからみても大きく絢爛豪華だった。
クリーム色の壁に緑色の屋根の美しい宮殿が、今日から私の過ごす場所になるとは……とても思えなかった。
カフェを出ると、四頭立ての豪華な馬車が目の前に止まる。中から珍しい銀の髪の男の人が出てくる。チャーリーの友人のカインさんらしい。
良く話に出てくる人だったし、ニコニコとしていて紹介されても、緊張しないですんだ。
一応お城へは、形式もあるためこの馬車で向かって欲しいとの事で、迎えに来てくれた様だった。
そこからは嵐の様で、正直あまり覚えていない。
お城に入ると、私の部屋というか大きな棟が一つ私の生活スペースだと聞かされ驚いた。
たくさんのドレスや宝石が用意されていて、全てチャーリーが選んでくれたものだと、カインさんが教えてくれた。
私の侍女となる人達や護衛の人達なども、カインさんから紹介された。いままで生きて来た中で、こんなにたくさんの人と話したのは初めてだった。
身支度を整えられ王様や、チャーリーの正妃様ともう一人の王妃様にも紹介されて、挨拶を一通りして部屋に戻った。
色んな儀式や挨拶があったみたいだけれど、全然覚えてない。
頭も身体も全然ついてこないので、部屋でボーっとしてしまった。外はゆっくりと暗くなり始めていた。
ドアのノックで気がつくと、そこにチャーリーが立っていた。
「ベティー疲れただろう?
ありがとう。これで私の妻として迎えられる。
嬉しいよ」
「私こそありがとう。
午前中に街を歩いたのは、ずいぶん昔の様に感じるわ」
「結婚式は落ち着いたら、ゆっくりやろう
誰か呼びたい人はいるかい?」
「誰もいないわ。あなたと二人で十分よ」
「二人だけの結婚式もいいね。
…それと、アレクサンドラがどうしても君と二人で話したいと言っていて……
今日でも明日でも、いつでもいいそうなんだ。
あ~本当に悪いやつじゃ無いんだ。
だいたい何を言いたいのか、見当がつくが……
申し訳ないが、少し付き合ってやってくれ。
決してベティーを傷つけたりする事はないと思うから。」
「もちろん会うわ。
……明日まで緊張しちゃうから、今からがいいかも。」
正妃様と聞いて、緊張はもちろんする。さっき挨拶をして、強く美しい方で驚いた。
何と言われても、罵倒されても受け入れるつもりは、ちゃんとある。大丈夫。
すぐさま連絡がつき、チャーリーとアレクサンドラ様のお部屋に向かう。
部屋に入る前は、本当に緊張した。心臓が飛び出ちゃうかと思った。
「チャールズありがとう。
そしてベアトリス様、お疲れのところ私のわがままを聞いてくれてありがとう。
ベアトリス様はお掛けになって。
チャールズは、防音の結界を張ってから席を外してちょうだい。少しでいいから。
女同士の大切な話し合いだから」
にっこり笑うアレクサンドラ様は、怖い位に美しい。
「ベティー……」
「大丈夫よ。ありがとう」
チャーリーは困った様にこちらを見るので、大丈夫だと頷いた。
これは乗り越えないとダメなやつだもの。
「じゃあ……少ししたら迎えにくるよ」
チャーリーが部屋を出ると、とたんに緊張が走る。心臓がまたドキドキしてしまう。
「ベアトリス様、私の事をチャールズからお聞きになって?」
「はい。正妃様で幼い頃からの婚約者で、親友で戦友の様なお方だと……」
「やっぱり……
男の人はダメね。
それでは、余計に心配をかけましたね。
チャールズに代わってお詫びします。」
まさかお詫びなんて……驚き過ぎて声が出せない。そして、意味が分からない。
「そうだと思って、早めにお会い出来て良かったわ。
少し、私のお話聞いてくださる?」
「はい。もちろんです」
「私は幼い頃からの婚約者なの。
私達は良く似ていて、考え方も行動も似ているわ。
だからチャールズの生真面目さが、きっと秘密を、大切な貴女であろうと言えないだろうと思ったわ。
私達は本当に親友なの。
一度も閨を共にした事も無いし、友人以外には考えられないの。
そして、私の初恋が成就したのもチャールズのおかげなの。
……このまま何も仰らずに聞いてくださる?」
私は小さく頷いた。
「……陛下は、お子様に恵まれなくて、何十人と妃を迎えなくてはいけなかったの。
お若い頃から、ずっと……
どの方にも、誠心誠意向き合って何年も懐妊しなかったら、それぞれの王妃様の希望する先に、望みを叶えて下賜していたわ。
チャールズが生まれて、世継ぎ問題が解決したらやっと陛下も解放されたのよ。
でも、もう恋なんて出来る年ではないから……
婚約の挨拶に行った私にも『無理せずに、しあわせを探して良いんだよ』と仰ったわ。
私は権力欲の強いケラヴィノス家の出身でね。
幼い頃から、死ぬ思いで勉強もマナーも見た目も完璧になるように教育されて来たのよ。
私のしあわせを探していいと言われて本当に驚いたし、嬉しかったわ。
でも、陛下のしあわせはどうするのかと思ったら、もう陛下から目を離せなくなってしまったの。
ふふふ。
まだ小娘よ。陛下に恋するなんて、私でも可笑しいわ。
しかも、息子の婚約者よ。相手にされるとは思わないわよね。でも本気だった。
諦める様に努力したわ。
でも、チャールズは気づいてくれた。
……初夜の閨に現れたのは、陛下だったわ。
そこで初めて陛下のお気持ちに触れた。
私達、愛し合っているのよ。
これは、私と陛下とチャールズの秘密。
きっとチャールズは話せないから、許してあげてね。
そして、もし私が懐妊したら……それは陛下の子なのよ。」
「……そんな大切な秘密を、話して良かったんですか?」
「もちろん。
だって、誰も愛した事の無いチャールズの愛する人だもの。
チャールズが私の恋を叶えてくれたんだから、私だって彼を応援すべきでしょう?
私達は、共犯者ね。きっと仲良く出来るわ。
これから、お城での生き方やマナーは、私が教えます。
定期的に勉強をしますよ。
…それから、もう一人の王妃については許してあげてちょうだい。貴女を迎えるのに、政治的にどうしても必要だったの。
彼女も幼なじみでね。私達の妹みたいなものよ。貴族の娘なんて政略結婚だから、あの娘もチャールズなら、しあわせでしょうね。
ただ、自由な貴女には辛い事かもしれないと……チャールズも私も頑張ったけれど……他の貴族達をどうにも出来なかった私達を許して。
でも私は貴女の味方よ」
そうして私は愛する人と親友を一度に手にして、お城での生活を始めた。
辛い事もたくさんあった。
それ以上に嬉しい事もたくさんあった。
魔女として、一人で生きていた時には思ってもみなかった事がたくさんあった。
隣にチャーリーがいて、息子が生まれて、息子が死にかけたり、初恋をしたり、結婚したり、孫がたくさん生まれたり、孫の結婚までみたり……王位を退いたチャーリーは、いつも一緒にいてくれた。
私は、なんてしあわせだったんだろう。
「チャーリー」
「なんだい?ベティー身体に障るから無理をしちゃダメだ。
横になったままでいいよ。」
「私、しあわせだったわ。
楽しい事を見つけるのが大好きだったけど、一番楽しいのはあなたの側にいる時だわ。
……少しだけでも、離れてしまうのは寂しいの。
可笑しいわね。
でも、こっちのお土産話がたくさんあるほうが……
きっと、楽しいわね。」
「私を置いていかないでくれ……」
「ちょっと先に行くだけよ。
一番下のあの孫が、心配ね。
早く、チャーリーみたいな素敵な人が現れるといいわね」
「……そうだね。
ベティー愛してるよ」
「私も愛してるわ。
少し眠るわね。」
「……うっ。ああ。おやすみベティー」
番外編の魔女はこれで完結です。
何も持たない自由な魔女と、全て決められた自由の無い王子の凸凹がぴったりとかち合う様な、そんな引き合う二人の恋、好きです。
アーサーはクリスの兄弟ではなく、おじさんでした。だから、大人なのかな。アーサー男前で好きでした。
お読み頂きありがとうございました。
後はいつかランスロットとドロシーは書きたいと思っています。




