第113話:森猫族の少女ユウナリア
ユウナリアは何故、イリの神に逢いたいと願ったのだろう?
その願いは、俺で間に合わせてよいものだろうか?
「ユウナリア、聞いてもいいかな?」
「はい、何でしょう?」
ソファに並んで座りながら、俺は戸惑いや混乱をどうにか落ち着かせて話しかける。
お茶を飲み終えてカップをテーブルに置いたユウナリアが、少し首を傾げつつこちらを向いた。
そうした仕草も可愛くて魅力的でドキッとするのだけど、今はときめいてる場合じゃない。
「君は何故あの森で倒れていたんだ?」
まずは無難な(?)質問から。
倒れていたところを救助したら、大体の人が聞きそうなことだ。
「……お恥ずかしい話ですが、ろくに準備もせず家を飛び出して、常冬の森で凍えてしまいました」
答える少女の頬が、恥ずかしさで赤らむ。
準備しなさ過ぎにも程がある。彼女が着ているのは麻布っぽい貫頭衣1枚だ。
そんな服装で氷点下40℃の森に入ったら、凍死しても当たり前といえる。
「そこまで慌てて飛び出すなんて、何があった?」
理由は星の精霊から聞いているけど。
俺はユウナリアからも理由を聞くことにした。
そうしなければ、その先の質問ができないからね。
「里に来た勇者リオンと聖女エレネから、イリの神様が西島に戻ってこられたと聞いたんです」
ユウナリアが聞いたその話は、間違いなく俺のことだろう。
リオンとエレネといえば、俺が加護を与えた双子だから。
でも、俺は本物の神ではなく、先代のイリの神の神力を授けられただけで、元は普通の人間だ。
俺が黙り込んだのを話の続きを促してると思ったのか、少女は話を続ける。
「私、ずっと逢いたかったんです。常冬の森を抜ければ港に出られるから、渡し船を頼もうと必死で走っていたら、雪と氷の塊が落ちてきて……多分、気を失ったんだと思います……」
薄着で氷点下の森に入った上に、枝葉からの落雪が頭に当たったら、気絶だけじゃ済まないと思う。
倒れたユウナリアの上に積もっていたのは、新雪だけじゃなかった。
枝葉に積もった雪が融けかけてまた凍ったものと、新たに降る雪とが隙間なく被さって、こんもりした小山になっていたんだ。
「どうしてそこまでして逢おうとしたんだ? ほとんど自殺行為じゃないか」
「五百年前にお預かりした物を、お返しする為です」
「五百年前?!」
ユウナリアがイリの神に逢おうとした理由が、年月のスケール違い過ぎて驚いた。
っていうか彼女は一体何歳?!
「……やはり、前世の記憶は継承しておられませんね」
驚く俺を見て、何か確信したような顔でユウナリアが言う。
早く誤解を解かないと、ややこしいことになりそうだ。
「いや、俺はイリの神じゃない。本物が覚醒するまで代理を務めているだけだよ」
「代理……?」
ユウナリアが、キョトンと首を傾げる。
可愛い……とか見惚れてる場合じゃない。
「……でも、私の肺に吹き込んで下さった神力は……」
「えっ?!」
言いかけて、ユウナリアの白い頬が紅潮して口ごもる。
ギョッとした俺も頬が熱いから、多分赤面してるんだろう。
ユウナリア、呼吸が止まってたから意識は無いと思ってたんだけど。
神の息吹(人工呼吸もどき)を使ってるところ、気付かれてた?!
「……昔、イリの神様に助けて頂いたときと同じ、暖かくて心地よいものでした……」
「……って、昔も呼吸止まったの?!」
ポッと頬を赤く染めて恥じらうユウナリアに、俺は思わずツッコミを入れてしまった。
少なくとも五百年以上生きている純白の美少女は、実はウッカリ死にかける危なっかしい人かもしれない。
「はい。邪神の眷属に殺されかけたとき、助けて頂きました」
前言撤回。
ユウナリアの五百年前は、かなりハードな状況だったようだ。
「俺の神力は借り物なんだ。同じに感じるのは、先代の神力だからじゃないかな?」
「人の身に、神の力は宿りませんよ?」
俺は話を戻して、自分の中にある神力について説明する。
ユウナリアは怪訝そうに言う。
この際、全部話した方が良さそうだ。
「俺は、この世界の人間じゃない。ユガフ様に連れて来られた異世界人だよ。本物のイリの神がまだ覚醒してないから、ユガフ様が保管していた先代の神力を俺に授けて代理にしてるんだ」
俺は獣人から日本人へと姿を戻す。
少女は目を真ん丸にして、純白のフサフサ尻尾を膨らませながら眺めている。
「この世界の人には宿らない神力も、異世界人なら宿せるのかもしれない。異世界に生まれた人間ということは、イリの神ではないということだよ」
話した直後、ユウナリアの真紅の双眸が潤み、涙が溢れ出す。
五百年も待ってやっと逢えた相手が偽物だなんて、ショックが大き過ぎたのかもしれない。
次々に頬を伝う涙を拭くことも忘れて嗚咽を漏らすユウナリアは、何かに縋りたかったのか抱きついてきた。
「……ごめんね。本物じゃなくて」
抱きつかれながら囁くと、少女は無言でフルフルと首を横に振る。
多分「言わないで」とか「謝らないで」とか、そういう意思表示かもしれない。
こんなにも帰りを待ち望む人がいるのに、本物のイリの神はどこで何してるんだ?!
「創造主様が御指名になったのなら、代理でもイリの神様と同じお立場だと思います。預かり物をお返ししますので、私と一緒に里まで来て頂けませんか?」
しばらく泣いた後、ユウナリアは手の甲で涙を拭って言う。
預かり物は持ってきたわけではなく、里で保管しているらしい。
「代理でもいいなら受け取るよ。空間移動で行けるから、行き先を思い浮かべてもらえるかな?」
「はい」
ユウナリアは一体何を預かったんだろう?
俺は彼女がイメージする場所に異空間トンネルを繋ぐ。
「じゃ、行こうか」
「ふぇ?! あ、あの、もう歩けますけど……」
俺は獣人姿に変わるとソファから立ち上がり、小柄な少女を抱き上げた。
軽々と抱き上げられたユウナリアが赤面する。
「裸足で歩いたら足を痛めるよ」
「は、はい……」
お姫様抱っこの理由を言ったら、照れながらも大人しくなる。
俺は異空間トンネルを通り、森猫族の里へ向かった。
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