第114話:純白の民
森猫族の里。
純白に覆われた森の中に、白亜の半球型の建物が点在する。
森の白さは雪や氷ではない。
この森の植物は、木々も草花も全てが白一色だった。
足元を見れば、転がっている石ころも、水晶のように透明なものばかり。
神々しい雰囲気を漂わせる風景に、異空間トンネルから出た俺はしばし呆然となった。
「凄いな……まるで聖地みたいだ」
「ふふっ、聖地から来られた神様が何を言ってるんですか」
思わず呟いたら、ユウナリアが笑ってツッコミを入れてくる。
俺が本物のイリの神ではないと知ったときは泣いていたけど、今はもう立ち直ったんだろうか?
「だって、こっちの方が聖地っぽいよ?」
「単に真っ白いだけですよ」
真っ白い草地を、真っ白い少女を抱いたまま歩く。
ユウナリアをお姫様抱っこしながら里に入るのは少々躊躇いがあるけれど、水晶みたいに角ばった石を裸足で踏んだら怪我をしそうだし、降ろさずにそのまま進んだ。
木々の向こうから、楽しそうに笑って話す人々のざわめきが聞こえてくる。
「こんな純白の中に黒いのが入ったら、嫌がられないかな?」
「嫌がられたりはしないですよ。驚くとは思いますが」
「?」
やがて、何か宴を催しているらしい広場が見えてくる。
ユウナリアの言葉にキョトンとしていた俺に、広場に居た人々の視線が集まった。
「……あ、ど、ども。お、お邪魔します」
一斉に注目されてたじろいだ俺が、冷や汗をかきつつ言った直後。
広場にいた人々が、これまた一斉に平伏した。
軍隊かよ? ってくらい揃った動きに驚いて、俺は尻尾を膨らませて固まる。
「イリの神様、ようこそおいでくださいました」
人々を代表して、仙人みたいに長い髭の老人が平伏したまま言う。
周囲で平伏する人々は、老人の挨拶を聞いても驚く気配は無い。
……つまり、ここにいる全員に、俺が何者かバレてるってことだろう。
「あ~……、み、みんな楽にしてくれ。俺はちょっと用事があって来ただけだから」
とりあえず平伏は解除してほしい。
俺の言葉に、人々はようやく顔を上げた。
みんな紅い瞳なのは、種族的な色彩なんだろうか。
「丁度勇者様と聖女様を歓迎する宴を催しております。よろしければ少し呑んでいかれませんか?」
老人から宴に誘われて返事に困った俺は、抱えたままのユウナリアをチラリと見る。
ユウナリアが小さく頷いたので、里の女性たちに案内されるままに宴の輪の奥へと進んだ。
「宴が始まってからユウナリアの姿を見かけないので不思議に思っておりましたが、イリの神様が御一緒だったのですね」
「ユウナリアはイリの神様が転生してこられるのを、五百年間ずっと待ち焦がれていたんですよ」
「どうぞ末永くお傍に置いてやって下さいね」
女性たちはまさかユウナリアが里から飛び出して凍死しかけたとは知らず、俺が彼女を抱えているせいで大きな誤解をしている。
俺はどう応えていいか分からなくてユウナリアに視線を落とすと、彼女は顔を紅潮させて固まっていた。
先代のイリの神とユウナリアの関係がどんなものだったのかは知らない。
(……ユウナリアには、イリの神に対する特別な感情があったのかな?)
そんなことを思いつつ宴の輪の奥まで進むと、見覚えのある2人がいた。
銀灰色の髪の少年と金茶色の髪の少女が、不思議そうにこちらを見ている。
「……神様……?」
困惑するような呟きを漏らした少年が、勇者リオン。
その隣で首を傾げている少女が、聖女エレネだ。
2人は人々の反応に釣られて平伏したものの、知っている神の姿と違う俺を見て戸惑っているらしい。
「や、やあリオン、エレネ。元気にしてたかな?」
「「は、はい」」
名前を呼んでみたら、双子は困惑しつつも返事をする。
大きな耳の人ばかり揃った中で、成長途中の少年少女の猫耳は小さくて可愛く見えた。
「イリの神様、どうして黒猫人なの?」
「最初は銀猫人だったけど、ソックリな冒険者がいたから毛色を変えたんだよ。ここ以外では俺がイリの神だというのは内緒だよ」
「はい」
リオンが気になるのは、大きな銀猫が獣人になってることじゃなくて、毛色が違うことらしい。
俺は事情を話すついでに、リオンに口止めしておいた。
「……あの……ひとつお聞きしても……よいですか?」
「ん? なにかな?」
続いてエレネが、何かモジモジしながら話しかけてくる。
俺は聞き返しつつ宴の主役たちの隣に座り、ユウナリアを傍らのクッションの上に座らせた。
「ユウナリアお姉さんを、お嫁さんにするんですか?」
「?!」
直球キター!
女の子が気になるのは、神が人化して人里に現れたことよりも恋愛話の方らしい。
どうしよう? どう答えたらいい?
隣にいる純白の少女を見ても、真っ赤になってアワアワしていて聞ける状況ではなかった。
「え、えーと……、まだ分からないなぁ。ユウナリアがどうしたいのか聞いてないからね」
どうにか、話を濁すように言ってみたけど。
実際ユウナリアはどうしたいのかは分からない。
彼女の願いは「イリの神に逢いたい」しかなかったから。
逢って預かり物を返した後は、どうしたいのかな?
先代のイリの神は、ユウナリアをどう思っていたんだろう?
俺は本物のイリの神ではないから、こちらから明確な答えを出すのは避けておこう。
挿絵代わりの画像は作者の保護猫たちです。
閲覧やイイネで入る収益は、保護猫たちのために使います。
是非イイネをぽちっとお願いします!




