番外編 5 魔女の時間
次の日、朝早くに森の入り口で声をかけると昨日と同じように、精霊によってベティーのところに転移させられる。
……この転移魔法は素晴らしいな。全く何処に飛ばされたのか分からない。
着いた先には、一軒の小さな小屋が見えた。ベティーの家だろうか……。
丸太で出来た小屋は、温かい雰囲気がして彼女の雰囲気に似合う。家の周りには小さな花がいくつも咲き乱れ、食べられる実をつける草花もたくさんあるようだ。
家の中から、温かな湯気が出ている。彼女は起きているのだろう。そう考えて、ドアをノックする。
「チャーリーおはよう」
開けると同時に彼女が言うので驚いた。
「ベティー、いきなり開けたら危ないよ。
私以外だったら危険だろう?」
すると彼女はキョトンとしてから、くすくす笑いながら答える。
「ここには呼ばれた人か、同じ魔女しか来れないのよ。
そして、この五十年近く母以外に来た人は居ないわ」
五十年近くだって? その答えにも、驚いた。
「そうなのか。安全ならいいが……」
「精霊が危険なら教えてくれるわ。
でも……心配してくれてありがとう」
心なしか彼女の耳が赤くなっている。彼女はくるりと振り向いてしまったので、はっきりとみる事が出来なかったのが残念だ。
「お茶をしながら、場所を確認しましょう。
好きなところに座ってね」
部屋の中は可愛らしく調えられており、小さなテーブルとソファーがある。ソファーには手作りのキルトがかけてあった。そこに腰をかけて部屋の中を見ていた。
小さな出窓にはガラスの小瓶がいくつもおいてあり、キラキラ輝いている。
家具は、アンティークで統一されていて妙に落ち着く。しかし、五十年以上前に揃えた物なら……そういう事なのだろう。
彼女の入れてくれたのは、不思議な香りのするハーブティーだった。とても香り高く、癖もなく……お茶から彼女の魔力を感じる不思議なお茶だ。
「このお茶は?」
「庭のハーブを摘んで作ってるの。
いい香りでしょう?
昔、お母さんに教えて貰った疲労回復の薬草入りよ」
「とても美味しいよ」
「うふふ。良かった」
彼女の母親や祖母が『薬師の魔女』でもう亡くなっているため、彼女の元に来る者は居ないらしい。
お茶を飲む姿も、自由で可愛らしい。マナーや飲み方等に縛られない。彼女は自由だ。
そして彼女は不思議な雰囲気を纏っている。魔女はみんなこうなのか……彼女が特別なのか分からないが、とにかく不思議な人だ。
「昨日はお友達は大丈夫だった?」
「彼らも無事だったよ。
ただ、心配させたと怒られたくらいかな」
「お友達と仲良しなのね」
「そうだね……二人とも私の大切な友人だよ」
と、私は子供の頃からのハロルドの話や、学園で出会ったカインの話を軽く話す。ベティーは、ウンウンと興味深そうに頷きながら聞いている。
「いいなあ。私の人間のお友達はチャーリーだけだもの。
いつか私も二人に会ってみたいわ」
「もちろん、紹介するよ。
私の家にも、遊びに来てくれるかい?」
「ええ? お城でしょう?
私が行っていいの?」
「もちろんさ」
「お城なんて……一度行ってみたい!」
「ならぜひ来てくれ、ベティーが気に入るといいな」
「楽しみ!
そろそろ出かけましょう。今日中に終わらなくなっちゃうわ」
「ベティーが大丈夫なら、一週間の予定だったから何日かかってもいいよ」
「ゆっくりやっても明日には終わるわよ。
精霊達が運んでくれるんだもの。一瞬よ」
「そうか。じゃあせっかくだから、魔方陣はさっさと終わらせて、明日は森の素敵な所を案内してくれないか?」
「それはいいわね!
もちろんよ! じゃあ、今日中に頑張って魔方陣は終わらせちゃいましょう」
そうか、転移しながらならばあっという間に終わるだろう。直ぐに終わるのは寂しい気がして、なんとか案内をお願い出来た。
魔方陣の設置は、地図と精霊の協力によってかなり順調に進んでいた。
地図を見てベティーが精霊に転移をお願いして、そこに連れて行って貰う。設置の目的地に着けば、魔方陣を今ある結界に馴染ませていく。
多少魔方陣と結界を馴染ませるのに時間がかかるが、たいした時間ではない。
その間もベティーは、私の魔法を見てはしゃいだり、何回か見た後は近くの花を摘んだり、とにかく自由に楽しんでいる。
街の近くの結界は細かく魔方陣を設置し、森の奥にはある程度の間隔をおいて設置していく。
こうしてあっという間に、魔方陣の設置は終わりベティーの家に帰りついた。
「ベティー本当にありがとう。
こんなに早く魔方陣の設置が出来るなんて、思っていなかったよ」
「お役に立てた様で良かったわ!
でも……どちらかというと、精霊のおかげね」
「いや。精霊にお願い出来るのはベティーだけだからね。
ベティーと精霊のおかげだね。
お手伝いしてくれた精霊のみんなも、ありがとう」
「うふふ。みんなも嬉しいって」
「じゃあ、明日はのんびりデートが出来るね」
「えっ!? 」
「明日も今日と同じくらいの時間でいいかい?」
「……ええ」
デートと意識もしていなかったのだろう。意識してくれたので、とりあえず今日は帰る事にしよう。
まだ赤い顔のベティーが、玄関まで送り出してくれる。
「じゃあ、名残惜しいけど……また明日ね」
そっと額にキスを落とすと同時に、精霊によって森の入り口に転移させられた。彼女の反応がみられなかったのは、残念だが……反応は悪くなかったと信じたい。
次の日も、同じように彼女の家に向かう。
彼女は少し頬を赤らめて私を迎えてくれる。
彼女のお勧めの、お気に入りの森の中を案内してくれる。滝があったり小川があったり、花が咲き乱れていたり……
確かに素晴らしい景色なのだろう。しかし、私は説明してくれる彼女の表情や、楽しげな様子を眺めるのに夢中だった。
これが恋なんだろうと独りごちる。
私の求愛は彼女にとっていいものか分からない。
彼女の自由を奪い、彼女の楽しみを奪い…
彼女の時間を奪う。
それでも諦めてあげられない自分に驚く。こんなに一人の女性に執着する気持ちがあったなんて……。
「……チャーリー?
どうしたの? 楽しく……なかった? 」
彼女が私の顔を覗きこみ不安そうに聞いて来た。
私の笑顔の下を読み取れるのは、今はハロルドとカインくらいなものなのに……彼女には叶わない。
私は彼女の手をとり、木陰にハンカチを敷いて彼女を座らせた後、隣に腰かけた。
「ベティーと居るのはとても楽しいし、嬉しい。
だから、私はベティーとずっと一緒に居たいと思うんだ。
私は、君とこれから一緒に生きていきたい。
君の事が……好きなんだ。
ただ私は王子で、いつかは王になる。
私の思いだけで、君をここから連れ出してしまっていいのか……
でも君を諦めきれなくて悩んでしまっているんだよ」
腹を括って、正直に話してしまおう。
もう苦笑いしか出来ない。
「私達王族は『金の一族』でね。子供が出来にくいんだ。
だから、子供が出来るまで王妃をたくさん娶らなければならない。
そして今……
私には……
子供の頃からの婚約者であった、正妃が一人いる。
彼女は親友というか、戦友というかで……お互いに恋愛感情は全く無いんだ。
本当だ。
魔女として自由に生きる君に、王妃がどれだけ負担かと……わかっている。
それでもなお、君に惹かれてしまう。
ごめんね。ベティー」
言い終わらないうちに、私の胸にドンとベティーが抱きついて顔を埋めている。
彼女の方を見れないまま……思いを、今言わなければと……言いきってしまったので、彼女の表情は読み取れない。
「ベティー?」
「私のお母さんは、薬草に詳しい人で……
薬草を買いに来ていた父と知り合って、父と恋に落ちて時間を動かしたって聞いたわ。
……いままでは、時間を動かすって事が全然分からなかった。
でも、違うのね。
時間を動かすんじゃないのね。
勝手に動いちゃうの。
私は、チャーリーに会って、時間が動き出してしまったもの。
どうしようもないわ。
勝手に恋に落ちて、勝手に動き出してしまったんだもの。
チャーリーのせいじゃない」
抱きついてくるベティーを、ぎゅっと抱きしめかえす。
「でも、もし……
今、チャーリーが言ってくれたのが本気なら……
私の事、連れ出して。
そして、死ぬまで離さないで」
お読み頂きありがとうございます。
両思いって素敵。