第109話:前世の記憶は無くても
(隣のタゴサクさんてどんな人だろう?)
マエル以外の異世界転生者にちょっと興味をもった俺。
まさかその日のうちにタゴサクさんに会うとは思わなかったよ。
「クルスさん、お願いがあるんですが……」
前世話を聞いて、マエルをしばらく抱っこして甘えさせた後。
プリュネが淹れてくれたお茶を飲んでいたら、マエルが遠慮するようにモジモジしながら言う。
「ん? 何かな?」
「僕を、畑まで連れて行ってもらえませんか? 歩いて行ける距離だから自力で行こうとしたら、プリュネに止められてしまって……」
「当たり前です。まだマトモに歩けないくらい衰弱してるのに、歩いて出かけたら途中で行き倒れちゃいますよ」
上座の座布団に座り、緑茶っぽい味のお茶を頂いていた俺は、キョトンとして問う。
下座の座布団に座るマエルが、やむを得ずという感じでお願いする。
壁際で控えているプリュネが、プクッと頬を膨らませて言った。
「マエル、口を開けて」
「はい?」
俺はふと思いつき、レム鹿の実のシキカ蜜漬けの瓶とスプーンを異空間倉庫から取り出し、座卓の上に置く。
蓋を開けて1コをスプーンで掬い、座卓越しに手を伸ばしてマエルの口に入れてやった。
「この実は貧血に効くから、毎日食べて」
「……あ、ありがとうございます」
モグモグゴックンしてから、マエルは答えた。
美味しそうに食べてたから、多分好みの味かな?
「それと、あの黒い蔓草は全て消滅したから、心配しなくても大丈夫だよ」
「僕はすぐ気を失ってしまったからどうなったか見てなくて、この目で畑が無事な様子を見たいんです」
マエルの除草魔法(?)に俺の聖魔法を融合させて、地中から畑全体を覆ったから、黒い蔓草は根こそぎ消滅したけど。
ガリ痩せ猫耳少年は、自らの健康よりも畑が心配らしい。
「そっか、自分の畑が今どんな状態か気になるよね」
「あ、いえ、あそこはタゴサクさんの畑です」
この健気な子は、自分が餓死しかけても構わずタゴサクさんの畑を護ろうとするのか。
あまりの尊さに、俺はまた泣きそうになってグッと堪えた。
「分かった。じゃあ今すぐ連れて行ってあげるよ」
「ありがとう! クルスさん大好き!」
「クルス様、お手数おかけします」
俺は座布団から立ち上がり、畳の上をスタスタ歩いてマエルに近付いて、ヒョイッと抱き上げると玄関へ靴を履きに向かう。
抱っこされると、マエルは条件反射みたいに甘えん坊モードになる。
プリュネは止める様子は無く、正座したまま微笑んで見送った。
◇◆◇◆◇
俺はマエルを抱いて、昨日の麦畑に空間移動した。
マエルの髪色と同じ明るい茶色の麦が、一面に広がり風に揺れている。
「ほら見てマエル。畑は無事だろ? 君がちゃんと護ったんだよ」
「良かった……クルスさんが助けてくれたおかげです……」
畑がよく見えるように肩車してあげたら、マエルがホッとしたように言う。
骨が浮き出るほど痩せた身体は軽く、楽に肩に乗せていられた。
そのまま2人で畑を眺めていたら、後ろに人の気配を感じた。
「……りょ、領主様……しばらく見ないと思うてましたが、寝込んでらしたんで?!」
背後から、困惑した様子の男性の声がする。
マエルを肩車したまま振り返ると、ガッシリした体格の中年男性が驚愕しながらこちらを見ていた。
麦わら帽子を被り、首には手ぬぐいを巻いて、灰色のツナギに長靴姿、オレンジがかった金目にこげ茶の猫耳と髪と尻尾が特徴のオジサンだ。
「タゴサクさんこんにちは。大したことはないですよ」
俺の肩の上から、マエルが穏やかな声で答える。
どうやらこの中年男性がおじいさんの転生者らしい。
「いやいやいや、そんなに痩せてしもうて……お労しい……」
タゴサクさんが、ウルウルと目を潤ませる。
マエルが彼を大切に思っているように、彼も幼き領主を大切に思っていることが感じられた。
俺はふと閃いて、マエルを肩から降ろすと両腕に抱き、タゴサクさんに話しかけてみた。
「この子、ゴハンも食べないで倒れるまで草むしりをしていたんです」
「えぇっ?!」
「く、クルスさんそれは……」
俺の言葉に驚くタゴサクさん。
気まずそうに止めようとするマエルに構わず、俺は言葉を続ける。
「しっかりしているようで、まだ無茶をする子供なんですよ」
「えーと……旦那はどちら様で?」
「俺はこの子に新種の穀類の栽培を依頼しに来た者です。でも1人で研究に没頭すると、またゴハンを抜きそうだから気を付けて。タゴサクさんを慕っているようですし、世話を焼いてあげて下さい」
「わ、わかりやした」
俺が言うことに納得したらしく、タゴサクさんは頷いた。
マエルは困惑した顔で、俺とタゴサクさんを交互に見ている。
俺はここでマエルへのサプライズを思いついた。
「ほら、抱いてみて下さい。ガリガリに痩せてこんなに軽い」
「にゃっ?!」
俺は横抱きにしていたマエルを、タゴサクさんに差し出す。
マエルが驚き過ぎて、猫化した声を上げる。
タゴサクさんは半ば無意識にマエルを受け取り、その両腕に抱いた。
「あぁ……骨と皮しかない……。領主様、まるで飢饉のときの子供みたいじゃないですかい」
「た、タゴサクさん……そんなに泣かなくても……」
マエルのあまりの軽さと骨ばった身体を憐れんで、タゴサクさんの両目から涙が滂沱として流れ落ちる。
サプライズに戸惑いながらも、マエルは大人しくタゴサクさんに抱かれていた。
「領主様、もっとお身体を大事にして下せぇ。オラでよければ頼ってくだせぇ」
「は、はい」
タゴサクさんに泣いて懇願され、マエルは頷くしかなかった。
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