↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉の輿に乗るためでしたら、何度だって死に戻ってみせますわ  作者: 七生(なお)。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/10

第2章 第1話 南領って、夢のような場所ですわ!

 馬車の窓から見える景色が、少しずつ賑やかになっていった。

 道の両側には色とりどりの露店が並び、籠いっぱいの果物や、見たこともない形のお菓子が店先を飾っている。長い耳を持つエルフが商人と談笑し、獣人らしき人々が珍しい織物を広げていた。

 その間を、地元の人々や旅人が行き交っている。


「まあ、お母様! あちらをご覧になって。果物を使ったお菓子が、あんなにたくさん!」

「本当ね。ブラックベリーは果物が名産なのねえ」

「ええ! あっ、あちらには見たことのないお菓子までありますわ。いったい、どんなお味がするのでしょう?」

「ふふっ。明日、レオンハルト様に案内していただいたら?」

「そうですわね! でも、あのお店も気になりますし、あちらの果物も……。まあ、エルフや獣人の方々までいらっしゃいますわ! なんて素敵な街なのでしょう!」


 窓の外へ身を乗り出しそうになり、わたしは慌てて座り直した。

 玉の輿に乗る日が、ますます楽しみ!


「エレノア、あまり身を乗り出すと危ないわよ」

「わかっていますわ、お母様!」


 返事をしながらも、わたしの目は窓の外に釘付けだった。

 馬車が進むにつれ、街の中心に近づいているのがわかる。建物の間を流れる水路には陽光がきらめき、石橋の上では荷車が行き交っていた。水路沿いの店からは甘い香りが漂い、通りの向こうからは威勢のよい呼び声が聞こえてくる。

 そのとき、馬車の速度が落ちた。


「検問かしら?」


 窓の外を見ると、街の入口に立つ門番たちが、通行する馬車を一台ずつ確認していた。わたしたちの馬車にも門番が近づき、御者と短く言葉を交わす。

 別の門番は、通りを見渡していた。視線が屋根の上に向けられたのが、少し気になった。


「この街は、ずいぶん警備がしっかりしているのね」


 母が感心したように言った。


「それだけ人の出入りが多いのでしょうね。商人の方々も、あんなに大勢いらっしゃいますもの」


 わたしが答えると、母は窓の外を眺めながら頷いた。

 やがて確認が終わり、馬車は再び走り出した。

 街の賑わいを抜けると、道幅が広くなり、整えられた街路樹の向こうに立派な屋敷が見えてきた。

 馬車が玄関前に止まると、使用人たちが出迎えに並んでいた。

 御者が扉を開ける。先に降りた母に続こうとしたところで、屋敷の玄関から一人の男性が歩み出てきた。


「エレノア様」


 その声を聞いただけで、胸が高鳴った。


「レオンハルト様!」


 こちらへ向かってくる姿を見つめる。

 最後にお会いしたのは、彼が南領へ先行して出発した一か月前。それからは手紙のやり取りを続けていた。南領の様子を知らせる便りには、こちらを気遣う言葉と一緒に、珍しいお菓子や果物が届くこともあった。

 手紙を読むたびに、会える日が待ち遠しくなった。

 そして、今。


「お手をどうぞ」

「ありがとうございます、レオンハルト様」


 レオンハルト様が差し出した手に、わたしはそっと指を重ねた。

 彼の手に支えられ、馬車から降りる。すぐ近くにある顔を見上げると、目が合った。


「長旅でお疲れではありませんか?」

「いいえ。窓から見える街があまりにも素敵で、退屈する暇もありませんでしたわ」

「それはよかった。ブラックベリーを気に入っていただけたのなら、私も嬉しいです」

「はい。まだ少ししか見ていませんのに、楽しみで仕方ありませんわ」


 言いながら、わたしは彼の手を握ったままだったことに気づいた。

 慌てて離そうとしたけれど、その前にレオンハルト様がわずかに指を動かした。握り返されたように感じて、顔が熱くなる。


「……お会いできて、嬉しいです」

「わたくしも……お会いしたかったですわ」


 言ってしまってから、ますます頬が熱くなった。

 手紙では何度も伝えたかった言葉なのに、いざ目の前に本人がいると、どうしてこんなにも恥ずかしいのだろう。


「エレノアからのお手紙を、いつも楽しみにしていました」

「本当ですか?」

「ええ。返事を書きながら、次のお手紙が届くのを待っていたほどです」

「まあ……!」


 そんなふうに言っていただけるなんて、思ってもみなかった。


「わたくしも、お返事をいただくたびに嬉しくて、何度も読み返していましたわ」

「それなら、これからは手紙だけでなく、直接お話しできますね」

「はい!」


 思わず声が弾んだ。

 これからは同じ街に暮らすのだ。会いたいときに会える。話したいことがあれば、手紙に書ききれなくても、直接伝えられる。

 そう考えただけで、胸の奥がふわりと温かくなった。


「そういえば、エレノア様のお好きなお菓子も、いくつか用意してありますよ」

「まあ! 覚えていてくださったのですか?」

「忘れるはずがありません」


 レオンハルト様は穏やかに微笑んだ。

 その一言だけで、旅の疲れなどどこかへ消えてしまった。


「レオ様、明日が楽しみですわ」

「私もです」


 彼はようやくわたしの手を離した。

 指先に残る温もりを意識しながら、わたしは屋敷の玄関へと向かった。


 ◆◇◆


 屋敷の一室に案内されると、テーブルには南領の果物や焼き菓子が並べられていた。


「まあ、こちらも南領のお菓子なのですか?」

「はい。気に入っていただければよいのですが」

「もちろんですわ!」


 さっそく一つ手に取る。薄く焼かれた生地の中には甘酸っぱい果実が包まれていた。口に運ぶと、さくりとした食感のあとに果汁の風味が広がる。


「おいしい……!」

「それはよかった」


 向かいに座るレオンハルト様が、嬉しそうに目を細めた。


「ブラックベリーは、もともと大きな泉を中心に発展した街なのです。水路が街のあちこちに伸びていて、果物の栽培にも利用されています」

「だから、あんなにたくさんの果物が並んでいたのですね」

「ええ。水を求めて人が集まり、交易が盛んになり、今の街になりました。南領の品だけでなく、遠方から運ばれてくる品物も多いのですよ」

「エルフや獣人の方々も、交易にいらしているのですか?」

「そうです。彼らが持ち込む品には、こちらでは手に入らないものもあります」

「明日は、ぜひゆっくり見て回りたいですわ!」

「もちろんです。ただ、明日は少し用事が入ってしまいまして……」

「まあ……」


 思わず肩を落としかけた。


「申し訳ありません。できるだけ早く片づけますので、少しだけお待ちいただけますか?」

「それなら、ハンナと街を見て回ってもよろしいですか?」

「ええ。護衛もつけます。どうか、お二人だけで遠くへ行かないようにしてください」

「わかりましたわ」


 少し残念ではあったけれど、仕方がない。レオンハルト様にもお仕事があるのだ。

 それに、ハンナと二人で街を歩くのも楽しそうだった。


「それでは、明日はお土産をたくさん買ってまいりますわね」

「楽しみにしています」


 レオンハルト様の笑顔に、わたしも笑顔を返した。


 ◆◇◆


 夕食を終え、部屋へ向かう途中、わたしは廊下の壁に並ぶ肖像画に目を留めた。

 立派な額縁に収められた男性たちが、こちらを見下ろしている。どの人物も正装に身を包み、威厳のある表情を浮かべていた。


「こちらは、歴代の南領伯様方です」


 案内していた使用人が教えてくれた。


「皆様、立派な方々だったのですね」

「はい。南領を治めてこられた方々ですから」


 肖像画を一枚ずつ眺めていく。年齢も顔立ちもさまざまだったが、どの人物もよく似た装飾の衣服を身につけていた。

 その中に、一人だけ目を引く男性がいた。

 若い。ほかの肖像画の人物に比べても、ずいぶんと若く見える。


「こちらの方も、南領伯様だったのですか?」


 わたしが尋ねると、使用人の足がほんのわずかに止まった。


「……はい」

「お若く見えますわね」

「そうですね……」


 使用人は肖像画から目をそらし、わたしに向き直った。


「お部屋へご案内いたします」


 そのとき、廊下の向こうから別の使用人が歩いてきた。

 二人は短く言葉を交わし、こちらへ頭を下げた。それから先ほどの使用人は、何事もなかったかのように歩き出した。

 わたしはもう一度、若い男性の肖像画を振り返った。

 聞いてはいけないことだったのだろうか。

 けれど、ただ歴代の南領伯について尋ねただけだ。答えにくい事情があるのかもしれない。


 ◆◇◆


 部屋に戻ったわたしは、明日着るドレスを選んでいた。

 窓の外からは水の流れる音が聞こえる。遠くの通りでは、まだ人々の笑い声がしていた。

 明日は、ハンナと街を歩く。

 あの店のお菓子も、こちらの果物も気になる。けれど、まずは今日、馬車の窓から見えた果物のタルトを食べてみたい。

 どんな味がするのかしら。

 考えるだけで、頬が緩んだ。

 明日は絶対、あのお店に行くのですわ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。