第一章 24『魔王軍幹部を町に連れ込む件について』
おかしすぎるだろ!
午後も遅くなった頃、私は道を歩きながら、ずっと奇妙な感覚に囚われていた。
さっきヴィルの話を聞いた――数千年生きてきた大悪魔で、新任の魔王軍幹部。今、その男が私の後ろを軽やかに歩いている。
この感覚はまるで……言ってみれば、獲物の後ろをつける猛獣を背中に感じているようなものだ。
いや、猛獣どころか、もっと恐ろしい存在だ。手を挙げれば一瞬で街を破壊できるような伝説の生物。
だがもっと奇妙なのは、今のところこの男が全く危険に見えないことだ。笑顔は穏やかで、口調は丁寧で、立ち居振る舞いはまるで近所の優しいお兄さんのようだ。しかし、彼の種族を思い出すと、背筋が凍る思いがした……
「ねえ、ヴィル。魔王軍幹部になる前は何をしてたんだ?」
私はいてもたってもいられず、彼に声をかけた。不安を和らげるために、何気ない話をしようと思ったのだ。
ヴィルは拒否せず、数歩で私の隣に並んだ。
「その前は……世界中を放浪していたよ。やがてそれにも飽きて、人の形になって一人で暮らし始めた。強いて言えば、ただの放浪者さ。」
ヴィルは首を傾げ、遠い昔を思い出すように言った。
放浪者。
その言葉には、夕日の中を一人で彷徨う孤独な旅人のイメージが浮かぶ。しかし、私の頭に浮かんだその光景は、どうしても大悪魔や魔王軍幹部という言葉と結びつかなかった。
「ますますおかしくなってきたな……」
私は思わずつぶやいた。ヴィルはそれを聞いたようだったが、ただ笑うだけで何も言わなかった。
間もなく、私たちは町に戻ってきた。元は二人で出かけたのに、帰りは三人になっていた。どう考えてもおかしい。
しかし、魔王軍幹部を連れて帰ってきて、本当に大丈夫なのか……
私はこっそりと通行人の反応を観察したが、彼らは普段通りに過ごしており、誰もこちらを見なかった。相手は魔王軍幹部だぞ? 誰も気にしないのか? それとも、気にする価値もないと思っているのか、あるいは見破れないだけなのか。
ギルドの入り口に着くと、レアがドアノブに手をかけようとして、突然立ち止まった。
「……」
彼が急に止まったので、私は不思議そうに彼を見た。
「どうした?」
私の問いに、レアはすぐには答えず、数秒沈黙した後、ゆっくりとため息をついた。
「……そうでなければいいんだが。」
彼の口調には言い表せない緊張感が漂い、何か悪い予感がするような表情を浮かべていた。
そう言って、彼はギルドの扉を押し開けた。
私はまだ状況が飲み込めていなかった。ヴィルのことで頭がいっぱいで、レアの考えにまで思考が回らなかったからだ。
その時まで――
「先輩ああああああ――!!」
耳をつんざくような叫び声が中から響いてきた。
「だから言った――」
レアが言い終わる前に、何かが飛びかかって彼の顔にしがみついた。
金色の、体を震わせながら泣き叫ぶ影。
よく見ると――
「アヤコ?」
私はその金色の正体に気づき、彼女の名前を呼んでみた。
しかし今のアヤコは、普段のあのふざけたロリ女神とはまったく別人だった。彼女はレアの頭をぎゅっと抱え込み、両足を彼の首に巻き付け、まるで怯えたコアラのように彼の顔に張り付き、何か叫びながら泣いていたが、何を言っているのかさっぱり聞き取れなかった。
レアは両手で彼女の腰を掴んで引き離そうとしたが、呼吸ができずに苦しそうだった。
「は、離せ……息が……」
しかし彼が引っ張れば引っ張るほど、アヤコはますます強く抱きついた。
隣でヴィルが半歩後退した。どうやらこの突然の光景に驚いたようだ。彼の気持ちはよく分かった。
私もアヤコを引き離そうとしたが、この女の力が異常に強い。あの小さな体からは想像もつかないほどの力だ。
神界の連中はみんなこんなに力持ちなのか?
「もういい加減にしなさいよ、アヤコ! このままだとレアさん本当に死んじゃうから!」
私はアヤコの両脇に手を入れ、レアと一緒に引っ張った。
コルクの抜けるような乾いた音とともに、ついにアヤコがレアの顔から引きはがされた。
「ぷは――!」
レアが大きく息を吸い込んだ。まるで水中から浮上したかのようだった。
「先輩――! 説明してる暇はないんです! 魔王軍幹部が来たんですよ! めちゃくちゃ強いシグナルが! !」
アヤコは足が地面に着くやいなや飛び跳ねながら、手振り身振りで話した。内容は緊急だが、その動きはあまりに大げさで滑稽だった。
「魔王軍幹部が来た?」
レアが繰り返した。
「そうですそうです! シグナルがめちゃくちゃ強いんです! さっきからずっとこっちに向かってきてたんです! 間に合ってよかった! 里はもう町の門の方で待機させてますから! だから早く――」
その時、アヤコの視線がようやく横に立っているヴィルに気づいた。
その瞬間、空気が凍りついた。
アヤコとヴィルは見つめ合い、どちらも口を開かなかった。ヴィルはニコニコとアヤコを見つめ、その表情はまるで怯えた小動物をなだめるかのようだった。しかしアヤコの顔色は肉眼で見てわかるほど青ざめていき、まるで何か恐ろしいものを見たかのようだった。
「あ、あなた……は……」
アヤコが震える指でヴィルを指し、声も震えていた。
私はそこでようやく理解した。アヤコが感じていたシグナルというのは、おそらくヴィルのことだったのだ。
そしてヴィルは身を乗り出して、アヤコと同じ目線に合わせ、相変わらずの太陽のような笑顔を浮かべた。
「あ、あなた……だ、誰ですか?」
アヤコが震えながら尋ねた。
どうやら彼女はまだ、自分が何と対峙しているのか分かっていないようだ。
ヴィルは少し気まずそうに笑った。
「私はヴィルです。ただのヴィルです。放浪者と言ってもいいですよ。」
自己紹介の時、ヴィルは一瞬ためらった。以前とは違い、今回は自分が魔王軍幹部だとは言わなかった。
それは賢明な判断だった。この冒険者の多い町で、魔王軍の関係者だと名乗れば、面倒なことになるのは間違いない。それに、私たちはギルドの入り口に立っている。中の冒険者がいつ飛び出してきてもおかしくない。
しかし、アヤコがさっきギルドの前で大声を上げていたのに、通りの人々は全く気にしていなかったのは不思議だった。
アヤコは笑顔のヴィルを見つめながらも、恐怖はまったく和らがなかった。
「わ、わかりました。それなら、まずはあなたの正体を確かめさせてください。」
そう言って、アヤコは唾を飲み込み、手を上げてヴィルに識別魔法をかけようとした。この魔法は確かに誤解を防ぐのに有効だ。ただし、術者がその真実を受け止めるだけの強さを持っていればの話だが。
どうやら今の状況では、アヤコは間違った決断をしようとしているようだ。
「待て、アヤコ。やめ――」
レアが止めようとしたが、時すでに遅し。
レアはこの世界の出身だから、大抵のことは経験している。一方アヤコは、良く言えば神界の長年在位神だが、悪く言えばただの神界の引きこもりだ。大した経験もない。強いて言えば、先日のオーク討伐が彼女にとって最大のイベントだった。
そしてヴィルは大悪魔だ。その本性を直視したら、まず見ていて気持ちのいいものではないだろう……
「……」
アヤコの動きが止まった。
彼女の目は大きく見開かれ、その瞳は針の先のように縮まっていた。唇が二度三度震えたが、何も言葉にはならなかった。
そしてアヤコはまるで糸の切れた人形のように、真っ直ぐ後ろに倒れていった。
私は反射的に彼女を受け止めた。アヤコの体は羽のように軽く、さっきまであれだけの力を発揮していたのが信じられないほどだった。
「おい、アヤコ? アヤコ!」
アヤコは答えず、口元からわずかに泡を吹いていた。
私は顔を上げてレアを見、そしてヴィルを見た。ヴィルは相変わらずニコニコしていたが、その目尻がほんの少しピクッと動いた。
レアはこめかみを揉みながら、頭が痛いというような表情を浮かべた。
気を失ったアヤコを見て、彼女が賢いのか愚かなのか、私には判断がつかなかった。
「あの……謝った方がいいですかね?」
ヴィルが無邪気な口調で尋ねた。
レアはようやくこめかみから手を離し、地面に倒れたアヤコと、しゃがみ込んで無実の顔をしているヴィルを交互に見た。
「……まずは彼女を中に運ぶぞ。」
私はうなずいた。今は、そうするしかなかった。




