第110話:種籾が呼ぶ奇跡
「これが、マエルに研究と栽培を依頼した新種の作物の種です」
マエルを抱いたタゴサクさんと共に領主邸まで帰った後。
俺は、異空間倉庫に保管していた種籾の袋を取り出して、タゴサクさんにも見せた。
マエルを抱っこしたまま玄関の上り框に腰かけて、前世の記憶を持たない男は俺が差し出す袋の中を覗き込む。
「……これは……」
袋の中にある物を見た途端、感情が溢れるようにタゴサクさんの頬を涙が伝う。
知らない筈の遠い昔のこと、日本での記憶が蘇った瞬間だった。
「オラぁ、これが何か知ってる……。オラが今と違う姿だった頃……ここと違う村で育てていた作物だぁ……」
「?!」
止め処なく流れ続ける涙を拭うことも忘れて、タゴサクさんは呟く。
その腕に抱かれたままのマエルが、驚いて尻尾を膨らませた。
「……あの子が、ずっと護ってくれた【稲】……。あの子はあんなに頑張ってくれたのに……」
「……タゴサク……さん……?」
悲痛な表情に変わる男の脳内には、思い出す筈の無い過去の映像が浮かんでいたんだろう。
マエルは困惑気味にタゴサクさんを見つめている。
「あぁトラ! ワシはあの子を独りにして逝ってしもうた……!」
「!!!」
遂に号泣し始めるタゴサクさんの口調が、老人のように変わる。
縋るように抱き締められたマエルが、驚愕の表情で固まった。
「……うぅ……すまねぇ……トラ……トラぁ……」
しばし号泣した後、むせび泣きに変わり、タゴサク……否、吾作さんが呟く。
驚きのあまり尻尾を膨らませたまま固まっていたマエルが、フッと身体の力を抜くと一筋の涙を流した。
マエルはそっと両手をのばして、懐かしい人を抱き締め返す。
「大丈夫、トラはここにいるよ……」
「?!」
優しく囁くマエルの言葉に、今度は吾作さんが驚いている。
マエルは、驚きのあまり涙が止まった相手の背中を優しく撫でて真実を告げる。
「僕は、ネズミを捕るのが得意だった茶トラ猫の生まれ変わりなんだ」
「本当……に……?」
それは、前世で同じ場所にいなければ、知る筈のないこと。
「吾作おじいさんの生まれ変わりに逢いたくて、トラはこの世界に来たよ……」
「トラ……!」
マエルと抱き締め合う吾作さんの両目から、再び涙が溢れ出した。
本来はこの世界に無い筈の【米】。
俺が持ち込んだ種籾は、1人の農夫に本来は無い筈の記憶を呼び覚ました。
生まれ変わった2人の本当の意味での再会は、どちらも前世を思い出した今このときだろうね。
(感動の再会の邪魔しちゃ悪いな)
俺はそ~っと異空間トンネルを開いてその場を離れた。
◇◆◇◆◇
その後、タゴサクさんの奥さんが毎日届ける手料理を食べたり、レム鹿の実を食べたりした効果が出て、マエルは次第にふっくらして健康や筋力を取り戻していった。
1ヶ月後。
「まさかこの世界で田植えができるなんて思ってもみなかったよ」
「魔法は凄いなぁ、アッという間に地面の形が変わって地下水が滲み出てきて、水田になっちまうんだから」
鏡のように空を映す水田に、田植えして間もない緑の芽が一面に広がっている。
こげ茶色の猫耳尻尾をもつ大柄な中年男と、明るい茶色の猫耳尻尾をもつ小柄な少年が、仲良く並んでそれを眺めていた。
シャン地方は気候が温暖で積雪が無いため、米の二期作が可能だ。
吾作さんは刈り取った稲の株から出てくる新芽を育てる農法(再生二期作)も提案してくれた。
マエルの土魔法は地形や土質を変えるだけでなく、地下水を操ることもできるらしい。
依頼者の俺は、種籾を増産(古米を買って【時戻し】をかけるだけ)して多めに提供した。
「収穫できたら村のみんなを呼んで白飯試食会をしよう」
「いいね! 僕は鰹節をかけたのが食べたいな」
「ワシは久々に梅干しを乗せたゴハンが食べたいのぅ」
まだ実る前から、俺とマエルと吾作さんの期待が膨らむ。
他の村人たちも、初めて見る作物に興味津々だ。
小さな緑の芽が、すくすく育って稲穂が実る頃。
マエルと吾作さんは、きっと前世のように誇らしげにそれを眺めるだろう。
この世界初の白米は、どんな味がするか楽しみだね。
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