第119話:先代の真実
「……あれ? ここどこ?」
ユウナリアと話し終えて、異空間トンネルの出口側の扉を開けてみたら、なんか知らない場所に出た。
頭上には澄み渡る青空、足元にあるのは白い砂、その向こうに明るい青色の海、水平線の辺りに綺麗な形の虹が見える。
森猫たちの里のユウナリアの自宅に繋いでた筈なのに?
どうしてこうなった?!
「逢うてきたか」
トンネルの向こうにいるのは、巨大フサフサ茶トラ猫神ユガフ様。
ユガフ様は白砂の海岸に座り、こちらに背中を向けていて、顔だけ振り向いて呟いた。
「はい。お約束通り、前世の話は一切しておりません」
「うむ。よくぞ我慢したのぅ」
俺の前で泣いていたときとは違い、ユウナリアはキリッとして答える。
ユガフ様は緑の瞳を細めて、穏やかに微笑む。
それから、ユガフ様は水平線へと視線を移し、今まで明かさなかった真実を語り始めた。
「先代のイリの神はのぅ、人間になりたかったのじゃよ」
それは、創造主だけが知る、1柱の神の心。
イリの神は過去見の水鏡で人々の過去を見つめ、星の精霊たちから人々の願いを聞き、西島を訪れる人々に加護を与え、この世界のどの神よりも人間と接してきた。
「イリは誰よりも人間たちを愛しておった。自分もその群れに加わりたいと思うほどにな」
人間たちを見守り、時には触れることもある。
比較的身近な存在だったイリの神は、もっと人間に近付きたいと思った。
「しかし神である魂は、転生すればやがて覚醒して神に戻る。神としての輪廻から抜け出すことはない。そこでイリは、自らの魂を切り取り、異世界へ飛ばしたのじゃ」
「……え?!」
ユガフ様が再び振り向いて、視線を向けた先にいるのは俺。
その言葉と視線から何かを察して、ユウナリアも驚きながら俺を見つめてくる。
「魂を切り取った代償に、イリは記憶を失って転生しおった。異世界に飛ばされた魂の欠片は、長い年月を経て1個の魂へと育ち、生まれてきたのが聖夜、其方じゃ」
「……俺?!」
自分の魂がどういうものかなんて、知る人間は多分いない。
俺も魂がどうなってるとか考えたこともなかった。
「欠片は本体の影響を強く受けるのじゃ。セーヤがサヤと出会った影響で、聖夜も似た容姿の女性と出会っておる」
御堂さんとの出会いまで魂の影響とは知らなかった。
でもサヤさんとソックリだし、言われてみれば神の魂の引力(?)だったのかもしれない。
「ま、だからといって聖夜も結ばれるとは限らんがの」
「……デスヨネ」
ユガフ様は、いつもの呑気な顔に戻って言う。
持ち上げかけて落とされた感じの俺は、半目で棒読み相槌を打った。
「イリ本体はおそらく当代で神として覚醒することはないじゃろう。そこで我は異世界におる欠片をこちらへ連れてきたんじゃよ。日本人は小説やらアニメやらで異世界転移だのチートだのに慣れておろう? 神の代理にしやすそうじゃったからの」
「俺、猫を飼うために連れてこられたんじゃないの?」
「まあ、それもあったがのぅ」
ユガフ様は、再び水平線に目を向けた。
ユウナリアは驚き過ぎて、純白の尻尾を膨らませて固まっている。
猫を飼うための異世界転移にしては、やけに色々仕込まれるなぁとは思ってた。
猫拳は食料調達のために覚えたとはいえ、奥義に至っては邪神の眷属を粉砕する威力だし。
魔法も転生者チートだと思って普通に使ってたけど、猫を飼うだけなら必要なさそうな威力の攻撃魔法や身体強化魔法があるし。
挙句の果てに神様代理にされちゃったものね。
「……つまり……クルス様もイリ様の転生者……ということでしょうか……?」
ようやくフリーズから思考が戻ってきたユウナリアが問う。
ユガフ様がまた振り返り、今度はユウナリアを見つめる。
「そういうことじゃな」
そう言って微笑む瞳は優しく、ユウナリアへの福音を告げていた。
俺も先代の記憶なんて無いけれど。
ユウナリアから聞くことになってるものね。
神様代理の筈が神様本業にされそうだけど、まあいいか。
「……さて、聖夜よ、自らの役目を理解したなら、先代が遺したリングを嵌めるがよい」
ユガフ様に命じられて、俺は異空間倉庫に保管していた小箱を取り出す。
小箱は収納前に見たときよりも強い銀光を纏っていた。
箱を開けると、人間の指には大きすぎるリングが銀色に輝いている。
俺は銀猫に変身してリングを嵌めようとしたけど、やりにくくてモタモタしてしまう。
「意外と不器用じゃな聖夜」
「猫の手ってどうも慣れなくて……」
「お手伝いします」
苦戦していたら、ユウナリアがスッと寄り添うように近付いて、俺の手からリングを受け取る。
彼女は宝物でも持つようにデカい猫の手を持ち、慣れた手つきで指輪を嵌めてくれた。
「?!」
途端に、膨大な神力が流れ込んでくる。
同時に、様々なスキルや魔法が、脳内の記憶領域に書き込まれていく。
歴代のイリの神が積み重ねた技術が、一気に詰め込まれた感じがする。
指輪に込められていたのは、主に戦闘技能や魔法、神の力に関するものばかり。
書き込みが終わった後、記憶の片隅にほんの少し刻まれたものがあった。
それは遠い昔、イリの神とイリの巫女との穏やかな時間。
西島の祠の前にテーブルと椅子を置いて、楽しそうにお茶を飲む2人がいた。
『このお茶は美味いぞ。私のオススメだ』
銀色の髪と猫耳と尻尾の青年が、銀灰色の瞳を優しく細めて話す。
対面の席には、純白の髪と猫耳と尻尾の少女がいて、彼女も楽しそうに赤い瞳を細めている。
『これは、なんという茶葉ですか?』
『シトロネルだよ』
イリの神のプライベートに関する他の記憶は何も無い。
ただ1つだけ残ったその記憶は、もしかしたら彼にとって何よりも大切なものだったのかもしれない。
挿絵代わりの画像は作者の保護猫たちです。
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