第118話:セーヤの家族、ユウナリアの想い
真実を明かせないもどかしさはあるものの、のんびりお茶を飲みながら談笑できることに、ユウナリアは満足している様子だった。
けれど、その和やかな時間は、赤ん坊の泣き声で中断された。
「あ、ゴメン。コウが泣いてるからちょっと失礼」
セーヤが席を離れて、居間の扉の向こうに消える。
俺とユウナリアはお茶を飲みつつ、セーヤが戻るのを待つ。
しばらくして居間に戻ってきたセーヤは、その腕に赤ん坊を抱いていた。
「この子はコウ、我が家の長男坊です」
赤ん坊は、南島でサヤさんが産んだ子。
立ち会ったのがセーヤではなく俺だということは、今もサヤさんには秘密にしている。
「かわいい……。セーヤさんと毛色が同じですね」
ユウナリアは微笑んで赤ん坊を見つめる。
赤ん坊の髪と猫耳と尻尾は、セーヤと同じ銀色。
キョトンと見つめ返す瞳はサヤさんに似た紅茶色で、セーヤとは違っていた。
「ただいま~、あら、お客さん?」
扉の方から声がして、赤ん坊と同じ紅茶色の瞳の女性が現れる。
顔立ちも赤ん坊と似た女性は、母親のサヤさんだ。
「お邪魔してまーす」
「いらっしゃい。ゴハン食べていく?」
「あ、いや、そろそろ帰るよ」
俺はいつもの調子で笑って手を振る。
パンが入った袋を抱えたサヤさんが食事に誘ってくれたけど、今日はやめておこう。
「ユウナリアさん、そろそろ行きましょうか」
「は、はい」
俺はユウナリアに声をかけて、異空間トンネルを開いた。
隣に座る白い少女は、セーヤの妻子を見て動揺している。
これ以上長居しない方がよさそうだ。
「お茶、美味しかったです。御馳走様でした」
「シトロネル茶が飲みたくなったら、いつでもどうぞ」
本音を隠して微笑むユウナリアに、何も気付いていないセーヤが営業スマイルを向ける。
五百年も待った再会がそれでいいのかは、ユウナリアにしか分からない。
異空間トンネルに入って扉を閉めると、ユウナリアは堪え切れなくなってボロボロと涙を零し始めた。
少女はトンネルの中で座り込み、純白の長い髪で顔を隠すように下を向いて嗚咽する。
「よく頑張ったね。代理でよければ胸を貸すよ?」
俺は隣に座り、自分の胸を指差す。
その言葉を聞いた途端、ユウナリアが抱きついてきた。
「……うぅ……イリ様……イリ様ぁっ」
号泣する少女を、俺は黙って抱き締めた。
彼女が慕っていた神は、もういない。
魂はセーヤの中に在るけれど。
記憶は全て失われてしまった。
もしかしたら、神力のリングに触れさせれば前世の記憶が蘇るかもしれない。
でもそれは、現在のセーヤの人格にどう影響するのか?
既に妻子がいる彼と、ユウナリアとの関係は?
「……クルス様、ありがとうございます」
しばらく号泣した後、ユウナリアは俺を見上げて微笑んだ。
思いっきり泣いて吹っ切れた、そんな顔をしている。
「俺にできることが何かあれば、願ってくれて構わない。すぐに叶えに行くよ」
「……! はい……」
俺は、ふと浮かんだ言葉をユウナリアに告げる。
彼女は驚いたように目を丸くした後、泣き笑いを浮かべた。
「……不思議ですね……クルス様は転生者じゃないのに、先代イリ様と同じことを言うなんて……」
ユウナリアは甘えるように俺の胸に頬を寄せて呟く。
転生者じゃない俺に先代の記憶は無いけど、代役を務める間に言動が似てくるのかな?
「私のお願い、ここでお伝えしてもよいですか?」
「う、うん、いいよ」
上目遣いに見上げてくる美少女の魅了効果が半端ない。
俺はドキッとしながらも平静を装って答えた。
「時々、シトロネルの茶葉を買ってきてもらえませんか? 勿論お金はお支払いします」
「あのお茶が気に入ったのなら、またあそこへ連れて行ってあげるよ」
おねだりはとても簡単なものだった。
ユウナリアを店に連れて行くという選択肢なら、またセーヤに会えて良いのではと思ったりする。
「……いえ、私はもうセーヤ様にお会いするのはやめておきます」
宣言する少女の紅い瞳は、また少し潤んでいた。
本当は会いたいけど、もう会わない。
その理由は、おそらくセーヤの妻子の存在だろう。
「シトロネルのお茶は、先代イリ様が好んで飲んでおられました。私はそのお茶を飲みながら、あの方との思い出に浸りたいのです」
それが彼女の望みなら。
森猫族は千年や二千年もの寿命をもつ。
ユウナリアはその長い時を、先代イリの神との思い出に浸って過ごすのだろうか?
「分かった。渡し屋クルスとして引き受けるよ」
「ありがとうございます」
「でも、お金は要らない。先代のことを、俺に教えてくれたらそれでいいよ」
「それだけでよいのですか?」
「うん。先代がどんなことをしていたかを知りたい」
「分かりました」
俺はユウナリアの依頼を引き受けた。
茶葉を届けるついでに先代について聞ければ、今後の神様代理活動に役立つかもしれない。
五百年前と同じく彗星の邪神デュマリフィが近付きつつあるし、神力のリングも預かってしまったし。
本物が神様になれないのなら、代理(俺)がやるしかないものね。
挿絵代わりの画像は作者の保護猫たちです。
閲覧やイイネで入る収益は、保護猫たちのために使います。
是非イイネをぽちっとお願いします!




